第64話 日向の想い/……ほえ?/姉としてじゃなくて
「会長、少し休んではいかがですか?」
私が聖夜祭の進行表を確認しているときだった。生徒会の後輩である男の子から、そう助言された。
午後を過ぎたくらいの、生徒会室。
大体の生徒は聖夜祭の巡回や模擬店の協力、あとは単純に遊びに出かけたりしていて、生徒会室には数人しか残されていなかった。
「私なら大丈夫だよ? 生徒会長だもん、他の誰よりも頑張らなくちゃ」
「しかし、会長は今朝からずっと休みなしで働いてるじゃないですか。他の生徒も聖夜祭を楽しんでますし、少しくらい休憩しても……」
「聖夜祭だからこそ、だよ? 私がここにいることで一人でも多くの生徒が楽しんでくれるなら、私はそれでいいかな」
「……そうですか」
生徒会長だから仕事の手を休めるわけにはいかない。そんなのただの建前だってこと、私が一番分かってる。
私が心から聖夜祭を楽しめない理由なんて、たった一つだけ。
今夜の『聖夜の告白』で、月乃ちゃんが悠人君に告白をするから。
「………………」
思い出して、また胸が苦しくなった。
いつか、こんな日が来ると思ってた。そう遠くない将来、月乃ちゃんは悠人君の恋人になるだろうな、って毎日のように考えてた。
けど、結局のところ、私にその現実を受け入れる覚悟なんてなかったのだと思う。
だってほら、悠人君と月乃ちゃんのことを想うだけで、胸が張り裂けそうなくらい苦しい。
二人が結ばれる未来を嘆く権利なんて、家族である私にあるはずないのに。
悠人君と恋人になれない生き方を選んだのは私なのに、悠人君に誰かと付き合って欲しくないって心が叫んでる。
いったい、私はどうしたいんだろう――そう、自分に問いかけた時だった。
「日向っ」
もう幾度となく耳にした、聞いていて心地良い声色。
息を弾ませて生徒会室に駆け込んだ、悠人君がいた。
「悠人、君。……どうしたの、そんなに慌てて」
言葉を交わすのは、昨日の生徒会以来だった。
月乃ちゃんが悠人君に告白をすると知ってから、悠人君とは会話どころか目を合わすことすら私には出来なかったのに。今は、悠人君から目を離すことが出来ない。
「もしかして、手伝いに来てくれた? 良かった、やっぱり聖夜祭って大忙しだから人手不足だったんだ」
それは朝比奈日向というより、生徒会長としての言葉だった。
大丈夫、動揺することなんてない。私と悠人君は、ただの生徒会長と書記だ。
「えっと……日向に、言いたいことがあるんだよ」
真剣な面持ちで、悠人君が私のことを見つめる。私と悠人君の緊張が伝わったのか、部屋にいたみんなが私たちのことを見てる。
今までありがとう、かな。それとも、これからもよろしく、かな。
どんな言葉でも良い、心の準備なら出来てる。
悠人君は一度だけ深く呼吸をして、はっきりと言い放った。
「俺と、聖夜祭に付き合ってくれないか? 日向と一緒に回りたいんだ」
「……………………………ほえ?」
自分でも驚くくらい、気の抜けた声が出た。
セイヤサイ、せいやさい、聖夜祭……聖夜祭!?
「わ、私と一緒に回りたいって……!? で、でも、今はそんな場合じゃ――」
「今じゃなかったら、いつ日向と聖夜祭を楽しむんだよ。一年に一回だけ、なんだぞ。俺は日向とも過ごしたい」
「で、でもでもっ! 生徒会長の私が離れるわけには……」
「ご心配なく! ここは我々に任せてください!」
威勢よく立ち上がったのは、さっきの後輩の男の子。
それだけじゃない。友達の女子も、生徒会室から押し出すように私と悠人君の背中をぐいぐいと押した。
「ほらほら、日向は頑張りすぎなんだって。みんな日向のこと心配してるよ。いいから弟クンと一緒に聖夜祭楽しんできな?」
「あっ、ちょっと……!」
私と悠人君は廊下に追い出され、二人きりにされた。
「こ、困っちゃったね。悠人君と楽しんで来い、なんて」
「日向は、俺と聖夜祭を歩くの嫌か?」
「い、嫌じゃないよ! 嫌じゃない、けど……」
どんな顔をして悠人君の隣にいればいいか、分からないだけ。
だって今日、悠人君は月乃ちゃんに――。
「そうだね、私と悠人君は姉弟だもんね。悠人君に誘われても、変じゃないよね」
「それは違う。俺は、そんなつもりで日向を誘ったんじゃない」
芯の通った力強い声に、思わず悠人君を見つめ返した。
「日向が家族だから、じゃない。日向が日向だから、俺は君と一緒に聖夜祭を過ごしたいんだ。……それじゃ駄目か?」
「私が、私だから……? そ、そっか。じゃあ、ちょっとだけ」
そんな言葉を言われたら、もう生徒会長とか家族じゃいられない。
悠人君と聖夜祭を回るのは彼のことが好きな少女、朝比奈日向だった。