第十六話 その頃ヒューゴは
ミーヤに『正式契約の成立』アナウンスが流れる少し前の、ヒューゴsideのお話です。
同時に光に包まれた二人ですが、ヒューゴの方には契約に関するアレコレがあったようです。
ちなみにヒューゴにとっては、体感で五分程度のやり取りですが、実際には二秒くらいしか過ぎていません。
えっ、強引過ぎるって?
不思議現象は、ファンタジー世界には付き物ですよ!
己を包むような光の中で、ヒューゴは冴蒼の瞳に強く警戒の色を宿した。低く構えて腰の剣に手をかける。
少し離れて控えていた護衛騎士が二人、素早くヒューゴを護るように配置する。
「陛下、如何なされました? 曲者ですか?」
声を潜めて聞かれ、眉間の皺を深くする。
「この光が見えぬのか? 管楽器の音は?」
「怪しい光? どの位置で御座いますか。音はどちらから?」
危険箇所を特定出来ていない護衛の質問で、ファンファーレが己の頭の中で鳴っていることに気づく。
(他の者には、この光も見えておらんのか?)
「即刻、皆を連れて退去せよ! 以後、私の許可があるまで、安全を確保して待て!」
異変が自分の周囲のみで起きていると判断したヒューゴは、飼い主友の会(仮)のメンバー共々、自分から距離を取ることを護衛騎士に命じた。
護衛騎士たちは、ヒューゴが自分たちの誰よりも強く、誰よりも生き残る手段を持つことを知っている。
「承知!」
短く叫び、迅速に指示に従う。ヒューゴと共に泥沼のような戦場を生き抜いた彼らには、それが脊髄反射のように沁みついているのだ。
(何が起きる? 何が起きているんだ?)
ヒューゴは油断なく警戒の網を張り巡らせながら、事態が動くのを待った。
《個体名ミーアリーヤと“ヒューゴリウス・アウステリア・リミュエール”との正式契約に至る条件が達成されました》
ヒューゴの頭の中に、ミーヤとは若干違うアナウンスが流れた。どうやら一段階前の質問らしい。ヒューゴにとっては初のアナウンスだ。
「ミーヤ? ミーヤに何をした!」
ヒューゴはギリリと歯を食いしばりながら言った。古今東西、卑怯者が要求を突き付ける手段は変わらない。弱い者、大切な者の身を盾にする。
ヒューゴはミーヤが、何者かの手に堕ちたと思ったのだ。
「何者だ? 答えろ!」
《ヒューゴリウス・アウステリア・リミュエール。あなたはミーアリーヤの生涯を見守り、慈しみ、幸せを願うことを誓いますか?》
続いて頭の中に響いたのは、まるで結婚式の誓いの言葉のようなアナウンスだった。
(はっ? な、何なんだこれは! 天からのお告げの類いか?)
ヒューゴの頭に真っ先に浮かんだのは疑問だったが、すぐに迂闊に返事は出来ないと自らを戒める。
『神のお告げ』、又は『邪悪な存在からの拐かし』。どちらにせよ『正式契約』というからには、何かしらの“縛り”が発生する。
文言だけを精査するならば、邪悪なものは感じられない。ミーヤの生涯を見守ることなど、ヒューゴの望むところだ。もちろん慈しんでゆくつもりだし、幸せを願ってもいる。
「何者だ? 答えろ」
もう一度、同じことを問うてみる。
《ヒューゴリウス・アウステリア・リミュエール。あなたはミーアリーヤの生涯を見守り、慈しみ、幸せを願うことを誓いますか?》
相手も譲らなかった。再び同じ質問をぶつけてくる。これでは埒が開かない。
「その質問に『応』と答えた場合どうなるのだ? 『否』と答えた場合は?」
ヒューゴは深呼吸してから戦闘態勢を解いた。相手は得体の知れないものではあるが、殺気は感じられない。
《『応』の場合、正式契約が成立し、ヒューゴリウス・アウステリア・リミュエールは、ミーアリーヤの守護者となります。『否』の場合は現状との変化は発生しません》
「守護者とは、どういったものだ?」
《護り、慈しみ、幸せを願う者です》
「今の私と何が違う? 私はミーヤを護るつもりだし、慈しみ、幸せを願っている」
《世界が認めます。あなたとミーヤの繋がりが特別なものとなります》
ヒューゴは、世界になど認められる必要性は感じなかったが、『ミーヤの特別』という言葉には若干心を動かされた。
「その契約とやらで、こちらが差し出さねばならぬ物は? ミーヤに害が及ぶ可能性は?」
《ミーアリーヤが何者であろうと、どんな姿になろうとも、あなたの意志では、契約の解除が出来なくなります。又、ミーアリーヤが望む限りは、保護責任が発生します》
「うむ……」
契約の内容自体は動物の飼い主としての役割から、そう大きくは逸脱していない。だが、なぜそんな契約が必要なのか。そして、この声の主は何者なのか。
「いいだろう。契約を結ぼう。我、ヒューゴリウス・アウステリア・リミュエールは守護者となり、ミーアリーヤの生涯を見守り、慈しみ、幸せを願うことを誓う」
ヒューゴは、この何者かが用意した茶番に乗ることにした。
(ミーヤに害が及ばぬならば、多少の弊害は引き受けられる)
ヒューゴには国を揺るがす事態にでもならない限り、対処出来る自信とそれを可能とする実力がある。
そして、もし何か困ったことが起きたとしても。
ヒューゴはミーヤのことで、右往左往してみたいと思ったのだ。
(ははっ! こんな契約を結んでしまっては、容易くは死ねなくなるな!)
自分の中の大切な場所に、他者を座らせること。
皇帝としてではなく、『ただのヒューゴ』として、自分勝手に死ねない理由が出来てしまったのだ。
そのことは、驚くほどヒューゴの胸を甘く、ほろ苦く締め付けた。
『生涯を見守り、慈しみ、幸せを願う』『この子が自分で幸せになるまで、今はまだ死ぬわけにはいかない』
それは恋人や伴侶への想いと言うよりは、両親が我が子に向ける想いに近い。『ミーヤが望む限りは保護責任が生じる』というのは、いつか手が離れて巣立つことを前提としているのだろうか?
そのことを思うとまた、ヒューゴの胸は甘く痛んだ。
《ヒューゴリウス・アウステリア・リミュエールと、ミーアリーヤの正式な契約が成立しました。あなたはミーアリーヤの守護者となります》
読んで頂きありがとうございます。
この後は人間の姿で洗濯場まで逃げて来た、ミーヤsideへと話の舞台が移ります。久しぶりの洗濯下女パートです。人間の姿のミーヤとヒューゴのニアミスが発生しますよ! 『異世界転生恋愛ジャンル』のフラグは回収出来るのでしょうか? それは作者の最大の不安です笑
遅筆で申し訳ないですね。待っていて下さる方がいると信じて更新します。




