06話 車谷研究所
西川悟は幼い頃とある施設で育った。施設にいた時より前の記憶はまったく無い。記憶を消されたんだろうと確信したのは、悟が施設を出て外の世界に触れてからだった。
「316番!! 車谷教授との面談です!! グズグズしないで早くしなさい!!」
施設の大人がドアに付けられた小窓を開けて悟を呼んだ。
「はい!! 今、行きます……」
悟は番号で呼ばれていた。そもそも悟に名前など無かった。白衣の大人達は子供達を番号で呼ぶ。悟という名前は、同部屋にいるみんなに付けてもらった名前だった。大人達には内緒のニックネームみたいなものだった。
数名の子供達が同居している部屋は牢屋みたいな部屋だ。ドアには鍵がかかり、窓には鉄格子が付いていて自由に出ることは出来ない。ただし、トイレや洗面所は部屋にくっついていて、生活に不自由は無く、食事もしっかり3食出た。生きるために不自由なことはない。子供達は大人たちに従い、疑うこと無く生活をしていた。
「悟何かやったの? 変なことした?」
「僕は何もやってないよ。どうしたの? 夏生、今日は元気無い?」
「あるよ。少し考え事してただけ」
話しかけて来たのは770番。子供達でつけたニックネームは夏生だ。夏生はなぜか浮かない顔をしている。
「ほら早く行きなよ!! 悟はグズでのろまだから捨てられちゃうんじゃないの?」
「そんなことないよ。冗談でもそんなこと言わないでよ……」
気が強くていつも悟をからかうのは313番の里美だ。悟は急いで自分のロッカーから靴を引っ張り出し履いた。
(きっと僕が言われたことをうまく出来ないからだ。みんなは出来ているのに…… 嫌だな…… 車谷教授は苦手だ。あの人の冷たい声が嫌いだ。早く感染症が世の中から無くなれば良いのに)
ガチャ
大人が外からドアの鍵を開けて、悟を部屋の外へ出るようにうながした。悟は白衣を着た大人に連れられ長い廊下を進んでいった。車谷と書かれた部屋に通され、そこに車谷源治は座っていた。悟が部屋に入ってくると車谷は表情ひとつ動かさずに話を始めた。
「君がなぜこの部屋に呼ばれたのか分かる?」
「多分ですけど、夢の中で創造物を作れないからですか?」
「正解だ。なぜ出来ないか分かる?」
「すいません。分かりません…… でも、一生懸命に頑張っているんです」
「そう……」
(まただ。車谷教授は僕のことが見えているのか? 僕のことなんて見ていないみたいだ。なんだが遠い目をしている)
この施設では子供達の頭に機械を取り付け、子供達の夢の中を見る実験がおこなわれていた。その指揮をとっていたのが車谷源治だった。悟は大人たちの要求する実験にうまく応えられずにいた。
「君は特別な施設に送られることが決まった。今日中に荷物をまとめなさい。あっちの施設に行けばここよりも良い生活が送れる」
「ここへ戻ってくることは?」
「二度とない」
車谷源治の言葉に温かさは微塵も感じなかった。子供相手には冷たすぎる態度だ。
部屋へ戻ると、悟は移動が決まったことを同居する子供たちに告げた。喜んでいるみんなの中、夏生だけが悟の言葉を聞いて重たい表情をしている。
「夏生? どうしたの?」
「……」
少し無言が続いてから、なつおは重い口を開けた。
「特別な施設に送られると、もうこの世には戻って来れないんだ…… つまり殺されるってこと……」
夏生の言葉で子供達の顔が真剣な表情へと変わり、部屋は静まり返った。
(なに言ってるんだよ夏生。これまでだって特別な施設に何人も送られたじゃないか。みんな殺されてしまったってこと?)
悟は夏生の発言でパニックになっていた。
「……」
固まってしまったのどからは、なんの言葉も出ない。
「近藤先生が僕に教えてくれたんだ。外の世界のこと。僕たちは洗脳されているってこと」
「嘘つき!! 悟の門出をみんなで祝おうとしてる時に、なんでそんな笑えない冗談を言うの!?」
重苦しい空気の中、里美が夏生に詰め寄った。
「じゃあなんで僕たちにはここに来た以前の記憶が無いの? 外の世界がウイルスに汚染されて人口が少なくなって、みんな感染しないように隔離生活してるって話に疑問を持ったことないの? 里美は、外の世界を見たことある?」
「それは……」
「近藤先生はここの研究室にやって来たスパイなんだ。俺にこっそり教えてくれた」
「確かにおかしいと感じる時はあった。前に先生の服がおしゃれなのが気になって聞いてみたことがあるの。毎日きれいな服を着て外では自由に服が買えるんですか? って。そのとき焦っていたのを覚えている」
悟は里美と夏生の話を聞いて、混乱する頭の中でなんとか整理しようとした。
(特別な施設に送られたらどうなるんだろう? もし、なつおの話が本当だとしたら、殺される? いやいや、近藤先生は優しい先生だけど、信用出来る? もうどうなっているんだ。僕が送られるのは明日だ…… 考えて答えなんて出るの?)
「今日近藤先生と個人面談があるから、その時に聞いてみるわ。嘘であって欲しい」
里美がそう言うと、それからしばらく誰もしゃべらなくなった。
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