10話 懐かしむ暇も無く
西川悟は創り出した風をゆるめ大広間の床へと静かに着地した。悟を襲った男は夏生で、謎の女は里美だった。顔なんて分かるはずもない、子供の頃森の中で別れたきりだ。
(たしかに少しだけど面影があります。里美は相変わらず気が強い。でも夏生は変わりすぎだろう…… なんですかそのかっこうは?)
夏生は下から黒いレザーのブーツ、ダメージジーンズにライダースジャケット。耳にはピアスがジャラジャとついていた。ワイルドな風貌に変わっていて、まるで危ないパンクロッカーだ。
「悟は相変わらずバカね。そして夏生はもっとバカだわ。なんで喧嘩しなきゃいけないわけ。私達は仲間なのに。夏生聞いてんの!? 先に行くってそういうこと!!」
里美は夏生のライダースジャケットのえりもとを掴むと、鋭い目つきで夏生を罵倒した。
「おまえが言ったんだろう? 悟は弱いから仲間に入れないって。だから俺が腕試しをしたまでだろ?」
里美の強気な態度に夏生も負けてはいない。里美ににらみ返している。
「それはそうなんだけど、残ったのは私たち三人だけなんだよ。だから悟が弱くても一人でも仲間は多いいほうが良い」
「じゃあそう言えよ!!」
(おいおい、大丈夫なんですかこの二人は…… しかも私が弱いだなんて…… 私はグレートサトルなのに……)
「ちょっと…… あの…… お二人さん……」
里美と夏生は悟の前で喧嘩をし始めてしまった。白熱した言葉のラリーに入る隙間は無い。悟の言葉は二人の怒鳴り声にかき消されてしまった。
「悪かったわね!! それよりも悟の首はなんなの? DCチョーカーしっちゃってるじゃない!! 後戻り出来ないわよ!! あんたのせいだからね!!」
「それはあれだよ。しょうがないだろうが!! 秘密の地下室があるなんて知らなかったんだからさ!! DCチョーカーがあるなんて情報おまえがよこさないからだろう!!」
「はぁああああ!! 私のせいにしないでよ!! あんたが悟に説明しなさいよ!!」
「わかったよ!! やれば良いんだろ、やれば!!」
二人の喧嘩はなんとか落ち着いたようだ。夏生はもっと言いたいことがありそうだったが、グッとこらえ悟の元へと歩いてきた。里美は腕を組み物凄く恐い顔をしている。しばらく頭に登った血は下がることがないだろう。
「久々の再会なのにすまなかったな。俺だよ夏生だ。覚えてるだろう? 久しぶりだな。さっきは悪いな。ちょっと腕試しさしてもらった」
夏生が手を伸ばし握手を求めてきたので、悟は夏生の顔をうかがいながら握手に応じた。
「夏生ですよね? なんだか雰囲気が変わりましたね」
「そりゃあ変わるだろう。里美は美人になったと思わないか?」
夏生はそう言うと、握手した手を引き寄せて悟の耳元でコッソリと告げた。
「おまえ好きだったもんな」
「待ってください。それは夏生のほうでは?」
「俺もだけどおまえもだろ? 覚えてないのか。三人で施設の階段を掃除してたとき、大きくなったら結婚しようって里美に言ってたの」
悟は急に顔が熱くなるのを感じた。子供の頃、里美に告白したのを思い出したからだ。すっかり忘れていた。里美のほうを見ると目が合った。里美は申し訳なかったのだろう、微笑んで軽く会釈してきた。微笑む里美の目がさっきまでの鋭い目つきの里美とのギャップに、悟は急に恥ずかしくなって急いで目を背けた。
「へへへへ。顔赤くなってんぞ」
「そそそ、そんなことないですよ」
「声が上ずってるぞ。それとだ。その首の機械だけどな。車谷教授が作り出したDCチョーカーというものだ。原理は解らないが夢と同じように想像物を現実の世界に生み出せる。ただ言わなきゃいけないことがある…… 一度付けると一生外れないんだ」
「え!? 何言ってるんですか?」
「神経ときつく結びついていて外そうとすると、神経を傷つけちゃうんだ。無理矢理外そうとするとゲームオーバー。まさかあるとは思わなかったからさ。悪い悪い」
「はぁああああい!!」
「まぁまぁ、落ち着けよ。でも大丈夫だ。頑丈に出来てるから風呂だって入れるぞ。すぐに慣れるさ」
悟の頭は沸点を越え夏生に掴みかかった。
「悟なにやってんの!!」
悟たちを見ていた里美がこちらに向かって叫んだ。怒ったときの里美の目は鋭くて、どんなものでも真っ二つに切ってしまいそうだ。
(わっ!! グレートサトルとしたことが大人げないことをしてしまった。でも……)
里美の鋭い目つきで我に返るものの、首から一生取ることが出来ないなんて見た目を気にする悟には悲し過ぎた。
(このデザインは気に入らない…… 後で塗装屋に頼んでシンプルなものに塗ってもらおうかな…… 一生取れないなんて……)
悟に悩んでいる暇は無かった。すぐに里美が出発の準備を急がせる。
「落ち込んでるところ悪いんだけど、今から車谷社長の研究を夏生と破壊しに行く。悟も手伝って欲しいの」
「まだ研究は続いてるんですか? それに社長? 教授の間違いでは?」
「車谷源治は顔を整形で変え、名前を変え、今はKOKOROモバイルの田村徹という名前で社長をやっている」
「KOKOROモバイルって言えば料金を安く、料金プランをシンプルにしたことで顧客を獲得していった。今や顧客数で一位の携帯電話会社ですね」
「そう。KOKOROの携帯電話には標準で安眠アプリが入っている。そのアプリは悪夢を閉じ込めて、ネットを介して集めることで膨大な悪夢エネルギーを集めているの。以前悟が入った夢はKOKOROのデータセンターで繋がっているのよ」
「まさか、あの時見た怪物は悪夢を集めたことで生まれた産物だというんですか?」
「話が早いわね。悪夢を集めることでたまに産まれてくるの。怪物が現実の世界に影響を及ぼしている。日本の各地で怪物の目撃情報が相次いでいる。今はまだ現実に長くとどまっていられない。だけど怪物が現実の世界にとどまって暴れだすのも近い。それは今日かもしれないし、明日かもしれない。さぁ、急いでKOKOROモバイルの本社に行くわよ」
「えっ? 今から?」
「そう言ってるじゃない。話聞いてた? 準備は整っている。安眠アプリの本体のサーバーは本社ビル最上階の社長室にある。行くわよ」
悟は里美に手を引っ張られ建物の外へ出た。
「ちょっと待ってください。心の準備が」
「良いから車のキーを出して」
里美は悟から車のキーを受け取ると、合意も聞かないまま悟の車の運転席に座った。悟は仕方なく助手席に座る。夏生は来た時には無かったバイクにまたがると、すぐにエンジンを吹かし、エンジンを温めると先に出発した。
「あなた空を飛ぶの上手いわね。作戦変更よ」
悟の車のハンドルを握る里美が、覚悟を決めた表情でそう言った。悟にはまだ覚悟など無かった。
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