14話 人間は誰しもが幸せを願う
車谷源治は後ろを振り返り問いかけた。
「なんで…… 君が私を?」
車谷の背中には深く突き刺さる包丁。そして車谷の向こうには真っ白な肌をした女性が立っていた。車谷の背中に包丁を刺したのは車谷の創り出した世界に住む女性だった。
包丁を持ってたであろう手を強く握りしめ、もう片方の手でその手を強く握りしめている。刺してしまった後悔など微塵も感じない覚悟を決めた表情で立っていた。
「私。あなたが悪いことをしていることに気づいていたの。あなたの笑顔が見たくてずっと気づかないふりをしていた。自分の幸せを望めば望むほどあなたは罪を重ねていく」
車谷は里美の首を絞めていた手をゆるめると、里美は力なく人形のように地面に落ちた。
「里美ぃいいいいいい!!」
西川悟は力強く叫んだが里美の反応はまったく無い。
(くそぉ!! 動かない!!)
すぐにでも安否を確認したいが、悟の体は頭と手を残し地面に埋まっていてピクリとも動かない。悟はただ傍観者になるしかなかった。
包丁が急所をとらえたのだろう、車谷は立っていられず地面に膝をつけた。
ガハッ ゴホッゴホッ
車谷は口内にたまる血を吐き出すと呼吸を整え、女性のほうに顔を上げた。
「なにを言ってるんだ。私は君のために。世界を生まれ変わらせようとしているんじゃないか。世界を平和に。誰もが幸せな世界を」
「あなたがやってることは間違ってる」
ハァー ハァー ハァー
呼吸が荒くなる車谷。息をするのも辛そうだ。
「まさか、自分が創り出したものにやられるとは……」
女性は車谷が創り出した創造物のようだ。死んだ女性を再び生き返らせようと創ったのだろうか。理想とする女性を創り上げたのか。傍観者の悟には知る余地も無い。
「地獄だろうと私はあなたについて行くわ」
そう言うと女性はひざまずく車谷を優しく包み込んだ。
「源治さん」
「……」
女性に抱きしめられた車谷は生きることをあきらめたのか、全身の力が抜け落ち女性に体をあずけた。車谷の呼吸が静かになると車谷の創造した世界が消え失せ、一瞬でそこは社長室に変わった。
そこには力なく倒れ込む里美と、車谷が息絶え横たわっていた。車谷の創造物である女性は、車谷が亡くなると創造の世界と一緒に消えていった。
(助かった……)
車谷の世界で地面に埋まっていた悟は、車谷の創造する世界が消えたことで自由を得た。すぐに倒れている里美の元へ駆け寄り里美を抱き上げる。
「里美!! 大丈夫ですか!? 生きてますか!?」
「う…… うん…… 悟?」
里美はゆっくりと目を開けた。意識が戻ったばかりで頭が回っていないようだ。半開きの目で何が起こっているのか解っていない様子だ。
「良かった……」
「悟。どうなったの?」
「車谷教授は自滅しました」
悟が亡くなった車谷を指差すと、里美は車谷が亡くなったことを確認した。息絶えた車谷はさっきまでの冷たい表情が嘘のようにすごくおだやかな顔をしている。幸せな夢でも見ているみたいだ。
(車谷教授。あなたはいろんな人を不幸させているとも分からずに進んでしまった。その末路がこれです。いや、間違えていることは分かっていたんだろう。それでも自分の信じる幸せを望んだ。途中で引き返すことも出来ただろうに。それが出来なかった。幸せとはなんなんだろう。私も幸せを望むことで誰かを不幸に…… 間違えないようにしなくてはなりませんね)
「全て終わりましたね」
「そうそう全て終わった…… ってなに言ってるのよ!? まだ終わって無いわ。夢を共有するアプリのサーバーを壊さないと悪夢がドンドンとたまってしまう。目的を忘れたの?」
「そうでありました!!」
里美は悟を払いのけ、元気いっぱいに立ち上がった。
(なんだ。里美が元気そうで良かったです。心配して損しました。ただ仮眠を取ってたみたいに元気いっぱいですね)
社長室の奥の扉を開けると、コードが張り巡らされたセーバールームはあった。機械の箱が棚に並び、真ん中にモニターとキーボードが設置されている。空調が少し寒く感じた。熱暴走しないようにサーバーの温度を管理しているのだろう。
「これだわ」
里美はモニターに映し出された文字を覗き込み確認すると、時限爆弾を創り出し、何か所かに設置してタイマーを1分後にセットした。
「悟。逃げるわよ。また空を飛べるわよね?」
「はい!! 勝利のサーフィンといきましょう!!」
「またサーフィン……」
里美はサーフィンと聞くと渋い顔をした。
(里美はサーフィンのカッコ良さを分かっていない!! 自然と一体化する感覚。波を待っているときの心と波の同調。太陽からのエネルギーを吸収する喜び。同じ波はひとつとしてない自然を乗りこなす感覚。まさにグレートワイルドサトル!!)
「悟!! 早く!! なにやってんの!?」
「あ、はい。すいません……」
物思いにふける悟は里美に叱られ我に帰った。急がなければサーバールームは爆発する。二人は車谷源治を残し社長室を後にした。
屋上のヘリポートまで来ると、悟は再びサーフボードを創り出した。里美を背中に乗せて風を発生させる。サーフボードが風を掴み空高く舞い上がっていく。
ドオオオオオオオン
里美が設置した時限爆弾が作動し爆発した。背中から爆発による風と光を少し感じた。悟は振り返ることはしなかった。なぜなら振り返りたく無い過去だからだ。
(これで前に進める)
「これで長い復讐は終わったわね」
「そうですね。これからどうするんですか?」
「うーん。考えてないなぁー。悟の家に居候しようかしら」
「え? 私のところはワンルームマンションだから狭いですよ」
「なんだぁ。じゃあ考えないとなぁ」
「ちょ、ちょっと待ってください」
(里美と同居なんて良いじゃないですか。この際、少し広い部屋に引っ越すのもありですね。同居なんてしたらあんなことやこんなことが。あまーい。甘すぎるよ里美!!)
バコン
悟が妄想をふくらませていることがバレたのか。里美は悟の頭をグーで殴った。
「いったぁああああ!!」
「なに考えてんのよ!! 変な妄想してたでしょ!!」
「してないしてない。私はグレートサトルですよ!! あんなことやこんなことなんて考えません!! グレートサトルは紳士なんです!!」
悟は慌てて里美に見えないように真っすぐ前を向いた。おそらく鏡で顔を見たら真っ赤になっていることだろう。
ギャアアアアアアアアアアアアアアオオオオオオオオオオオ!!
「うわっ!!」
この世のものとは思えない叫び声が空に響いた。あまりにも大きな音で耳がキーンとする。
「悟。見てあれ」
里美が背中から前方に手を出し指を差した。
「なんですかあれは!?」
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