第二十一話 ただいまメンテナンス中
更新が滞ってごめんなさい。首の骨とモチベのリハビリ中です。少しずつでも投稿してゆきたいと思います。長い目で見守って頂けると幸いです。
あらすじ
帰巣本能に突き動かされて、森へ帰ろうとヒューゴの部屋を逃げ出したミーヤ。『だいしゅきポイント』の仕様が気になりつつも森へ帰ります。前話にヒューゴへの恋心を自覚するような表現がありましたが、それはもう少し後にします(改稿済み)。保護者・守護者として慕っている認識程度です。
そんなミーヤが森へと帰る場面から再開です。
ミーヤは予定通り、パンとリンゴに似た味のする果物を買って森へと帰った。洞窟の前でアナウンスさんに話しかける。
「毛玉に戻りたいです!」
洞窟は毛玉の巣なので、人間のミーヤには到底快適な住み住処とは言い難い。寝床は小さな毛玉用の古着だし、ランタンのひとつもなく暗い。
しかも頻繁にムカデに似た脚がワサワサした虫が出るのだ。毛玉にとっては『もう! あっち行け!』で済むのだけれど、人間のミーヤは走って逃げ出したいくらい嫌だ。
《只今アップデートに伴うメンテナンス中です》
「えぇーっ! それっていつまでかかるの?」
《三日を予定しています》
「三日も⁈ もうちょっと早く終わらない?」
今までも人間の姿で夜を明かしたことはある。その時のことを思い出してミーヤは泣きたくなった。
(毛玉の時はけっこう平気なんだけど……)
不思議と、人恋しさや心細さは毛玉の時にはあまり感じない。代わりに生存本能や帰巣本能と云った、単純明快な衝動に身を任せることに躊躇いがなくなる。
一方で、人間の姿の時には小学生女子だった頃の記憶や感覚が前に出る、という具合だ。十歳の精神年齢に異世界の森の闇は、深く濃く……夜は長過ぎるのだ。
アナウンスさんが沈黙してしまったので仕方がない。ミーヤはもそもそとパンを食べ、ヒューゴの部屋を出る時に持ち出したシーツにくるまって横になった。硬くて冷たい地面に体温を奪われる。夏場とはいえ、森の夜は冷える。
(寒い……固くて寝られないよぉ……)
つい昨日までは、ふかふかのベッドでヒューゴのぬくもりに包まれて寝ていたのだ。
(うぅぅ、暗くてこわいよぉ……)
シーツからはヒューゴの匂いがする。ミーヤはポロポロと涙が出た。心細くて、今すぐヒューゴの寝室に戻りたくなる。
(でも、へーかは毛玉のわたしが好きだから……)
ヒューゴはきっと、人間のミーヤには用がない。この姿のままでは、ヒューゴの部屋には入れてもらえないだろう。きっと会いに行っても、護衛係の兵士につまみ出されてしまう。
『だいしゅきポイント』をもらえるのは、人間のミーヤなのに。
それが恋と呼べるのかどうか。ミーヤはまだよくわからない。ミーヤの身体は第二次成長期前後の少女のものだが、心はまだ十歳なのだ。
毛玉がヒューゴに向ける気持ちは受け身であり、更に言うと打算がダダ漏れだ。
『愛されポイントをたくさんくれる』
『美味しい食べ物をくれる』
『快適な住処を用意してくれる』
愛されポイントは別にして、これらは野生動物が番う相手を選ぶ場合は当然の条件だ。雄には伴侶と子供を危険から守り、充分な食べ物や安全な住処を確保する能力が求められる。
それは切実であり、人間のように『メガネが似合う』だとか『イケボ』なんていう、ふわっとした理由で恋をしている場合ではないのだ。
番う相手として見ると、ヒューゴは間違いなくとびきりのハイスペックだろう。
群のボス(皇帝)で、食べ物も住処も最高レベルで用意してくれる。生き物としての強さも申し分ないし、毛玉を大切にしてくれて、いざとなったら最優先で守ってくれる。
もしヒューゴが毛玉だったとしたら、ミーヤは迷わず頭の花をプレゼントして、ピッタリくっついて離れない。他のメスに取られないように、プイプイと威嚇するくらいのことはきっとする。
だが残念なことに、ヒューゴは毛玉ではない。
人間としてのヒューゴについては、ミーヤよりも乾物屋のおかみさんの評価が的を射ている。『人間味が足りない』『幸せとは縁遠い男』というのは、自分にも他人にも執着がないせいだ。
(へーか……)
口に出して呼ぶと、きっと涙は止まらなくなる。
ミーヤはヒューゴの大きな手で撫でてもらった時のことを思い出しながら、涙と声を呑み込んだ。膝に頭をつけて丸くなって目を閉じる。
洞窟の入り口から、ザワザワと風に鳴る枝の音が聞こえる。ミーヤはそのたびに、ビクリと身体を震わせた。毛玉の時にはあんなに恋しかった森の風の音が、ミーヤの心をざわつかせる。
ミーヤはヒューゴの匂いのするシーツを頭から被り、ギュッと目を閉じて、ひたすら朝が来るのを待った。
* * *
翌朝、ミーヤは自分のくしゃみで目が醒めた。
固い地面で寝たせいでリラックス出来なかったのだろう。身体の節々が痛い。すっかり冷えた手足を擦りながら、残しておいたくだものを食べる。
酸味の効いた味もシャクシャクとした歯触りも、前世でのリンゴに良く似ている。ただし、見た目はキュウリっぽい。木ではなくつる草になるらしいので、正確には野菜なのだが、ミーヤはくだものと認識している。
(あと二日……。メンテナンス、早く終わらないかなぁ)
川で顔を洗い、歯の欠けた櫛で髪の毛を整える。毛玉に戻らないならばと、今日も洗濯場に出勤することにした。
城の裏門から入り、裏庭を抜けて洗濯部屋へと入ると、いつものメンバーの半数以上が出勤していた。
「あっ、ミーヤおはよう! ねぇねぇ知ってる? 皇帝陛下のペットの毛玉が行方不明なんだって! 見つけた人には報奨金が出るらしいよ!」
洗濯下女の中でも特に早起きの、農家の娘さんが元気に声をかけてきた。
「ほ、ほうしょうきん……ってなあに?」
娘さんの大声で耳がキーンとなった。ズキズキと頭も痛くなる。寝不足のせいだろうか?
「ご褒美みたいなモンだよ! なんと金貨五枚だよ! 洗濯なんかしてる場合じゃないよ!」
ミーヤは金貨どころか、銀貨も見たことがない。どのくらいの大金なのか見当もつかない。
「金貨五枚は洗濯下女の仕事二百回分よ。庶民なら家族が半年は暮らせるわね!」
珍しく元令嬢もテンションが高い。
「さっさと洗濯終わらせて、毛玉を探しに行きたいわ!」
令嬢が手に持っていた虫取り網と、木の蔓で編んだ籠を置きながら言った。もしかしなくても、毛玉を捕まえるための道具なのだろう。
ミーヤは早く毛玉に戻りたいとは思っていたけれど、あんなものを持った洗濯場のメンバーに追い回されるのは勘弁して欲しい。
そもそもミーヤはあと二日、メンテナンスが終わらなければ毛玉には戻れない。探すべき毛玉は、今のところ存在していないのだ。
(それに……ちょっと具合が悪い、かも……)
ズキズキと頭が痛いし、なんだかボーッとしてきた。
赤い顔をしてユラユラと揺れているミーヤに気づいたおかみさんが、ズカズカと近寄って来て額に手を当てた。
「ミーヤ。あんた、熱があるよ。大丈夫かい?」
(あ……ゆうべ、寒かったから……。風邪かな? 人間の身体は弱いなぁ……)
頭が痛いのは、農家の娘さんの大声のせいではなかったらしい。毛玉は文字通り保温・断熱のために毛が生えているので、暑さ寒さには強い。
「ミーヤ大丈夫? 今日は帰った方が良いんじゃない?」
「でも……」
毛玉に戻れないミーヤに、帰れる場所は森の洞窟しかない。あと二回、あんな夜を越えなければならないと考えると、ミーヤの目にじわりと涙の膜が張る。
「か、帰りたくない……」
具合が悪いせいで、人恋しさも三割り増しだ。
「そうかい。じゃあ、その辺でタオルにでもくるまって横になってなよ。楽になったら乾いた洗濯物でも畳んでおくれ」
おかみさんがポンポンとタオルを投げて寄越し、元令嬢がそのタオルでミーヤを包んでくれた。
ミーヤがこっくりと頷いて横になると、農家の娘さんが『弱ってるミーヤも可愛いねぇ』と言いながらキシシと笑った。
そうしてミーヤが目を閉じると、誰かが小さな声で子守唄を歌いはじめた。
お眠りなさい 目を閉じて
夢の馬車が迎えに来たよ
月のお城や 星のお庭で
ゆかいに楽しく お過ごしなさい
お眠りなさい 目を閉じて
ミーヤの聞いたことのない、この世界の子守唄だ。涙の膜が厚くなる。でもそれは溢れることはなく、存外に甘く沁み渡るように引いた。
子守唄の声が少しづつ遠ざかり、ミーヤはトロトロと夢の入り口へと近づいて行った。
作者ヘタレで申し訳ないです。書くしか能のない人間のくせに生きてるだけで精一杯で。少しずつでも頑張ります。




