第十九話 洗濯下女・Meets・冷酷皇帝
お待たせしました! ちょっと間があいてしまったので、前回までの長めのあらすじ置いておきますね!
《前回までのお話》
帰巣本能に抗えなくなったミーヤが、尻尾を生やして置き手紙を書いて、ヒューゴの部屋を抜け出しました。
ヒューゴはミーヤに捨てられたと思い、それを認めたくなくて『ミーヤは誘拐された』と思い込んで暴走しています。
ミーヤは騒ぎの起きていることで心配になり、遠くからでもヒューゴの様子を確認することにしました。こっそり城壁を進んでいたミーヤは、ヒューゴの雷が落ちるような怒気で固まって動けなくなってしまいました。
お話は、ヒューゴがちょっと冷静になった場面からはじまります。
ヒューゴは抑えきれない焦燥感を抱えたまま、執務室の窓を大きく開け放った。少し頭を冷やす必要性を感じたからだ。
ダイヤモンド鉱山を手放す話は、側近たちに猛反対された。鉱山は完全にヒューゴの私有財産なのだから、本来は使い途に口を挟まれる筋合いはないのだが。
『皇帝の品位を守るため』などと無駄に華美な物を押し付けるくせに、ミーヤのために自分の財布から出そうとしている金には文句をつける。
(皇帝などという地位は、高いところに座らせられているだけで、不自由なものだな……)
だからこそ、ヒューゴはミーヤに惹かれた。
手足も見当たらず、鋭い牙も爪も、鳴き声すら持っていない。毛玉の持ち物はただひとつ。『自由』だけだ。
少なくとも、ヒューゴにとって毛玉はそういう存在だった。
ヒューゴは、自分の肩に、背中に、脚に、腕に……。重く纏わりついている何本もの手を振り払うことが出来ない。
その重苦しさを忘れたくて、自由な毛玉を囲い込んだ。贅沢に物を与え、甘やかして、ヒューゴの用意した不自由を選ばせようとしていた。
なぜなら、自分には選択権がないから。
皇帝として立ったからには、全てを捨てて自分勝手に自由を選ぶことは出来ない。
だからこそ、自由しか持たない毛玉が選んでくれたならば、今いる場所が少しはマシなものに見えてくる気がしたのだ。
(本当は最初からわかっていた。毛玉は誘拐されたのではない。窓から逃げ出したのだ)
そんなことは、きっと城の誰もが知っている。わかっていて認められなかったのはヒューゴだけだ。
(毛玉は自由を選んだ。何も持たない森の毛玉であることを望んだんだ……)
実際には、ミーヤはヒューゴの部屋を出る時に、薔薇の形の角砂糖とか、高級シーツを持ち出している。しかも気が向いたら、ちょくちょく遊びに来ようと思っている。
まあ、そのあたりの考え方が、自由と呼べないこともない。
それにヒューゴはミーヤの守護者となったばかりだ。縁が切れたわけではないのだから、そう落ち込むほどのことではない。
(随分と……醜態を晒してしまったな……)
それは間違いない。
ヒューゴの中で仮想敵とされていた派閥と家門の未来は、すでに閉じてしまっている。あまり褒められた連中でないことは確かだが、若干気の毒ではある。
さて。
ようやくヒューゴが正気を取り戻したおかげで、渡り鳥が目を覚ましてバサバサと飛び立った。
その時。
ヒューゴは城壁方面から、ミーヤの気配を感じた。その気配は酷く硬く、そして怯えを含んでいた。
「ミーヤ!」
小さく叫んで三階の窓から飛び降りる。膝を折り勢いを殺して着地した低い姿勢そのままに、気配を感じた城壁へと走り出す。走りながら腰の剣を抜く。
つむじ風のように走るヒューゴの視界に、城壁から落ちて来る何者かの姿が映った。
ヒューゴの気に目を回した人間の姿のミーヤである。ピキリと固まったままなので翼の稼働は間に合っていない。
行きがかり上、ヒューゴがポスンと受け止める。
乾物屋の女将さんに借りたワンピースを着たミーヤは、どこにでもいる下町の少女に見える。右のこめかみあたりに、見覚えのある黄色い花を差している。
ヒューゴは、この花の名前を知っている。
「その花は……」
思わず呟いたヒューゴの声で、ミーヤが半分意識を取り戻し、モゾモゾとシャツの中に潜り込もうとした。ボタンがきっちり閉じていることに気付き、不満そうにぺしぺしとヒューゴの胸を叩く。
ヒューゴは、落ちて来た少女の不可解な行動に首を傾げた。初対面の少女が一国の皇帝に取る、一般的な態度とはかけ離れている。
「何者だ?」
「へーか……?」
ミーヤは自分の姿が今は毛玉でないことを思い出し、手足をバタバタと動かしてヒューゴの腕の中からすり抜けた。
「城壁で何をしていた?」
平時の城壁は、見廻りの兵士以外は基本的に立ち入り禁止だ。直接武器庫に通じているので、軍事的に機密情報が多い。
自然、問い詰めるような口調になる。
少女は、小さな身体を更に小さくして下手くそな礼をした。
「せんたく、です……。し、シーツが風で飛んで……」
ビクビクと掠れた声で答える。
ヒューゴは、見るからに小さくか弱い相手を萎縮させてしまったことに罪悪感が湧いて、なるべく優しく声をかけた。
「怯えずとも良い。怒ってはおらん。其方は洗濯下女で、風で飛んだシーツを探しに来たのだな?」
「は、はい……」
ミーヤはおずおずとシーツを取り出した。ヒューゴの部屋を出た時に、身体に巻いていたシーツだ。仕事中に洗って、そのままネコババしようと思っていた。罪の意識は更々ない。
「そうか……。洗濯、大儀である」
城下町の女たちの間では、髪にミーアリーヤの花を飾ることが流行っているらしい。皇帝陛下の寵愛を受ける毛玉にあやかってのことだろう。
(俺は、この花に反応したのか……? 毛玉の気配を感じた気がしたのだが……)
そんな馬鹿なと言わざるを得ない。本体が頭の花でもあるまいし、この冷酷皇帝はどうしてこうもミーヤに関することでのみ、ポンコツになってしまうのか……。
ヒューゴはガッカリと肩を落としたが、対するミーヤは『ふへへ』と笑った。
(へーかの話し方、時代劇のお殿様みたい!)
ミーヤは、妹尾美弥の頃に見た時代劇を思い出したのだ。毛玉のミーヤと一緒にいる時のヒューゴは、半分独り言のようなものなので、ここまで堅苦しい話し方はしていなかった。
(苦しゅうない、おもてをあげよ、とか言うかな?)
期待に満ちた視線を向けるが、もう既に顔は上げているので言わない。
「城壁は危険もある。無闇に登ってはならんぞ」
「ははぁー!」
ミーヤは目一杯頭を下げて、時代劇の返事をした。ちょっと楽しくなって来た。
「子供がそんなにも、畏まらずとも良い。顔を上げよ」
(ずがたかい、ひかえおろう、じゃないんだ! へーかは、えばりんぼうじゃない、立派なおうさまだ!)
ミーヤはニコニコと笑いながらヒューゴを見上げた。初秋の風に煽られて、頭のミーアリーヤの花がユラユラと揺れる。
何とも呑気で微笑ましい光景だ。
執務室では、突然窓から飛び降りたヒューゴにより、新たな騒ぎが持ち上がっているというのに。
「へーか、大丈夫ですか? ケガとかしてない?」
「ああ……私が襲撃されたという噂は真実ではない。大丈夫だ。怪我などしてはおらんよ」
曇りなき尊敬の眼差しで見つめられ、邪気の欠片もない満面の笑みを向けられて、己の所業が情けなくなる。
(こんな年端もいかない少女に心配されて……。俺は何をとち狂っていたのだろう……)
「娘……このくらいの大きさの、毛玉を見なかったか? チョンチョンと跳ねたり、白い小さな翼でパタパタと浮いたりする。頭に黄色い……其方と同じ花を付けておる」
『このくらい』と、手のひらで毛玉の大きさを形づくる。その空っぽの空間がやけに寒々と感じて、ヒューゴは慌ててギュッと拳を握り締めた。
「怪我が治ったばかりなのに居なくなってしまって、少し心配でな……」
少しどころではない。国を挙げての大騒ぎだ。何しろ毛玉には多額の懸賞金がかかっている。
「心配……?」
「そう。名を“ミーヤ”という。見かけたら知らせてくれないか?」
ミーヤは冷や汗が垂れる想いがした。
(お手紙書いて置いて来たのに、心配をかけちゃったんだ! 勝手に部屋を出てしまったから、さっき怒っていたんだ!)
ミーヤは毛玉の姿の時は、人の心の機微に疎くなる。野生動物の本能や習性が表に出てしまうのだ。
わたわたと慌てた様子で、コクコクと頷くミーヤを見て、ヒューゴがフッと息を漏らした。
わずかに口角を上げたその様子は、無愛想と噂に名高い冷酷皇帝が、唯一毛玉に向けるものとよく似ていた。
「さあ、もう行くが良い。気をつけてな」
驚くほど自然にヒューゴの手が伸びた。ふわりとミーヤの頭に触れた手が、スリスリと髪の感触を確かめるように動く。
その動作は毛玉のミーヤが、朝に晩にヒューゴから受けていたものだ。とっくに慣れっこになっていた筈だ。
毛玉の時は、気持ち良いだけだった。もっと撫でろと、ゴロンと腹を向けたりもしていた。
だが、今はやけに照れくさい。そして密かな微笑を浮かべたヒューゴが、やけにキラキラと輝いて見える。
すると、ミーヤの頭の中でファンファーレが鳴り響いた。
《“だいしゅきポイント”が入りました。新たなポイント獲得に伴い、アップデートを開始します》
(な、な、なんか、新しいの来た!!!!)
さてさて。『だいしゅきポイント』とはどういったものなのか。ポイントが貯まると何が起こるのか。
それがわかるのは、もう少し先の話だ。
更新滞って申し訳ありません。ちょっとプライベートがゴタゴタしています。頑張って出来るだけ書きますね!
次話は、だいしゅきポイントの真相に迫りますよ!




