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初恋だった同級生が家族になってから、幼馴染がやけに甘えてくる  作者: 弥生志郎
2章 ⑤私/わたしを聖夜祭に連れてって
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第65話 二人の距離/射的/あの時と同じ

 賑やかな廊下を、悠人君の背中を見つめながら歩く。

 私が悠人君の三歩分くらい後ろを歩いていると、たまに悠人君は振り返って、


「何処か行きたい場所とかあるか? 良かったら、全然付き合うけど」

「あっ……ううん、大丈夫。私は悠人君が行きたいところで構わないよ?」

「……そっか、分かった」


 そうして、悠人君がまた前を向く。さっきから、何度も同じことを繰り返してる。


 隣に並びたくなかったのは、悠人君の顔を見ているとどうしても月乃ちゃんのことを思ってしまうから。悠人君も私の気持ちを分かってくれてるのか、後ろを歩く私のことを何も言わないでくれた。


(……ずっと昔にも、こんなことあったなぁ)


 六才だった私が、悠人君と遊園地で初めて出会った日のこと。あの時も、こんな風に無言で悠人君の後ろを歩いてた。


 あの頃の私は人見知りな女の子で、悠人君に「ユキちゃん」って呼ばれてたっけ。

 悠人君は楽しませようとしてくれたけど、私はずっと緊張しっぱなしで。もしかして嫌われたかな、って不安になりながら悠人君の背中を見つめてた。


「……あっ」


 ふと、悠人君が何かを見つけたように足を止めた。

 見つめる先にあるのは、射的の模擬店だった。多分、的になってる色とりどりの羊毛フェルトは生徒が作ったのかな。射的で落とせば景品でもらえるみたい。

 悠人君が、私に小さく笑いかける。


「射的、やってくか。丁度ゲームがしたかったとこだしな」

「……うん。悠人君が、そう言うなら」


 大丈夫かな。私は、上手く笑えているかな。

 隣に悠人君がいること、月乃ちゃんが告白をすること。そればっかり気になって、射的なんてちっとも頭に入らない。

 上の空だからか、コルクの銃を撃っても的にかすりもしなかった。


「あー、残念。最後の一発だけど、大丈夫か?」


 そんな悠人君の言葉にも、私は曖昧に頷くことしか出来ない。

 悠人君は月乃ちゃんに告白されること、何とも思ってないのかな。そうだよね、私と悠人君はただの家族だもんね。

 そう銃を構えた時、手が柔らかい感触に包まれた。


 悠人君が、一緒に照準を定めるみたいに、私の手に手を添えていた。

 すぐ傍に悠人君の顔がある。そう気づいた瞬間、私の顔はぼっと熱を帯びた。


「ゆ、ゆゆ、悠人君っ……!?」

「銃がブレてるみたいだから、しっかり支えた方が当てやすいと思って。どうだ、ちょっとは狙いやすくなったか?」


 もう射的どころじゃないよ、悠人君。

 そう心の中で叫ぶだけで、実際の私はこくこくと頷くだけ。胸の高鳴りが激しくなって、さっきよりずっと銃の先端が震えてしまう。


 なのに、悠人君は気づいていないのか、真剣に的を狙ってる。

 悠人君、そういうとこ。そういうとこじゃないかな……!


「日向、真っ直ぐ前を向いて。外したら終わりだからな」


 悠人君に動揺してるのがバレる前に、とにかく撃たなきゃ。悠人君が狙いを定めてくれた景品に向けて、引き金を――……。


 ようやく私がそれに気づいたのは、その瞬間だった。


「…………えっ?」


 きっと、悠人君と月乃ちゃんのことで頭がいっぱいで、目に映らなかったんだろう。

 射的の景品になっている、色とりどりの羊毛フェルト。

 その中の一つに、大好きなふわしばが、ちょこんと座っていた。


「……ふわしばだ」


 慌てて、私はふわしばに照準を定めて悠人君と一緒に銃を撃つ。

 けれど、コルクの球は的を掠るのみだった。


「惜しいっ。もうちょっとでふわしばが獲れるとこだったのにな」

「もしかして悠人君、ふわしばの景品があったからここに行こうって言ってくれたの? 私のために……?」

「ん……まあ、そうだな。せっかくの聖夜祭だし、日向にも楽しんで欲しくて」


 頭の奥が、じん、と甘い痺れがした。

 あの時と同じだ。遊園地で初めて出会ったあの日も、悠人君は私を笑顔にしたくて、ゲームコーナーでふわしばのぬいぐるみを取ろうとしてた。

 だとしたら、悠人君はこの後ふわしばを――。


「じゃあ、次は俺の番だな」


 悠人君が銃を構えて発射する。

 コルクの弾はふわしばに命中し、ころん、と倒れる。


「よしっ」


 悠人君がガッツポーズをして、スタッフが拍手をする。悠人君はふわしばの羊毛フェルトを受け取ると、そのまま私に差し出した。


「はい、プレゼント。良かったら、受け取ってくれるか?」

「……私に?」

「日向、ふわしばが好きだから。その……喜んでくれたら、嬉しい」


 そう、悠人君は照れたようにはにかんだ。


 その瞬間思い出すのは、いつか遊園地で頑張ってふわしばのぬいぐるみを獲ってくれた無邪気な男の子の笑顔で――やっぱり、悠人君って十数年経っても変わってない。

 今でもこうして、私のためにふわしばをプレゼントしてくれるんだから。


「ねえ、悠人君。ずっと昔、こんな風に小さな女の子にふわしばのぬいぐるみをあげたこと、覚えてる?」

「……日向には前にも話したけど、ユキちゃん、だよな。もちろん覚えてる。あの娘も今の日向みたいに、何だか寂しそうにしてたから」


 きっと、私があの時のユキちゃんだって、悠人君は気づいてるんだろうな。

 だけど、悠人君は言葉にしないでくれている。もし口にすれば、私と悠人君は家族でいられなくなってしまうから。

 きっとそれが、悠人君の優しさなんだと思う。


「……ありがと、悠人君」


 家族なのか、同級生なのか。どんな風に悠人君と一緒にいればいいのか分からなかったけど、確かに一つ言えることがある。


 やっぱり私は、悠人君が好き。

 私が初めて会った時から、悠人君は何も変わっていないから。


「良かった、日向が元気出したみたいで」

「そりゃ落ち込むよ。だって悠人君、月乃ちゃんに告白されるんだもん」

「……やっぱり、気にするよな」


 今まで目を逸らしてた、月乃ちゃんが『聖夜の告白』に参加するって事実。言葉にすれば、意外なくらい胸がスッとした。


「私のことなら、気にしなくてもいいよ? 私は悠人君のお姉ちゃんだもん。誰と付き合っても祝福しなきゃ、ね?」

「……だけど」


 やっぱり、私のこと心配してくれてるんだろうな。

 そうだよね。そういう男の子だもん、悠人君って。


「でもね、私から一つだけお願いがあるんだけど、いいかな? ……最後に、聖夜祭で悠人君と一緒に行きたい場所があるの」

「日向が……? あ、ああ、もちろん。日向が行きたい場所なら、何処でも」


 良かった、と内心で胸を撫でおろした。

 だってその場所は、聖夜祭の準備をしてた時から悠人君と行きたいなってぼんやり思ってた場所だから。

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