第66話 恋人のように/二人だけの思い出/女神の決意
私が悠人君を連れてきたのは、手芸部の模擬店だった。
手芸部では部員の制作物を展示しているんだけど、聖夜祭がクリスマスの時期に行うからか、この日のために防寒具を制作するのが伝統となっていた。
今年の聖夜祭では、その防寒具を身に着けて写真を撮ることが出来るみたい。
「そういえば、確かにそういう企画だったっけ。もしかして、日向が着てみたい防寒具があったとか? 手袋とかストールとか、色々あるもんな」
模擬店で制作物を眺めていた悠人君に、私は笑みを浮かべた。
「手芸部の人が言ってたんだけど、今年はみんなでマフラーを作ったんだって。だから、それを悠人君と一緒に着けてみたいな、って」
「あー、なる、ほ……ど?」
悠人君は、それはもう深く首を傾げながら、
「聞き間違いかな。今、俺と一緒に着けてみたいって……?」
「その中にはね、ペア向けのマフラーもあるみたいなんだ。一つのマフラーを、二人で一緒に巻くの。それ、悠人君とやってみたいなって」
「……ええっ!?」
悠人君はあたふたとしながら、
「で、でも、良くないんじゃないか? ほら、異性同士で使うのは駄目みたいだし」
確かに注意書きには、悠人君の言う通りのことが書かれてある。私も会長だから知ってる、校内の異性交遊が活発化しないように風紀委員会で定めたルール。
確かに、この文言通りだと私たちも当てはまる……でも、実はそうじゃない。
「でも、私たちは大丈夫だよ。だって校外から来てくれた参加者のために、『家族以外の異性同士でのご利用はご遠慮ください』、って書いてあるから。だから、私と悠人君ならルール違反じゃないよね?」
「あ、本当だ……。いいのかな、俺たちこの高校の生徒なのに」
「いいのいいの。こういう時くらい、家族の特権を使わなくちゃ」
「……そうだな、日向は俺の姉さんだし。日向がそう言うなら、一緒に撮るか」
悠人君と選んだのは、かぎ編みのニットのマフラー。精一杯頑張って作ったのが伝わる、素敵なマフラーだった。
撮影スペースに移ると、悠人君の首にマフラーをかけた。部員さんが私たちに気づいたみたいだけど、止めないところを見るとやっぱりセーフなんだろうな。
悠人君と一緒にマフラーを着けると、身体が重なるくらいの至近距離。
「……あったかいな」
「うん、手編みって趣があるしね。マフラーを手作りするなんて凄いよね」
「それもだけど、なんていうか全身が暖かい。日向とこんなに密着するの、あんまりないし。日向のぬくもりをすごく感じる」
「……うん、そうだね。私も同じだよ?」
ずっと、家族になるべきじゃなかったのかな、って思ってた。
私が悠人君のお姉さんだから、絶対に恋人にはなれない。その運命を呪った時すらある……だけど、今なら心から思える。
私は、悠人君の家族で良かった。
同級生としてじゃなくて家族として隣にいるって決めたから、こうして悠人君と特別な時間が過ごせるから。
自撮りをするように、スマホを私たちに向ける。
「じゃあ撮ろっか。悠人君、もっとこっちに寄ってくれるかな」
「こ、これ以上か!? もう十分日向と近いと思うんだけど……!」
「だって、もっとくっつかないと一緒に写らないよ?」
頬が重なりそうなくらいの至近距離で、シャッター音が鳴らされる。
画面には照れたように緊張した表情をする悠人君と、頬を染めながらも笑顔を浮かべる私がいた。
「そういえば、悠人君と一緒に写真に写るのって初めてかも。こんな特別な写真が撮れて良かった。……もしかしたら、これが最後かもしれないもんね」
「……最後?」
「もし悠人君と月乃ちゃんが恋人同士になったら、こんなこと出来ないと思うから。たとえ家族でも、恋人がいるのに悠人君と距離が近すぎたら月乃ちゃんに悪いもん」
「……そうだな。その時は俺も、多分月乃のこと考えると思う」
名残惜しさに耐えながら、私は悠人君から離れた。
多分、マフラーを着けてる間に携帯に着信があったのかな。悠人君はスマホを取り出すと、
「ごめん、そろそろ行かないと。『聖夜の告白』で告白を受ける人は校庭に待機して欲しいって、生徒会から。……もうすぐ始まるみたいだ」
「うん、分かった。でも、最後に訊きたいことがあるんだけど、いい?」
きっと、今の私の表情には、からかうような笑顔が浮かんでいたと思う。
「去年の聖夜祭の前日に、二人で一緒に特製アーチ作ったの覚えてる? あの時から悠人君って、私に初恋をしてたの?」
「えっ――い、いやいやっ! その質問はちょっと……!」
「初恋って言われるの、結構光栄なんだよ? 良かったら教えて欲しいな。もし月乃ちゃんと付き合ったら、こんな話出来ないかもしれないでしょ?」
「……ずるいな、それ言われたら俺だって答えるしかなくなるだろ」
悠人君は観念したように私を見つめると、
「もうとっくに、日向に惚れてたよ。日向の前では必死に隠してたけどさ」
「……そっか。そうだったんだ」
まるで閃光のように、頭の中に遠い日の光景が蘇る。
冬の日の夕方、誰にも内緒で悠人君と完成させた聖夜祭のアーチ。
「一人でアーチを作ってる日向を見かけた時はさ、いくら何でもお人好し過ぎるだろ、って思ってた。一人で作る義理なんてないのに、誰も知らない場所で作ってて。でもさ、日向は笑いながら言うんだよ」
悠人君の顔に浮かぶのは、過去を懐かしむような笑顔。
「明日は聖夜祭だからみんなが笑顔で過ごせた方がいいでしょ、って。それがまた純粋な笑顔でさ……改めて思ったんだよな。俺が好きになった女の子は、自分以外の大勢のために本気になれるくらい優しい人なんだ、って。だから、あの時二人で一緒に特製アーチを作ったことは、今でもはっきり覚えてる」
その一言一言に、全身が熱くなっていくのが分かる。
じゃあ――私も悠人君も、お互いに片思いをしてたんだ。
あの誰もいない倉庫で、私が悠人君と特別な存在になりたいって思ったみたいに。悠人君も私に初恋を抱いてくれていた。
でもね、悠人君。もしあなたが私を優しいって思ってくれたなら、それは悠人君のおかげなんだよ?
あの人みたいになりたい。その道標があったから、悠人君が初恋をしてくれた朝比奈日向がいるんだから。
「……ありがと、悠人君。もうそれだけで十分だよ?」
悠人君の顔を見れば泣いてしまいそうで、俯きながら言葉を伝える。
「それだけ悠人君に言ってもらえれば、悔いなんてないから。だから……月乃ちゃんの告白、ちゃんと受け止めてね?」
「……分かった」
そして、去っていく悠人君の後ろ姿を見送った。
月乃ちゃんが告白するって知ってから、ずっと悠人君に訊きたかったことがある。
悠人君は、『聖夜の告白』で月乃ちゃんと付き合うの?
……けど、何よりも知りたいその答えを、私は訊かなかった。
答えを知るべきなのは、きっと今ではないから。
私はある決意を秘めて、足を踏み出した。