最終話 立ち上がれグレートサトル!!
「助けてぇえええええ!!」
西川悟は怪獣の頭についた子供たちの声に耳を塞いだ。子供たちの顔を見ないように下を向いた悟に、さっきのお返しとばかりに怪獣はドロップキックをしてきた。
「うわぁああああああああああ!!」
吹き飛ばされた悟は後方にあるビルに体全身を叩きつけられた。
グハッ
(私の弱みに漬け込むとは…… 悪夢から産まれし怪獣……)
前方に目を向けると子供達の顔を持つ怪獣が踊っている。怪獣の体と顔とでは意思がまるで違っているように見える。子供たちの悲しそうな目は悟の顔をじっと見つめている。
(1人だけ逃げてごめんなさい。私は子供だったんだ。ごめんなさい。もう許してください)
悟の心の中をのぞいているのか。繋がっているのか分からないが。悟の心を読み取るように、怪獣の子供たちの顔が悟に向かっていっせいに叫んだ。
「許さない!!」
(ごめんなさい。ごめんなさい)
ハァ ハァ ハァ ハァ
悟は息苦しくなってその場に倒れ込んだ。両手を地面に付けて怪獣に向け頭を下げた。
「なにやってんのよ!! あんな顔は幻よ!!」
すぐそばの道路に目をやると、里美が車のサンルーフから上半身を出し、カメラでこちらを撮影しながら拡声器を口に当てている。里美にも怪獣の顔が子供たちに見えているみたいだ。車を運転しているのは夏生だ。
「そんなこと言ったって…… 私はあの時何も出来なかった。ただ怖くて逃げたんだ」
「あなたは私に言ったわ!! 今はグレートサトルだと!! それを見せなさい!! さぁ、世界中の人々が見てる。あなたはグレートサトルなんでしょ?」
(里美は相変わらず気が強いですね。私はグレートサトルだ。私はグレートサトルだ。立つんだグレートサトル!!)
悟はゆっくりと立ち上がり顔を上げた。怪獣は直立不動でそこに立っていた。怪獣の子供達の顔は悟をじっと見つめている。悟の膝はガクガク震えて立っていることがやっとだ。
「私はグレートサトルだ!! グレートサトルは最強なんだ!! うわああああああ!!」
悟は怪獣に向かってなりふり構わず走り出した。
悟のタックルは怪獣にさらりと受け流され、そのままビルに頭から衝突してしまう。崩壊するビルと一緒に悟は倒れ込んだ。
「あの頃とは違うんだ!!」
それでもすぐに悟は再び立ち上がった。魂を奮い立たせ。
(私は何がなんでも勝つのです。あの頃の自分に負けるな。何度でも立ち上がる。グレートサトル立て!! 立つんだ!!)
膝の震えは相変わらず止まらない。今度は怪獣が仕掛けてきた。助走を長く取り向かってくると悟の前で高く飛び上がった。空中でクロスチョップの体制を取ると、悟に向かって落ちてくる。
(私は逃げることでトラウマを背負った。もう逃げないぞ!!)
「ぐわぁあああああああ!!」
悟はクロスチョップをまともに受けた。避けるという選択肢を自ら無くしたのだ。道路に叩きつけられた悟に激痛が走る。だが悟は痛みに耐えすぐに起き上がった。口の中は自らの血でしょっぱい。体全身を痛みが絶え間なく襲う。
(頭がクラクラします。カッコ悪いな。カッコ悪いとか言ってられませんね。私があの時逃げずにみんなを助けに戻っていたら、みんなは死なずにすんだかもしれないんだ)
「うわぁあああああああああああああああ!!」
悟は言葉に出来ない想いを乗せて叫んだ。こぶしを固く握りしめ震える足を叩き自らを鼓舞する。そして悟は怪獣の頭の子供たちの視線を真っ正面で受け止め言った。
「今日は絶対に逃げない」
悟の意思は固まった。気が付くと足の震えは止まっていた。だけど心臓の鼓動は止まらなかった。でもその力強い鼓動は恐怖とは違う。悟を応援するように胸の中で強く鳴り響いた。
ドックン ドックン ドックン
悟はエンジンがかかったように猛烈に走り出した。飛び上がり頭が雲にタッチすると怪獣に向かって急降下していく。
「グレートォオオオオオオキック!!」
悟のキックは怪獣の亀の体の芯をとらえた。怪獣は首都圏を結ぶ高速道路に吹き飛ばされた。そのときの悟の頭は恐ろしくさえていた。そこならビルは無く被害は少ない。怪獣が吹き飛ぶ位置も悟は狙ってキックしたのだ。
悟はさらに追い打ちをかける。悟は両手を怪獣に向けて創造した。
パアアアアアアアアアアアアアア
悟の両手がまばゆい光を放つと、両手からビームが発射された。起き上がろうとする怪獣にビームは直撃した。
怪獣は意識を失い力なく倒れ込んだ。
悟は怪獣の元へと歩み寄り抱きかかえると、空を見上げて怪獣と一緒に空に飛び出した。どうしてそのような行動をとったのか悟には分からなかった。ただそうするべきなのだと思ったのだ。動画サイトのライブを見ているみんなの想いが後押ししたのかもしれない。
雲を突き抜け宇宙まで来ると、悟からあたたかな光があふれ出し怪獣もろとも優しく包み込んでいく。
(笑った)
光に包まれて目の前が真っ白で何も見えなくなる前に、一瞬だけ意識が戻った怪獣の頭の子供たちの顔が笑ったように見えた。
あたたかな光に包まれて悟は目を閉じた。
「悟!! 起きて!!」
「起きろ!!」
(今、心地よくて良い気分なのに)
里美と夏生の声で目が覚めた。悟は目を開けた。そこはどうやらビルの屋上みたいだ。まだ意識がはっきりとしていない。怪獣と戦っていたことをぼんやりと思い出した。
(睡眠薬を飲まずに寝れたのはいつぶりでしょう?)
「もう目が覚めないんじゃないか? ほら、ヒーローは最後に自らの命と引き換えにみんなを守った。そんな物語よくあるだろう?」
「バカなこと言わないで!!」
「あれ? 里美泣いてるのか?」
「あんたが変なこと言うからでしょ!!」
寝ている悟の頭の上で二人がケンカしている。
「あのー、お二人さん? 私は大丈夫ですよ」
悟が声をかけると、里美と夏生はケンカを止めて、こっちを向いて満開の笑顔を見せた。里美の目は少し充血していた。
「悟!!」
「悟!!」
悟は二人に抱えられゆっくりと起き上がった。ビルの屋上から見える風景は悲惨だ。怪獣とグレートサトルが戦った跡がそこかしこに残っている。悟は怪獣と戦っていたことをハッキリと思い出した。そして悟はあることに気が付いた。
「あれ? お二人のDCチョーカー外れてますね」
「悟のも外れてるぞ。光に包まれたと思ったら無くなっていた」
夏生に言われて、悟は自分の首元を触って確かめた。たしかにそこにDCチョーカーは無かった。
(これで全部終わった…… 現実の中でグレートサトルになることはもう無いだろう。一日限りのグレートサトルだった。でもそれで良い。平和な世の中が良いに決まってます)
事務所の鏡の前で悟は自らに問いかけた。
(人間は一人では強くない。手を取り助け合えばなんだってやれる。悪夢の怪獣にそう教わった)
怪獣と戦ったあの日からちょうど一年。悟は悪夢治療の仕事を細々と続けていた。あれから里美と夏生には会っていない。別れを告げるとどこかへと旅だって行った。
街はまだ復旧工事の真っ最中だ。あれだけ高層ビルを壊したんだ。無理もない。なんでもグレートサトルの銅像を建てるとか建てないとか。ドラマ化やアニメ化の話まで出てきている。
「悟さん。依頼人が来てるっす」
悟の助手である佐藤浩太が呼びに来た。
「はいはい。今行きますよ」
悟はジャケットに袖を通し、鏡で前髪の角度を調節すると、さっそうと依頼人の元へと向かった。
「どうもはじめまして、悪夢治療をおこなっている西川悟と申します。あれ? 里美? どうしたんですか?」
依頼人が座るソファーに腰かけているのは里美だった。
「さっそくだけどすぐに行くわよ。助けが必要なの。車谷源治はインターネットの世界で生きていた」
悟は里美に腕を捕まれると、強引に事務所の外へと連れ出された。
「待ってください。それは本当なんですか?」
「説明は移動中にするわ」
悟は事務所の前に横づけにされた車の前へと連れてこられた。車のボンネットに腰をかけているのは夏生だ。
「よう悟!! また一緒に戦うことになったな。たのむぜ相棒!!」
悟の戦いはまだ終わってはいなかった。だが悟には前よりも自信があった。どんな困難な戦いになろうと一人ではない。みんなの力があれば打ち勝つことができる。
車はどこかへと向かってひた走る。
車の助手席に座らされた悟は、運転する里美の顔と後部座席でノートパソコンをいじっている夏生の顔を確認した。悟の胸はなんだか踊った。これからくる困難もこの二人となら大丈夫。そう思えたからだ。
終わり
最後までお付き合いいただきありがとうございました!!
この作品は主人公目線で書いた初の作品でした。群像劇ばかり書いていたので、書き始めは苦労しました。なんとか形になってくれて、完結出来てホッとしています。少し殻を破れた気がします。ですが、まだまだ文章力が幼いですね…… それに更新も遅いですし、途中で私事でかなり遅れてしまいました。すみません。頻繁にアップしてる人はどうやってあんなに文章を早く書けるんだろう? 謎です。
僕の作品は読んでくれた人の現実逃避になれればと思って書いています。ペンネームやみのひかりとはそういうことです。もちろん自己満もたくさんたくさん入ってますよ。
夢と現実のヒーローショーいかがだったでしょうか? 評価・感想で教えてくださいね。
それでは次の作品でまたお会いしましょう。やみのひかりでした。