第十二話 森へ帰りたい
更新が滞ってしまい申し訳ありません。テンプレの短編書いてランキング表紙に入ったりしてました笑
マイペースに連載続けてゆこうと思っています。応援、よろしくお願いします。
毛玉のミーヤがお城で暮らすようになって二週間が過ぎた。このところ、怒涛のように色々なことがあって忘れがちだったが、ミーヤはずいぶんと長い間人間の姿になっていない。
指折り数えてみると……いや、ミーヤは毛玉なのでそれは出来ないのだが、頭の中で人間の姿になった想像をしながら時系列で思い出し、数えてみることにした。
……決して更新が滞ってしまい焦った作者が、振り返りを促している訳ではない。……ないったらない。
「頭の中でラッパが鳴って……『愛されポイントが貯まりました』ってアナウンスが聞こえた時点で、もう一週間くらい人間になれていなかったんだよね……確か……」
そうそう。そして頭に花が生えて、それを見たヒューゴが鼻血を出しながら大量の『愛されポイント』をくれた。
ポイントを使って翼を生やしたは良いが、蛇に噛まれ毒に犯されてしまった。もう駄目かと思ったがヒューゴが獣医師の診療所に連れて行ってくれて、一命を取り留めた。
診療所での入院生活が一週間。ヒューゴに『これでもか!』というくらい甘やかされて、着々と貯まっているであろう愛されポイントに、密かにニヤリと笑った腹黒い毛玉がいたとかいないとか……。
ちなみに入院の後半からは獣医師もチョロチョロとポイントをくれるようになっていた。ポヤポヤした人畜無害に見えるが、アレで意外と魔性の毛玉なのかも知れない。
そして退院してヒューゴと一緒に城に来てから、更に一週間が過ぎた。つまり、もう一ヶ月に届くくらいには、人間の姿になれていないことになる。
(大丈夫なのかな⁈ 人間になれないの、やっぱり困る! それに洗濯下女の仕事、クビになっちゃうのも困るよ!)
洗濯下女の仕事は、いわゆる非常勤で日払い制だ。ミーヤは月に三〜五回程度、都合の良い日……つまり人間の姿になった日に働く、かなりゆるい勤務形態となっている。
だが一ヶ月近く欠勤が続いているのだ。契約が取り消しになっていても不思議ではない。ミーヤは洗濯の仕事も、下女仲間たちのことも案外好きだった。もちろん貰える給金も大きな楽しみだ。そう大きな金額ではないが。
「みんな元気かな……。もしかして、心配してくれているかも……!」
そもそも、人間の姿になるトリガーは何なのか。正確に日数ではない。それは確認済みだ。愛されポイントの貯まり具合でもないだろう。ミーヤは森でひとりぼっちだった頃から、人間の姿になっていた。
ヒューゴの寝室でミーヤが人間の姿になってしまった場合……。
それはそれで困ったことになりそうだ。何しろこの部屋にミーヤの服はないのだ。全裸の少女が、皇帝陛下の寝室にいるのが見つかったら大惨事だろう。良くて陛下のお手付きを狙った侵入者、最悪刺客と見做されて拘束されかねない。
ミーヤは森に帰って、憂なく人間の姿になる方法を考えたり試したりしたかった。
そしてそれとは別に、森に帰りたい気持ちが日ごとに募ってゆくのを感じていた。
何故だろう? お城にいれば空腹になることも、肉食獣に捕食される危険もない。綺麗な房飾りの着いたふかふかのクッションの上でのんびり昼寝していれば、夢のように美味しい食べ物が目の前に差し出される。
人間の美弥だった頃を併せて考えても、快適で贅沢な生活だ。なのに……。
夕方になり、窓の外からザワザワと木々を揺らす風の音が聞こえるたびに、ミーヤは身の置き所が見つからない所在なさで居た堪れない気持ちになった。
こんなにも心地よい場所にいるのに、なぜ暗く冷たいひとりぼっちの洞窟へと帰りたいと思うのだろう?
ミーヤは不思議で仕方なかったが、恐らくそれは帰巣本能によるものだ。小型の草食(雑食に近い?)動物であるミーヤは、日が暮れて暗くなることで生存確率が格段に落ちる。これは夜行性・薄暮性の肉食獣が夜闇に紛れて、狩りをはじめる時間帯に差し掛かるからだ。
そのため、自分のテリトリーであり最も安全だと刷り込まれている巣へと戻ろうとするのだ。この帰巣本能は人間にもうっすらと残されていて、夕方になるとそこはかとない寂しさや、郷愁に駆られたりする。赤ん坊の夕暮れ泣きや、認知症状である帰宅願望などがその顕著な例だ。
弱い生き物は、生存確率を上げるために帰巣本能は強い。つまり最弱の毛玉生物であるミーヤは、弱いがゆえにその本能に翻弄されてしまい、もう帰りたくて帰りたくて堪らなくなってしまうのだ。
獣医師の診療所で刈られてしまった毛が生え揃う頃、ミーヤは森に帰ることを決めた。せっかくなので、一番カロリーが高そうで一番のお気に入りである、薔薇の花の形の角砂糖を、毛並みに隠したポシェットの中に限界まで詰め込んだ。
もっとも、小さな毛玉の小さなポシェットには、たった二つしか入らなかったのだけれど……。
帰ると決めてしまえば、ミーヤは案外スッキリとした気持ちになった。あとは別れの挨拶とお世話になったお礼をどうするかだ。ミーヤは前世では、なかなかに律儀で礼儀正しい小学生だった。
* * *
さて、まるっとした毛玉生物であるミーヤは、自分の意志を伝える手段をほとんど持っていない。
ミーヤが出来る動作は、チョンチョンと跳ねる、コロコロと転がる、小さな翼でパタパタと飛ぶ。たったこれだけなのだ。鳴くことも出来ないし、表情で伝えることも、ふさふさの毛並みがあるので難しい。何とも不便で不甲斐ない。
これは森でひとりぼっちで暮らしていた時には、感じなかったことだ。
ヒューゴと知り合ってから、ミーヤは自然に跳ね方や転がり方に感情を乗せることを覚えた。毛を逆立てたり、少し潰れてみたり、スリスリと身体を擦り付けたり……。
ヒューゴはそんなミーヤの表現を、余すところなく汲み取ってくれた。人間の姿の時ではなく、毛玉のミーヤの感情を共有してくれたのは、ヒューゴがはじめてだった。
『もっと……もっと伝えたい!』
それは野生の毛玉として生きることのみに執着していたミーヤが、初めて抱いた『欲』だった。
(喋れるようになるのが一番だけど、毛玉が人間の言葉を喋ったら、魔物だと思われて退治されちゃうかも知れないし……ちょっと不気味だよね……)
確かに人語を操る毛玉は妖怪じみている。ちょっとどころではなく、かなり気味が悪い。実際には、ミーヤが妖怪や魔物でない確証はないのだが、退治されるのは困る。ミーヤはあくまで無害な野生生物でいたかった。そして愛されなくてはならない。
では、鳴き声ならどうだろう?
ミーヤは妹尾美弥だった頃の記憶を手繰ってみる。
(猫とか犬とか、鳴き声でけっこう気持ちわかった! それに……可愛かった!)
なかなかに良い案だ。毛玉に鳴き声があっても、そう不自然ではない。
(でも……お世話になったお礼とか、森に帰るけどへーかとお別れしたい訳じゃないことは伝えられないなぁ……。時々なら遊びに来たいし!)
尻尾はどうだろう?
(猫とか犬とか、尻尾のフリフリでけっこう気持ちわかった! それに……可愛かった!)
それも良いかも知れない。ミーヤは頭に花が生えている。そして背中には翼を持っている。ちょっと盛り過ぎな気もするが、それも今更だ。この際、どんどん生やしてみるのも悪くない。……悪くない……?
少なくとも、全部盛りの丼が美味しいのは間違いない。
(尻尾を筆みたいにすれば、お手紙が書けるかも!)
おお、それは名案だ。ミーヤは洗濯下女仲間に、少しだけこの世界の文字を習った。簡単な手紙なら書くことも可能だろう。
だがしかし。毛玉が文字を書くとなると、ちょっとチートが過ぎるのではないだろうか? なかなか判断が難しい。
(よし決めた! 尻尾にしよう!)
「アナウンスさん、生やしてもらうもの、決まりました!」
ミーヤは心の中で高らかに宣言した。相手はゲームで言うならばシステムのような存在。ファンファーレと共に接触して来て、愛されポイントを消費しミーヤに何かしらを『生やしてくれる』。
「尻尾を生やして下さい! 伸び縮みして、思った通りに動かせて、頑丈で力持ちで、先っぽが筆として使える尻尾が欲しいです!」
注文が多い。だがミーヤも、これで愛されポイントを消費するのは三回目。今までの失敗を繰り返すつもりはない。取り消しや、やり直しは出来ないのだ。
ちなみに、既に例の『愛されポイントが貯まりました。何を生やしますか?』のファンファーレは二回ほど鳴っている。色々あったので保留にしていたのだ。
《了解しました。色や形状を詳しく設定して下さい》




