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初恋だった同級生が家族になってから、幼馴染がやけに甘えてくる  作者: 弥生志郎
2章 ⑤私/わたしを聖夜祭に連れてって
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第63話 りんご飴/幼馴染の覚悟/もし悠人が日向さんと結ばれても

 もうどれくらい、月乃と聖夜祭を巡ったっけ。


 たとえば、月乃と一緒に演劇部のミュージカルを遠くから覗き見た。

 幼稚園児の時に悠人としたお遊戯会とは全然違うね、と月乃は頬を緩ませた。


 たとえば、月乃と一緒に野球部のバッティングセンターに参加した。

 月乃って昔から運動が大の苦手だけど大丈夫かな、と心配してたら奇跡的に一球だけヒットを当てて思わずグータッチした。


 たとえば、月乃と一緒に書道部の展示を見に行った。

 そういえば小学生の時は書き初めの宿題一緒にしてたよな、なんて話をした。


「ねえ、見て見て。リンゴ飴あるよ、一緒に食べよ?」


 たとえば、今。月乃と一緒に、中庭にあるたくさんの屋台の中を歩いていた。


「月乃、本当にそれ好きだなぁ。夏祭り行ったら、いつも買ってもらってたよな」

「……そうだっけ?」

「宝石みたいに綺麗だからって、なかなか食べずにずっと眺めたりさ。いつだったっけ、祭りの途中で月乃がいなくなって、大慌てで探したんだよ。そしたら、リンゴ飴の屋台をじーっと見ててさ。綺麗だから見とれてた、って」

「あっ、それは覚えてる。悠人、ちょっとだけ怒ってたよね」

「そりゃ心配するだろ、急にいなくなるんだから。もうはぐれないようにって、祭りが終わるまで手を離さなかったっけ。懐かしいな、あの頃って小学生だったし月乃と手を繋いでも何にも思わ、な――」

「……悠人?」


 突然言葉を失くした俺に、月乃が不思議そうに小首を傾げる。


「いや、悪い。何でもないんだ。ただ、さ……何を見ても月乃との思い出があるんだなって、思っただけだから」


 こんなに、俺は月乃と一緒にいたのか。

 ケーキを食べても、お化け屋敷に入っても、リンゴ飴を見つけても、何をしても月乃と過ごした日々を思い出す。

 それは俺にとって当たり前で、けれどきっと特別なこと。


 月乃は俺にとって、お隣さんで、幼馴染で、家族みたいな存在だったから。

 月乃がいない人生なんて、考えたこともなかった。


 けれど――もしかしたら、今日。

 俺と月乃の関係は、変わってしまうかもしれない。


「なあ、月乃。訊きたいことがあるんだ」

「……うん、いいよ。たくさん悠人と聖夜祭を過ごせたから、約束通り話してあげる」


 静かな決意を秘めたような月乃の表情に、もう俺は戸惑わない。


「月乃は、『聖夜の告白』で俺に告白をするつもりなんだよな? 俺たちの関係を、変えるために」

「……悠人も日向さんも、自分の感情に嘘をついてるのが分かるから。悠人と日向さんは相思相愛なのに、その気持ちを見ないふりして一緒に暮らしてる。そんな二人なんて、見たくない」


 迷いのない、真っ直ぐな月乃の瞳。


「だから、日向さんや悠人と前に進むために、わたしは告白する――わたしか、日向さんか。悠人に決断してもらうために」

「だけど、やっぱり俺には分からない。もし俺が月乃の告白を受け入れたら、やっぱり日向を傷つけることになるんじゃないのか。月乃は、それだけは絶対に嫌だっていったのに」

「そうだね。もしわたしが悠人と付き合えば、日向さんはきっと悲しむと思う。……今のままなら」

「えっ……?」

「本当の意味でわたしたちが前に進むためには、わたしと悠人だけじゃダメ。あと一つだけのピース――()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ――ああ、そうか、そういうことか。

 日向の覚悟。その一言で、月乃が何を望んでいるのか俺にも理解出来た。


 何故、月乃が『聖夜の告白』に参加したのか。

 何故、日向が傷つくかもしれない行動を取ったのか。

 それは全て、日向が行動を起こすキッカケを作るためだった。


「でも、それはわたしや悠人が強制するものじゃないから。日向さんが決意するのを、ただ待つしか出来ない」

「……そうか。月乃が日向を傷つけても構わないって思ってるわけじゃない、っていうのはよく分かった」


 だとすれば、俺は最後に訊かなければいけないことがある。

 それは俺にとって、絶対に避けてはいけない、大切な疑問。


「本当に月乃は、『聖夜の告白』に参加してもいいのか? だって、告白が絶対に成功するなんて、月乃だって思ってないんだろ?」

「……悠人には好きな人がいるもんね。告白すれば悠人と付き合える、なんて甘いことは考えてないよ?」


 まるで射貫くような、月乃の眼差し。


「だから、もし『聖夜の告白』で悠人にフラれたら――悠人のこと、諦めるから。悠人はわたしじゃなくて、日向さんを選んだってことだもん」

「それは……っ!」


 違う、と言いたかった。

 でも、それを言う権利が今の俺にあるのだろうか。いつでも月乃と付き合うことが出来たはずなのに、日向のために今までずっと先延ばしにしてきた、俺に。


「それにね、もし悠人と日向さんが結ばれるなら、わたしはそれでもいいよ?」

「えっ――」


 それは、月乃にとって悲しい言葉のはずで。

 でも幼馴染の顔に浮かぶのは、優しい微笑みだ。


「日向さんは悠人のことが好きなのに、家族だからその恋は叶わないって自分の気持ちを抑えてる。それがどれだけ苦しいことか、わたしには分かるから。日向さんの想いが悠人に届くなら、それはとても素敵なことだっ、って思う、から――」


 次第に、月乃の声が震えて……その瞬間、俺は確かに見た。

 月乃の瞳が、今にも泣き出しそうに潤んでいることに。


「だから、わたしのことは気にしないで? 悠人には、本当に好きな人を選んで欲しい。わたしは……悠人の幼馴染でも、幸せだから」

「月乃っ!」


 走り去っていく月乃の小さな背中に手を伸ばす。けれど掴もうとした手は、むなしく空を切るのみ。

 騒々しい人の群れの中で、俺だけが世界から取り残されたみたいだった。


「……月乃、泣いてたよな」


 まったく、なにが日向や俺に自分の気持ちに嘘をついて欲しくない、だ。

 月乃だって、自分の感情を必死で誤魔化してるじゃないか。

 悲しくて、苦しくて、寂しくて。それでも俺に本心から好きな人を選んで欲しくて、最後まで笑顔を見せようとしてた。


 小さな頃から、月乃は俺が守らないと、って使命感みたいなものがずっとあったけど……あんなに強い女の子だったんだな。


「……行かなくちゃ」


 月乃の決意を無駄にすることだけは、絶対にしちゃ駄目だ。

 俺は、俺に出来ることをしないと。


 聖夜祭の賑やかな人波の中、俺は歩き出した。

 もう一人の少女に、会いに行くために。

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