05話 トラウマ
西川悟は遊園地の中心にそびえ立つ城へ向かう途中で、この夢の主である青年を見かけた。青年は微笑みを絶やさない女性と手を繋ぎ、ベンチに座っていた。
(良い夢を見ているようですね。幸せな夢を見る機械。果たしてそんな便利なものがあるのだろうか? おそらく青年は悪夢で不眠症になっていた。ではどうやって悪夢を消したんでしょう? 私は依頼人の悪夢を消すために毎回必死だというのに。そう簡単に悪夢を消すことは可能なのか?)
そびえ立つ城に着くと、正面に巨大な鉄の扉が姿を現わした。
(なんだか魔王が住んでいそうな城だ。遊園地には似合わないですね。あのアンテナで何を送っているのだろう? どこかと繋がっているのだろうか?)
城のてっぺんには大きなアンテナを流星のような光が行き来している。悟は目を閉じ鉄の門に手を置くと、悟は手から高熱を創り出し鉄の門を水のように溶かしていった。
(欲しい答えはこの中にあるのでしょうか? それではお邪魔します)
人ひとりが入れるぐらいの穴を作ると、律儀にお辞儀を1回し、悟は城の中に入っていった。
城に入った瞬間からすぐに空気が一変した。今までの幸福感に満ち足りた夢の中とは明らかに一線を画していた。城の外壁と中の作りはまるで違っていた。普通にどこにでもある建物の内部のようだった。
内部の景色を見た瞬間から、悟は自らの心拍数が上がっていくのを感じた。
ハァ ハァ ハァ ハァ
(ここは…… まさかそんなはずはない。トラウマがなんですか!! 私はもうあの頃の自分とは違う!! グレートサトルなんだ!!)
悟は幼きころに自分がいた場所だと思ったが、少ない明かりで周囲は薄暗く、はっきりとは見えず、まだ確信は持て無かった。薄暗い廊下を進んでいくと鍵が壊れて開いている部屋があったので、悟はゆっくりとその部屋を覗いた。
(ここはやはり、私がいた車谷研究所にそっくりです。いや、そっくりなのでは無い。そのままだ。この夢はいったい……)
悟は1つのロッカーの前で足を止めた。
(私が使っていたロッカーだ……)
ロッカーには316の数字が書いてある。悟はロッカーの扉へと恐る恐る手を伸ばした。
ドックン ドックン ドックン ドックン
高鳴る胸の鼓動を抑え、ゆっくりとロッカーを開けた。ロッカーの中に子供服が畳んであり、その上に写真が乗っていた。悟はその写真を手に取り恐る恐る顔に近づけた。
「嘘だ!! やめてくれ!! なんなんだこの夢は!! なぜ私の過去がここにある!!」
写真を見た悟は思わず叫んでしまった。写真の中ではパジャマを着た子供達が椅子に座り、その後ろに暗い表情をした白衣を着た大人達が立っていた。1番はじっこで、おどおどした表情で座っているのは幼き頃の悟だった。
「悟?」
廊下から女性の声が聞こえ振り返ると、以前車の中で消えた女性がそこに立っていた。
「ここに来てはダメ!! 早く帰って!!」
ゴオオオオ ゴオオオオ
地響きのような、うなり声のような音が体を揺らした。
「何の音ですか?」
「悪夢をため込む装置が不完全なの。危ないわ」
(悪夢をため込む装置? そういうことですか。機械をつけた人間の悪夢をここで吸い上げているんだ。では、城の上部に取り付けられたアンテナでどこに送っているのだろう?)
ブルブル
冷たい風がどこからともなく吹いて来て、悟の悪寒を誘った。
ハァ ハァ ハァ ハァ
「大丈夫? どうしたの?」
「すまない。ここは私のトラウマなんだ」
「昔っから変わらないわね。弱いんだから」
「君はいったい誰なんです?」
ゴオオオオオオオ ゴオオオオオオオ
音は段々と大きくなってきている。
「今は昔を懐かしむ時間は無いようね。走れる?」
「私を誰だと思ってるんです。グレートサトルですよ!!」
「なにそれ? ダサっ!! 早く行くわよ」
悟は女性に誘導されるがまま部屋を後にした。悟が来た薄暗い廊下を女性と共に走っていると、前方から濡れた足音が聞こえてきた。
ペタン ペタン ペタン ペタン
「まずいわね。生まれてしまった」
二人の目の前に、魚の体、人間の腕、トカゲの足をはやした怪物が現れ、帰り道を塞がれてしまった。
(なんだっていうんですか。こんな夢私は入ったことがない…… くぅ…… 私は夢の中では最強だ。私は夢の中では最強だ)
悟は目を閉じ気持ちを落ち着かせ、両手から炎を創り出した。
「悪夢よ消えろ!!」
悟の両手から炎が飛び出し、怪物にぶつかると怪物は燃え上がった。
「そんなのじゃあダメ!! 早くこの建物から出ないと!! こっちよ!!」
悟が創り出した炎はすぐに消火されてしまった。
ペタン ペタン ペタン ペタン
怪物の歩みは止まらない。悟は女性についていった。
「なんなんだあれは!? 強すぎる!! 私は見たことが無い。あれいない?」
角を曲がったとたん女性の姿を見失ってしまった。怪物の足音が徐々に早くなっていく。
(赤ちゃんが立つことを覚え走ることを覚えていくみたいだ。早くここから出ないと…… 怪物がどんどん成長していく)
ペタペタ ペタペタ ペタペタ ペタペタ
怪物の足音がさっきよりも早くなっていく。悟は怪物から逃げるためとにかく走った。
「おーい!! どこへ行ってしまったんですか!? どっち行けば良いんですか!! まずい行き止まりだ」
悟がたどり着いたのは何もない丸い部屋だ。床は真っすぐ平らなのだが壁と天井がいったいとなって丸い天井を作っている。出入口は悟が入ってきたところしか見当たらない。
ペタペタペタペタペタ ペタン
「モオオオオオオオオオ!!」
怪物が悟の前で止まると叫び声を上げ、魚の口を大きく開けた。魚のくせに恐竜のような鋭い牙を持っている。その奥の口の中には常闇が広がっていた。
(これはまずいな……)
「モオオオオオオオオオオ!!」
叫び声を上げると悟のほうに突進してきた。悟は避けることが出来ず怪物のタックルを受けてしまった。
「うぐっ」
お腹にはいったタックルは、悟に激痛を走らせた。
「こっちよ!!」
上から声が聞こえたので見上げると、さっきの女性が壁に穴を開け顔を出していた。
悟は両腕を床につけ、
パキパキパキパキ
冷気を創り出し怪物に向かって地面から氷柱を走らせた。怪物の体に氷の刺が突き刺り怪物を止めることに成功した。だがそれも一時的なものだろう。悟はすぐに足元に氷の階段を創り出すと、女性の元へと登っていった。
「モオオオオオオオオ!!」
怪物は力を込めると、体に刺さっている地面から伸びた氷を粉砕した。
「手を伸ばして!!」
パシ
手を掴むと天井裏に引っ張り上げてくれた。下をのぞくと怪物が氷の階段に激突し、粉々に砕きわめいている。
「早く!! こっちよ!!」
「あ、はい」
天井裏の狭い隙間を女性にうながされるまま、はいつくばり進んでいった。
しばらくすると女性は壁に穴を開けた。開けた穴に入ると扉も窓もない小さな部屋にたどり着いた。その部屋にあるのは、上から垂れ下がる裸電球と、上に緊急避難通路と書かれた小さな穴だけだった。
「さぁ。この穴から元の世界に戻って」
穴からは新鮮な風が吹き込んでくる。どうやら夢の外と繋がっているようだ。
「君は誰なんですか? うわぁ!!」
悟は自分の手を見てビックリした。気づかない間にコンパスとペンライトが握られていたからだ。
ハァ ハァ ハァ ハァ
悟はコンパスとペンライトを見て息苦しくなった。
「あの時と一緒ね。助けが欲しかったんだけど。悟じゃあ無理ね。もっと強くなってるかと思ってた」
ドン
悟は女性に蹴りを入れられ暗い穴の中へと突き落とされた。
「私はあの頃とは違う!! グレートサトルなんだ!!」
落ちていく悟を見つめる彼女に向かって悟は精一杯の力で叫んだ。
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