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第69話 日向の想い/ずっと言いたかったこと/届け

 夜を迎え始めた屋上は、まるで別世界みたいだった。


 屋上を照らすのは淡い月明かりしかなくて、あれだけ賑やかだった聖夜祭が夢に思えるくらい物寂しい。開放的な場所だから、冷たい風に晒されたままだ。

 けれど今は、胸の奥に火が灯ったみたいに、身体が熱い。


 そんな私を、屋上にいた月乃ちゃんと槍原さんが、ぽかんと見つめていた。


「ひ、日向会長……? 急にどうしたんですか? 『聖夜の告白』ならもう始まっちゃってますよ?」

「ごめんね、本番の途中なのに邪魔しちゃって。でも、今じゃなきゃ絶対に駄目なんだ。少しだけ、月乃ちゃんとお話させてもらえないかな?」

「い、今ですか!? そんなの無理に決まってるじゃないですか! 月乃先輩、今から悠人パイセンに好きだって――」

「……うん、いいよ。槍原さん、ちょっとだけ待っててもらえるかな?」

「ふえ!? つ、月乃先輩まで! 待つって言われてもどうすれば……あー、もうっ! ウチが何とかするしかないっしょ!」


 自棄になったように、槍原さんがマイクで生徒のみんなに呼びかける。月乃先輩の告白の途中ですが、少し待ってもらえますか。ちょっとトラブルが――。


「槍原さんに無理させちゃったね。会長と副会長として反省しなくちゃ、だね」


 月乃ちゃんと顔を見合わせて、私たちは苦笑いをする。

 やがて、月乃ちゃんは私に対して、優しい微笑みを浮かべた。


「来てくれる、って信じてたよ?」

「私が『聖夜の告白』に来るって分かってたの?」

「確信はなかったかな。もしかしたら、このまま日向さんがわたしの告白を見てるだけ、って可能性も十分にあった。だけど、来てくれたら良いなって思ってた。わたしが尊敬してる日向さんなら、きっとそうするから」


 月光の下で、天使は微笑む。


「わたしと日向さんが前に進むためにはお互い、とても大きな決意が必要だったから。だからわたしは『聖夜の告白』に参加して、日向さんはここに来た。そうだよね?」

「……そうだね。月乃ちゃんが悠人君に告白しなかったら、きっと私は決心なんてしなかったもん。意外と無茶なことするんだね、月乃ちゃんって」


 このまま月乃ちゃんが悠人君に告白して恋人同士になれば私が傷つくことなんて、月乃ちゃんだって理解してたはず。そして、このまま私が何もしなければ、その最悪の想像は現実になってたと思う。

 だから、私が全てを変えるため行動を起こすことに、月乃ちゃんは賭けたんだ。


 『聖夜の告白』に参加すると宣言した、あの日。立ち尽くすことしか出来なかった私を見つめる月乃ちゃんの瞳は、まるで私にこう問いかけてるみたいだった。

 わたしは覚悟を決めたよ。日向さん、あなたはどうするの――と。


「ねえ、月乃ちゃん。私ね、あなたにずっと言いたいことがあったの」

「……うん、いいよ。日向さんの言葉、聴かせて?」

「私、月乃ちゃんのことが羨ましかった。悠人君の幼馴染の、あなたが」


 ふわりと、夜風に月乃ちゃんの髪が揺れた。


「だって、月乃ちゃんはこの世界で誰よりも一緒にいる、血が繋がってない女の子だから。好きな人に振り向いて欲しくていっぱい努力をして、悠人君が照れるくらい堂々と好きだって伝えてて。本当は、私も月乃ちゃんみたいになりたかった」


 それは今まで必死で堰き止めていた、嫉妬にも似た感情。

 けれど、月乃ちゃんの静かな笑顔には罅すら入らない。


「そっか。ちょっとだけ、そんな気がしてた。……でも、偶然だね」

「偶然?」

「わたしも、日向さんのことが羨ましかったから。だって日向さんは、悠人の初恋の人だもん」


 紺碧の海のような澄んだ瞳で、月乃ちゃんが私を見つめた。


「わたしは小さな頃から一緒にいても、悠人に家族みたいな存在としか思われてなかった。けど日向さんは、あっという間に悠人の心を奪っちゃった。日向さんは悠人の憧れみたいな女の子で、悠人の世界は日向さんでいっぱいになった。わたしもね、日向さんみたいに悠人に初恋されるような女の子になりたかったんだよ?」

「……そうなんだ」

「わたしのこと、見損なった?」

「まさか。そうなんじゃないかな、って少しだけ思ってたもん。似た者同士だね、私たち」

「うん、そうかも。……良かった。わたしと日向さんって正反対だって思ってたけど、そっくりなところがあって安心した」


 月乃ちゃんと一緒に、くす、と笑い声を零した。


「最後に月乃ちゃんとゆっくり話せて良かった。私がここに来た理由、月乃ちゃんならもう分かるよね?」


 静かに、月乃ちゃんが首肯する。

 私は、マイクで校庭にいる生徒に語り掛けている槍原さんの肩を、ぽんと叩いた。


「ごめん、待たせちゃったね。あと、もう一つだけお願いしたいことがあるんだけど、いいかな?」

「いいですけど……あんまり無茶なこと言わないでくださいね? 今だってウチ、喉が枯れそうなくらいずっと一人喋りしてたんですから」

「心配しないで、槍原さんに迷惑はかけないよ? ここからは、私の戦いだから。……今から私も、『聖夜の告白』に参加させて欲しいの」


 信じられない言葉を聞いたかのように、槍原さんが呆然とした。


「日向会長が……?  い、いいんですかそんなこと? 日向会長が告白したい相手とか、校庭にいるかも分かんないのに」

「それなら大丈夫。あの人なら、絶対に待っていてくれてるから」


 槍原さんが、不安そうな表情で月乃ちゃんに視線を送る。月乃ちゃんはそんな彼女の背中を押すように、小さく頷く。

 槍原さんは思い詰めるように俯いて……やがて、ぱっと明るい笑みを浮かべた。


「分かりました、日向会長にお任せします! 会長が指示をして間違ってたことなんて、今まで一度も無かったですもん! ……それに、これに参加するってとても勇気がいることですから。きっと、すごい決断をしたんですよね」

「……ありがとう、槍原さん」


 槍原さんからマイクを受け取り、校庭を見下ろすように屋上に立つ。

 一人、また一人と私に気付いた生徒が屋上に向けて指をさしている。当然だ、本来なら月乃ちゃんが告白するべきなんだから。


 だけど、それでも。伝えなきゃいけないことがある。

 今まで、悠人君の家族だからこそ言えなかった言葉。

 今ここで言わなければ、絶対に後悔する言葉。


 校庭にたくさんの生徒がいるなか、悠人君は真剣な表情で私を見つめていた。もしかしたら、あの人は全てを知っていて私を見守ってくれてるのかもしれない。

 一度だけ小さく深呼吸をして、マイクに向かい口にする。


 ――届け、私の想い。

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