第67話 『聖夜の告白』/トップバッター/ウチの想い
聖夜祭が終わりに近づいていた。
季節が冬になれば日が暮れるのも早い。校舎の時計が四時半を回った現在、空は黄昏色に染まりつつあった。太陽も月も上空にない、曖昧な空の色。
その空の下、屋上では『聖夜の告白』が始まろうとしていた。
『あー、テステス。ん、おっけー。……みなさーんっ! 聖夜祭、ノッてますかーっ!』
屋上からスピーカー越しに、槍原の弾んだ声が響き渡った。
その声に呼応するように、校庭にいる生徒から拍手や合いの手が上がる。
校庭にいるのはざっと一〇〇人くらい。友達が出るから楽しみにしている人、単純に『聖夜の告白』に興味がある人。その誰もが胸を躍らせたような顔をしていた。
きっとこの校庭には告白を受ける人もいて、俺と同じく緊張をしてるんだろう。
『うんうん、大いに楽しんでくれてるみたいですねえ。だって、最高の聖夜祭でしたもんね。……そして今、聖夜祭がクライマックスを迎えるわけですよ』
校庭にいる生徒を煽るように、槍原が声を張り上げる。
『これより、聖夜祭一大イベント『聖夜の告白』が始まりますっ! 尊敬してる先輩、可愛い後輩、ずっと一緒にいる友達、ちょっと気になる異性――そんな大切な人たちに今まで言えなかった想いを、これから登場する生徒さんたちがぶつけますっ! さあ、思いっきりアオハルを叫べーっ!』
槍原の口上に、校庭にいる生徒たちから歓声や笑い声が起こった。
本当に、『聖夜の告白』は始まるんだ。
『さてさて、まず初めに告白をするのはこの方……ウチこと、一年F組の槍原ですっ!』
「……えっ?」
槍原がそう叫んだ瞬間、校庭にいた生徒たちがざわめいた。中には、友達らしき女子生徒たちが「やりりん頑張れーっ!」と声援を送っている。
その中で俺は、ぽかんと立ち尽くしていた。
知らなかった、槍原も『聖夜の告白』に参加してたのか……。でも、告白って何を? いや、そもそも告白する相手って――。
『そして、ウチが告白したい人は生徒会の先輩――二年B組の悠人パイセンですっ!』
…………………………。
うん、ちょっと待って欲しい。
槍原の告白相手が俺って、初めて聞いたんですけど……!
『じゃあ、悠人パイセン! ウチの想いを受け止めてくださいっ!』
おい、おいおいおいおい……!
そんなこと言われても、俺は何も聞いてないぞ!
いつの間にか俺の傍に来ていた生徒会の生徒が、俺にマイクを差し出す。俺はぎこちなく受け取ると、
『……あー、えっと。槍原? 告白したい相手が俺って初耳なんだけどさ、まずはこの状況教えてくれないと槍原の想いを受け止められる自信がないんだけど』
『実は、悠人パイセンにはウチが告白するってことは秘密にしてました! 悠人パイセンはこの後別の生徒さんにも呼ばれますし? サプライズの方が驚いてくれるかなーって』
『そうだな、おかげで頭が真っ白になるくらい驚いてるな。俺、先輩として槍原のことそんな風に教育した覚えないんだけどなあ』
しかも、わざわざ『聖夜の告白』で俺に告白したいことってなんだ?
まさかとは思うけど、槍原まで月乃と同じみたいに俺に……!?
『今までちゃんと言えなかったけど、勇気を出して伝えます』
いつも俺のことを弄って遊んでる後輩とは思えないほど、真剣な槍原の表情。
そして、槍原は俺に向かって、深くお辞儀をした。
『悠人先輩――ウチのこと後輩として可愛がってくれて、ありがとうございますっ!』
「……えっ?」
ぽかんとした俺に、槍原は居心地悪そうに頬を染める。
こんなに照れてる槍原、始めてだった。
『ウチ、こんな見た目だから。生徒会に入ってもどうせ内申点稼ぎだろ、とか言われてて。それなのに、悠人先輩は付きっきりで教えてくれました。覚えた方が良い効率的な方法から、他人に迷惑がかかるやっちゃいけないことまで、一から全部。褒めてくれたり、怒ってくれたり、慰めてくれたり……悠人先輩がいるから、ウチでも生徒会にいてもいいのかなって、思えました!』
『……それを俺に言うために、わざわざこの場で?』
『だって、ウチはいつも先輩の前だとふざけちゃいますから。こういう時じゃないと、感謝してるって言っても信じてくれないかなって』
屋上から、槍原が俺のことを真っ直ぐに見つめる。
『ウチは悠人先輩のこと、誰よりも尊敬してます。最高の先輩だって思ってます。だから――これからも、先輩としてウチと一緒にいてくださいっ!』
「……はは」
思わず、頬が緩んでしまう。
何を言われるのだろう、と身構えていたのに。槍原が言葉にしたのは、これ以上ないくらい素直な感謝の言葉。
ああ、まったく。俺にはもったいないくらいの後輩だよ、槍原は。
『もちろんだ! 俺も、槍原といると毎日楽しいからな。槍原が頑張ってることは俺もよく知ってるから、こちらこそこれからもよろしくな』
『先輩……。はいっ、ありがとうございます! 早速ですけど、ウチだけ恥ずかしい思いをして告白するのも割に合わないので、パイセンも何か秘密叫んでもらえません?』
『なんで俺まで!? 槍原が自分から参加しただけだろ! いやまあ嬉しかったけど!』
『あはは、喜んでくれるなんて良い先輩だなぁ。有難く思ってくださいね? こんなガチな告白、この先もう二度とないかもですよ?』
にしし、と槍原が笑みを零す。
その表情は、いつも俺をからかう時とそっくりな、無邪気な笑顔だった