第十八話 陛下、闇堕ち寸前の巻
ヒューゴが襲撃を受けたらしいと聞いたミーヤは、心配になり様子を見に行くことにしました。
さてさて、ヒューゴはどうしているのでしょう。
(洗濯部屋を出たミーヤが向かった方向を、若干修正しました)
ミーヤは洗濯部屋を出ると城門へは向かわずに、裏庭を更に奥へと進んだ。人気のない場所まで来ると背中の翼を出して、パタパタと城壁の上へと上がる。
遠くからでも、ヒューゴの様子を確認したいと思ったのだ。
ミーヤは人間の姿の時でも目や鼻や耳がとても良い。ある程度の距離まで近づけば、オーラや気配で機嫌や体調も察することが出来る。
(へーか、どこにいるかな? この時間ならお仕事中かな? 怪我とかしてないと良いけど……)
ヒューゴの生物としての強さは、嫌というほどに知っている。あんな雷のような苛烈なオーラは、森の奥の方にいる小山のような大熊や、大きな群のボス猿でさえ持っていない。
(でも、毒とか罠とか使われたら……。そういうのなら、へーかも負けちゃうかも知れないし……)
例えばヒューゴが怪我をしていたとしたら。
ミーヤはそれを確認して、どうしようというのだろう。本人は、森へ帰るついでにちょっと様子を見に行くだけのつもりでいる。
だが、本当にそれだけなのだろうか?
城壁の上を身を低くして歩きながら、ふとヒューゴのシャツの中を思い出す。
硬い腹筋と、サラサラと触り心地の良い上等のシャツ。ミーヤがモゾモゾと動くと、くすぐったいせいか腹筋がピクリと動く。
何度もモゾモゾすると、ヒューゴは『こら』と言う。『こらこら』と二回言うこともある。
ミーヤはヒューゴの『こら』を聞きたくて、わざとモゾモゾを繰り返したりしていた。
『あっ、ピクピクって二回した!』『そろそろ、こらって言うかな?』
美貌の皇帝陛下の腹筋で遊ぶ毛玉……。中身が無邪気な幼女なのでギリギリセーフだろうか? 絵面的には完全にアウトである。
ミーヤにとってヒューゴのシャツの中は、居心地が良いのか悪いのかよくわからない場所だった。
ミーヤがシャツの中にポスンと収まると、ヒューゴのオーラがほろりと緩む。それは歩き疲れた猛獣が、寝ぐらへとたどり着いた時の呟きのようだった。
大きな手でミーヤの毛並みを撫でる時、常に歯を食い縛るように引き結ばれたヒューゴの口元が、ほんの僅かに弧を描く。
それは迷子の子供が何時間も歩き、ようやく見知った風景を見つけた時に吐き出す、安堵の息のようだった。
よくよく考えれば、野生動物なのはミーヤの方だし、もうすっかりよい大人であるヒューゴが保護者なのだ。
けれどミーヤは時々、ヒューゴを抱きしめてあげなければと思う時があった。……毛玉に腕はないのだけれど。
(へーかは、なんであんなに寂しそうなんだろう? たくさんの人にかこまれて、強くて頭も良くて、お金だっていっぱい持っているのに……)
毛玉の時には考えもしなかったことが、人間の姿になると気になった。本能で生きる野生動物は、本来どこまでも自分本位な存在だ。
(へーかは王さまだから……)
妹尾美弥の頃にニュースで見かけた政治家たちは、何だかとても大変そうだった。国家を背負う『責任』の意味は、ミーヤには難し過ぎてわからない。
ふとミーヤは、ヒューゴも毛玉だったら良かったのにと思った。
きっとヒューゴならば、立派な強い毛玉だろう。昼間は森の中を一緒にチョンチョンと跳ねて美味しい食べ物を探し、夜は寄り添ってひとつの大きな毛玉となって眠るのだ。
(すごく良い!)
ミーヤはその想像が、とても気に入った。毛玉用ツリーハウスを作る時には、ぜひヒューゴの分の寝床も作ってあげようと思った。
ヒューゴが毛玉になることなど、ある筈がないのに……。
* * *
一方、その頃のヒューゴは、子供を取られた鬼子母神のように、血眼になってミーヤを探していた。昨夜は一睡もしていない。
もちろんミーヤの置き手紙は読みはした。だがヒューゴは、ミーヤが尻尾を生やして文字を書けるようになったことを知らない。
手紙はベランダの窓が開いていたことから、そこから入り込んだ子供の悪戯だと思った。そして、その子供の隙をついて、ミーヤが逃げ出してしまったのだと思った。
ヒューゴはその日の執務を大急ぎで済ませると、手の空いている侍従に城の中や庭を探すように言いつけてから、自分は森へミーヤを探しに向かった。
ヒューゴはミーヤを手放したくなかった。
(怪我をした後とはいえ、野生動物を狭い部屋に閉じ込めたのは、間違いだった)
そう頭ではわかっても、ミーヤが自分の意思でヒューゴの元を去ったと認めるのは、堪らなく苦しかった。
日が暮れても、夜になっても、森の中を探して歩いた。侍従たちも、城内を隈なく捜索した。けれど、ミーヤの行方の、ほんの少しの手がかりすら見つからない。
ヒューゴは改めて置き手紙を読み、ミーヤが誘拐されたと結論を出した。それを人は『逃避』と呼ぶ。
部下に目撃者を探すように指示を出し、ヒューゴ自身は犯人となる可能性のある、政治的な反対勢力の動向を探りはじめた。
次第にヒューゴの心は荒れて、城内はピリピリとした空気に包まれた。ヒューゴの怒気に当てられて、城の上を飛んでいた渡り鳥が数羽、目を回してボトボトと落ちてきた。
「陛下、少しお休み下さい。犯人からの接触がありましたら、すぐにお知らせしますから」
周りの人間には『たかが毛玉に何を騒いでいるのか』という侮りの気持ちが少なからずあった。あんな毛玉などを誘拐する意味などあるとは思えなかったのだ。
「身代金を用意しなければ……。私の直轄地のダイヤモンド鉱山を売りに出してくれ」
ヒューゴの切羽詰まった様子に、側近たちはようやく気がついた。あの毛玉がいなくなることは、ヒューゴにとって大きな打撃となるのだ。
『傾国の美女』とはよく聞くが、『傾国の毛玉』では笑い話にもならない。このままではヒューゴが、毛玉のために国を傾けた愚王として歴史に残ってしまう。
「陛下、どうかお気を鎮めて下さい。泣き出す女官が後を絶ちません。そしてダイヤモンド鉱山は売ってはなりません!」
誰もがヒューゴの余裕のなさに驚き、そして震え上がった。これは尋常ではない。毛玉が戻らなかったら、大変なことになる。
急遽、城内、城下の両方にお触れが貼り出された。そこには、宮廷絵師が描いた写実的な毛玉の絵姿がある。
『皇帝陛下の寵愛する毛玉が行方不明。見つけた者には金貨五十枚、有力な目撃情報には金貨五枚の報奨金あり』
* * *
「うひゃあっっ!」
上空の渡り鳥が目を回したのと同時に、ミーヤも城壁の上で固まって動けなくなった。
(へ、へーかが怒ってる……? 何があったの?)
ミーヤが知る限り、ヒューゴのオーラがこんなにも荒れたことは一度もなかった。
読んで頂きありがとうございます。
ごめんなさい。人間姿のミーヤとヒューゴの邂逅まで書ききれませんでした。次話はその場面からはじまります。
☆本話の中に、鬼子母神が出て来ます。ご存知の方も多いと思いますが、少し補足させて頂きますね。
昔、鬼子母神は500人の子供を持つ美しい女神だが、たくさんの子供を育てるために人間の子を攫って食べる鬼女でもあった。
人間からの訴えでそれを知ったお釈迦さまは、鬼子母神の末の子供を隠してしまう。
鬼子母神は嘆き悲しみ、気も狂わんばかりに地球を七周して探し回った。
子供を奪われる親の嘆きを知り改心した鬼子母神は、以後、全ての子供の守り神となった。
はなまる的には、主食が人間である生き物だったんだろうなと思いますが、確かに人間にとっては厄災に違いありません。人間の親の立場からすると、他の物を食べてくれるようになって良かったという話になりますね。
まあ、そんな神話があるので、ヒューゴがミーヤを必死に探し回る場面で、例え話として使わせてもらいました。鬼子母神さまが地球を七周回って子供を探していた時、父親は何してたんだよと思わんでもないですが笑
あとがきが長くなりましたね。
『そんな余力があるなら本文書けよ』とセルフで突っ込んでおきます。
ではでは……。




