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初恋だった同級生が家族になってから、幼馴染がやけに甘えてくる  作者: 弥生志郎
2章 ⑤私/わたしを聖夜祭に連れてって
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第66話 恋人のように/二人だけの思い出/女神の決意

 私が悠人君を連れてきたのは、手芸部の模擬店だった。


 手芸部では部員の制作物を展示しているんだけど、聖夜祭がクリスマスの時期に行うからか、この日のために防寒具を制作するのが伝統となっていた。

 今年の聖夜祭では、その防寒具を身に着けて写真を撮ることが出来るみたい。


「そういえば、確かにそういう企画だったっけ。もしかして、日向が着てみたい防寒具があったとか? 手袋とかストールとか、色々あるもんな」


 模擬店で制作物を眺めていた悠人君に、私は笑みを浮かべた。


「手芸部の人が言ってたんだけど、今年はみんなでマフラーを作ったんだって。だから、それを悠人君と一緒に着けてみたいな、って」

「あー、なる、ほ……ど?」


 悠人君は、それはもう深く首を傾げながら、


「聞き間違いかな。今、俺と一緒に着けてみたいって……?」

「その中にはね、ペア向けのマフラーもあるみたいなんだ。一つのマフラーを、二人で一緒に巻くの。それ、悠人君とやってみたいなって」

「……ええっ!?」


 悠人君はあたふたとしながら、


「で、でも、良くないんじゃないか? ほら、異性同士で使うのは駄目みたいだし」


 確かに注意書きには、悠人君の言う通りのことが書かれてある。私も会長だから知ってる、校内の異性交遊が活発化しないように風紀委員会で定めたルール。

 確かに、この文言通りだと私たちも当てはまる……でも、実はそうじゃない。


「でも、私たちは大丈夫だよ。だって校外から来てくれた参加者のために、『()()()()()異性同士でのご利用はご遠慮ください』、って書いてあるから。だから、私と悠人君ならルール違反じゃないよね?」

「あ、本当だ……。いいのかな、俺たちこの高校の生徒なのに」

「いいのいいの。こういう時くらい、家族の特権を使わなくちゃ」

「……そうだな、日向は俺の姉さんだし。日向がそう言うなら、一緒に撮るか」


 悠人君と選んだのは、かぎ編みのニットのマフラー。精一杯頑張って作ったのが伝わる、素敵なマフラーだった。


 撮影スペースに移ると、悠人君の首にマフラーをかけた。部員さんが私たちに気づいたみたいだけど、止めないところを見るとやっぱりセーフなんだろうな。

 悠人君と一緒にマフラーを着けると、身体が重なるくらいの至近距離。


「……あったかいな」

「うん、手編みって趣があるしね。マフラーを手作りするなんて凄いよね」

「それもだけど、なんていうか全身が暖かい。日向とこんなに密着するの、あんまりないし。日向のぬくもりをすごく感じる」

「……うん、そうだね。私も同じだよ?」


 ずっと、家族になるべきじゃなかったのかな、って思ってた。

 私が悠人君のお姉さんだから、絶対に恋人にはなれない。その運命を呪った時すらある……だけど、今なら心から思える。


 私は、悠人君の家族で良かった。

 同級生としてじゃなくて家族として隣にいるって決めたから、こうして悠人君と特別な時間が過ごせるから。


 自撮りをするように、スマホを私たちに向ける。


「じゃあ撮ろっか。悠人君、もっとこっちに寄ってくれるかな」

「こ、これ以上か!? もう十分日向と近いと思うんだけど……!」

「だって、もっとくっつかないと一緒に写らないよ?」


 頬が重なりそうなくらいの至近距離で、シャッター音が鳴らされる。

 画面には照れたように緊張した表情をする悠人君と、頬を染めながらも笑顔を浮かべる私がいた。


「そういえば、悠人君と一緒に写真に写るのって初めてかも。こんな特別な写真が撮れて良かった。……もしかしたら、これが最後かもしれないもんね」

「……最後?」

「もし悠人君と月乃ちゃんが恋人同士になったら、こんなこと出来ないと思うから。たとえ家族でも、恋人がいるのに悠人君と距離が近すぎたら月乃ちゃんに悪いもん」

「……そうだな。その時は俺も、多分月乃のこと考えると思う」


 名残惜しさに耐えながら、私は悠人君から離れた。

 多分、マフラーを着けてる間に携帯に着信があったのかな。悠人君はスマホを取り出すと、


 「ごめん、そろそろ行かないと。『聖夜の告白』で告白を受ける人は校庭に待機して欲しいって、生徒会から。……もうすぐ始まるみたいだ」

「うん、分かった。でも、最後に訊きたいことがあるんだけど、いい?」


 きっと、今の私の表情には、からかうような笑顔が浮かんでいたと思う。


「去年の聖夜祭の前日に、二人で一緒に特製アーチ作ったの覚えてる? あの時から悠人君って、私に初恋をしてたの?」

「えっ――い、いやいやっ! その質問はちょっと……!」

「初恋って言われるの、結構光栄なんだよ? 良かったら教えて欲しいな。もし月乃ちゃんと付き合ったら、こんな話出来ないかもしれないでしょ?」

「……ずるいな、それ言われたら俺だって答えるしかなくなるだろ」


 悠人君は観念したように私を見つめると、


「もうとっくに、日向に惚れてたよ。日向の前では必死に隠してたけどさ」

「……そっか。そうだったんだ」


 まるで閃光のように、頭の中に遠い日の光景が蘇る。

 冬の日の夕方、誰にも内緒で悠人君と完成させた聖夜祭のアーチ。


「一人でアーチを作ってる日向を見かけた時はさ、いくら何でもお人好し過ぎるだろ、って思ってた。一人で作る義理なんてないのに、誰も知らない場所で作ってて。でもさ、日向は笑いながら言うんだよ」


 悠人君の顔に浮かぶのは、過去を懐かしむような笑顔。


「明日は聖夜祭だからみんなが笑顔で過ごせた方がいいでしょ、って。それがまた純粋な笑顔でさ……改めて思ったんだよな。俺が好きになった女の子は、自分以外の大勢のために本気になれるくらい優しい人なんだ、って。だから、あの時二人で一緒に特製アーチを作ったことは、今でもはっきり覚えてる」


 その一言一言に、全身が熱くなっていくのが分かる。

 じゃあ――私も悠人君も、お互いに片思いをしてたんだ。


 あの誰もいない倉庫で、私が悠人君と特別な存在になりたいって思ったみたいに。悠人君も私に初恋を抱いてくれていた。


 でもね、悠人君。もしあなたが私を優しいって思ってくれたなら、それは悠人君のおかげなんだよ?

 あの人みたいになりたい。その道標があったから、悠人君が初恋をしてくれた朝比奈日向がいるんだから。


「……ありがと、悠人君。もうそれだけで十分だよ?」


 悠人君の顔を見れば泣いてしまいそうで、俯きながら言葉を伝える。


「それだけ悠人君に言ってもらえれば、悔いなんてないから。だから……月乃ちゃんの告白、ちゃんと受け止めてね?」

「……分かった」


 そして、去っていく悠人君の後ろ姿を見送った。


 月乃ちゃんが告白するって知ってから、ずっと悠人君に訊きたかったことがある。

 悠人君は、『聖夜の告白』で月乃ちゃんと付き合うの?

 ……けど、何よりも知りたいその答えを、私は訊かなかった。


 答えを知るべきなのは、きっと今ではないから。

 私はある決意を秘めて、足を踏み出した。

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