第一話 皇帝陛下と毛玉
新連載はじめます。中〜長編、週に一回程度不定期で投稿予定です。完結目指して頑張りますので、応援よろしくお願いします。
近隣諸国において、群を抜いた軍事力を誇る帝国アウステリアには、冷酷無慈悲な若き皇帝陛下がいる。
国の名前を冠した宝剣を携えた御方は、一振りで十人の敵を斬り伏せるといわれ、戦場で大層恐れられていた。眉ひとつ動かさずに敵を屠るさまは、敵だけでなく味方をも震え上がらせていたらしい。
先代皇帝が崩御した際に帰城せずに、戦場に司祭を呼びつけて継承の儀を行ったことで、血縁の情も民への関心もない冷酷な皇帝だという噂がまことしやかに囁かれた。
『戦好きの戦闘狂』
『戦場しか知らない無能皇帝』
平和な城で座る主のいない玉座を囲むのは、新皇帝を御しやすい傀儡としか考えていない者たちばかり。遠い戦場で流れる血の意味など知らずに、彼の御方を含み笑いを浮かべてそう呼んだ。
だが五年に及んだ長い戦争で敵国を完膚なきまでに叩きのめした皇帝陛下は、帰城して宝剣を鞘に収めると今度は政に辣腕を振るった。
陛下の留守中に甘い汁を啜るだけだった者たちは、悪だくみを実行に移す暇もなく、あっという間に権力を取り上げられて城から叩き出されたのだ。
苛烈にして冷酷無慈悲。戦争が終わっても、たった一人で修羅の道をゆく皇帝陛下の眉間の皺は峡谷よりも深く、その唇はほんの少しも緩むことはなかった。
また、表情こそ険しいが、かの御方は大変容姿が整っていることでも有名だ。
他国の王族は金や銀の髪を持ち、きらびやかで細身の方が多いが陛下は違う。実戦で鍛えられたしなやかで恵まれた体躯、月も星もない闇夜のような漆黒の髪、完璧な角度で弧を描く凛々しい眉。少し大きめの口を薄い唇が覆い、成熟した男性の色香を極立たせている。
最も印象的なのは、恐れ多くも強い光をたたえる青い瞳だろう。キリリと切れ長の瞼に収まり、一番熱い炎が凍ったような冴え冴えとした光を宿している。
御年二十六歳、そろそろご成婚の噂が聞こえてきても良い年齢だ。
ところが陛下には婚約者どころか恋人の影すら見あたらない。戦場の血なまぐさい噂や無口で無愛想な様子は貴族の女性に敬遠されるのだろう。社交の場を嫌い少しも足を運ばないことにも原因がある。
『もう少し愛想良く出来ませんか?』『ちょっと笑ってみて下さい。そうすればモテモテですよ!』
誰か言ってみてはどうかと思うが、そんな勇者は城中探してもどこにもいない。
さて、そんな皇帝陛下には秘密の趣味がある。とある森に住む、小さく弱く何の役にも立たない毛玉を愛でることだ。毎日のように森を訪れては不器用な愛を注いでいる。
その秘密を知るのは、ミーヤという名の洗濯下女たったひとりだけ。女中の中でも一番の下っ端であるミーヤがなぜそんなことを知っているかというと、日々愛でられている毛玉本人だからだ。
毛玉は、ミーヤのもうひとつの姿なのだ。
住処の森で皇帝陛下に出会ってしまった時、ミーヤは目が合った瞬間に生存を諦めた。
「ああ、短い毛玉生だったなぁ……」
陛下はミーヤが今まで森で出会ったどんな捕食者よりも強者のオーラを放っていた。固まって、ただただ震えていると『ち、ち、ち……』と舌を鳴らす音が聞こえた。
「何回も舌打ちしてる……きっとプチって踏み潰されるんだ……」
いっそ気絶してしまいたいと思いながら待ったが、いつまで経っても衝撃が来ない。恐る恐る目を開けると、陛下がしゃがみ込んで大きな手を差し出し、ちょいちょいと中指を誘うように揺らすのが見えた。
「わたし……呼ばれている?」
プチッと足で踏み潰すのではなく、グシャッと手で握り潰したいのだろうか。絶望で目の前が真っ暗になったが、行かない選択肢はない。何しろミーヤはチョンチョンと跳ねるしか能のない、小さな弱い毛玉なのだ。
暴風雨のように吹き荒れるオーラに、逆らうような気概も、逃げ回って追い詰められる恐怖に立ち向かう勇気もありはしない。
絞首台へと向かう心持ちでフラフラと近寄ると、皇帝陛下のそれはそれは美しい青い瞳がピクリと震えてわずかに緩んだ。
* * *
それから陛下は三日と開けずに森を訪れるようになった。少し離れた場所に高級ナッツや薔薇の花の匂いのする角砂糖を置いて、ミーヤがそれらをビクビクしながら咥えて逃げても怒らない。少しずつ距離を詰めて、ミーヤが怯えるとまた少し離れる。
そのうちに、皇帝陛下のお土産をミーヤは逃げずにその場で食べるようになった。そっと見上げると、いつも変わらずそこに刻まれていた眉の間の険しい皺が消えていた。
やがてゆっくりと時間をかけて、ミーヤの震えが止まる頃、陛下の口許はわずかに上向くようになっていた。
そんなある日。
頭の中に『パンパカパーン』という、どこかで聴いたような安っぽいファンファーレが鳴り響いた。続いて無機質なアナウンスが流れる。
《愛されポイントが貯まりました。何を生やしますか?》
「は、生やす? 愛されポイント?」
全く意味がわからない。突然、植物魔法が覚醒したのだろうか? ものごころついた頃からミーヤは自分の正体がわからなくて、身の振り方に迷いがあった。そもそも自分が魔物なのか動物なのかもわからないのだ。そして週に一度、人間の姿となる。もはや訳がわからない。
「お、お花……?」
ミーヤは頭の中に聞こえた質問に対し、恐る恐る、そう答えてみた。なるべく無難で、毒にも薬にもならない黄色い小さな花を思い浮かべながら。
《どこに生やしますか? 選択して下さい》
身体の下を意識して「このへん?」と答える。ミーヤは毛玉なので指差すことは出来ない。何が起きるのかドキドキしながら待つ。ほんの少しワクワクもする。
《地面に生やすことは出来ません。身体の部位で選択して下さい》
「身体に生やすものだった! お花ダメじゃん! 尻尾とか角とか爪とか、そういうのだった!」
それならちゃんと説明して欲しい。ミーヤは理不尽さを感じながらも律儀に答える。
「えっ、あの! じゃあ、尻尾! 尻尾でお願いします!」
《選択は取り消せません》
理不尽だ。理不尽な上に融通が効かない。今でさえ正体不明の毛玉なのに、この上身体に花を生やして、どうしろと言うのだ。
「生やさなくて良いです!」
切実に、そう答える。そもそもこの声はなんなのだろう。……神さま?
《選択は取り消せません》
全くもって融通が効かない。
「……じゃあ、頭で良いです!」
ミーヤはさめざめと泣きながら、半ギレで答えた。どうせなら美味しい果物にすれば良かったとも思ったが、この小さな毛玉の身で果物の木が生えたら、身動きが出来なくなるだけでなく、養分になって干からびてしまうかも知れない。
しばらく待つとポンッと間の抜けた音がして、頭のてっぺんに黄色い小さな花が咲いた。水溜まりに自分の姿を映して、がっくりと肩を落とす。ミーヤはまん丸い毛玉なので、どこが肩なのかは自分でもわからないのだけれど。
どう見ても生存競争に勝てそうもない姿だ。迫力のカケラもない。もちろん花は何の役にも立たない。
ミーヤがすっかり途方に暮れていると、背後からガサリと枯れ葉を踏む音がする。ミーヤがピョンと跳ねて毛を逆立てて振り返ると、大きな手で目元を覆った皇帝陛下が、タラリと鼻血を出して立っていた。バラバラと持っていた高級ナッツが足もとへと落ちる。
「くっ……頭に花だと? なんて愛らしいんだ……」
途端にさっき聞いたばかりのファンファーレが、再び大音量で鳴り響く。
《愛されポイントが貯まりました》
ミーヤは瞬時に理解した。
(愛されポイント……! へーかがくれたんだ!)
ペットやモンスターのお世話したり、餌をあげたりして親密度を上げる。それが一定の数値に達すると、懐いてくれたり甘えてくれたりと、行動が変化する。たくさん構ってあげると成長したり、進化したりして姿が変わる。
ミーヤは、そんなゲームに心あたりがあった。
(わたし、へーかに育成されてる……?)
もしかして、この世界はペット育成ゲームなの? わたし、ゲーム転生しちゃった?!
はなまるにしては珍しく、三人称神視点です。連載では初挑戦なので、緊張しています。感想など寄せて下さると、とても喜びます。大変ヘタレなので、燃料欲しいです。
もちろん、☆での評価も大変励みになるので大歓迎です!