第60話 そして朝が来る/両手に団子/聖夜祭を君と
聖夜祭、当日。
晴れ渡った冬空の下、学園は物凄い人の数だった。自校の生徒はもちろんだけど、他校の生徒や家族連れの人たちも聖夜祭のシンボルである特製アーチをくぐる。
「あーあ、騙されちゃった。パイセン、猫カフェに来た時言ってましたよね? 月乃先輩とはまだ付き合ってない、って」
その近くで、これでもかと槍原に不満をぶつけられながら、俺は参加者にパンフレットを配っていた。
「結局、あれも付き合ってることを隠すためのフェイクだったってわけですか。後輩の純情を弄んだわけですね」
「……いや、何回も説明してるけど、本っ当に付き合ってるわけじゃないんだって」
言葉だけ聞けば、浮気がバレて彼女に言い訳してるみたいだな、これ。
あの月乃の爆弾発言で、どうやら槍原には嘘をつかれたと思われたようで、こんな風に拗ねっぱなしだった。
「じゃあ、昨日のアレはなんて説明するんですか? 『聖夜の告白』は絶対にプロポーズが成功する生徒しか参加しない、って言ってたのはどこのパイセンでしたっけねー?」
「……俺も分からないんだよ。この前は、『聖夜の告白』に参加するつもりはない、ってはっきり言ってたのに」
あの後、俺がどれだけ『聖夜の告白』への参加について尋ねても、月乃は答えてくれなかった。
俺と付き合えば日向の気持ちを蔑ろにすることになる。そう言ったのは、誰でもない月乃だ。なのに、どうして『聖夜の告白』に参加するなんて……。
とにかく、月乃から真意を訊かなければ。『聖夜の告白』が始まる、夕方までに。
時間になり、パンフレットの配布を別の生徒と交代する。
月乃に会いに行くなら今だ。
「ごめん、槍原。俺、行かなきゃいけないから。誤解なら後でゆっくり解かせてくれ」
「……分かりました。今のパイセンに何を言っても、頭の中は月乃先輩でいっぱいでしょうし。その代わり、後でちゃんと説明してくださいね!」
槍原に手を振り、校舎に向かう。目指すのは生徒会室だ。
廊下に出ると、カラフルな看板を掲げた教室や声を弾ませる生徒であふれていた。
祭りの高揚感を肌で感じながら、足早に生徒会室を目指す。今だけは受験を忘れた上級生や、初めての聖夜祭を楽しむ下級生。それに西洋人形みたいに無表情な幼馴染の姿があったが、今は一秒でも早く月乃に会いた――。
……ん? 幼馴染?
勢いよく振り返れば、やはり見間違いではなく、そこには月乃がいた。
「月乃っ!」
「あっ、悠人。良かった、やっと見つけた。探してたんだよ?」
まるで休日にたまたま会ったかのような気軽さで、月乃が俺に手を振った。
その手に握っているのはチョコバナナとクレープ。よく見てみれば、もう片方の手にはフレンチクルーラーまである。
……えっと、まさかだけど。
あんなことがあった翌日なのに、普通に聖夜祭を楽しんでません?
「あのさ、月乃。もしかして、出店巡りしてたとか……?」
「うん、せっかくの聖夜祭……もぐ……だから。各クラスや部活の企画なら全部把握してるから、悠人も気になる場所が……もぐもぐ……あったら案内するよ?」
「せめて喋り終わるまでは食べるの我慢してくれない!?」
俺は昨日からずっと月乃のことを心配してたっていうのに……! なんていうか、何とも言えない敗北感すらある。
「食べ物のことじゃなくて、俺は月乃に訊きたいことがあったんだ。……昨日の、『聖夜の告白』に参加するって月乃の言葉について」
「…………………」
月乃が食べる手を止めた。
「月乃、俺に言ったよな。日向のために今はまだ幼馴染のままでいようって。なのに、どうして今の関係を壊すようなことをするのか、俺には分からないんだ」
神秘的な瞳で俺を見つめる月乃に、俺は尋ねる。
「月乃は、本気なのか? 本気で――俺に告白をするつもりなのか?」
「うん、そうだよ。中途半端な気持ちで、『聖夜の告白』で悠人に告白なんてしない」
「じゃあ、日向の気持ちはどうなるんだ? 月乃だって、日向のことあんなに傷つけたくないって――」
「だからこそ、だよ。今みたいに、わたしと悠人が幼馴染のままだと、日向さんが苦しむだけだから。日向さんのために、誰かが今の関係を終わらせなきゃいけないの」
……分からない。もし月乃の告白が成功したら、それは日向を傷つけることになるんじゃないのか。
俺には、月乃の言葉が矛盾してるようにしか聞こえない。
「もっと教えて欲しい? だったら、わたしのお願いを聞いて欲しい」
「……お願い?」
「うん。これから、副会長として各企画の見回りをしないといけないんだけど、悠人にも付き合って欲しい。わたしと一緒に、聖夜祭を回って欲しいの」
思いも寄らない言葉に、思わずぽかんとしてしまう。
ああ、そうか。今日は聖夜祭なんだ。誰かに誘われてもちっとも不思議じゃない。
「たった三年間しかない学園生活の、一年に一度だけのお祭りだよ? せっかくだから、誰でもない悠人と楽しみたい。……どうかな?」
そして、月乃はまるで小動物のように上目遣いで俺を見つめた。
俺には、月乃が何を考えているのかまだ掴みきれない。もしかしたらとんでもないことになるかも、って不安は少なからずある。
だけど、それでも言い切れることがある。
月乃は、日向の想いを踏みにじるようなことはしない、絶対に。今はその直感を信じたかった。
……それに、本心を言うならば。
俺だって、月乃と一緒に聖夜祭を過ごしたい。
幼馴染としてじゃなくて、何処にでもいる男子生徒として。
「……そうだな。副会長を補佐するのも書記の仕事、だもんな」
「むー、生徒会の仕事だからってこと?」
「いや、素直に月乃と一緒の時間を過ごしたいって思ってるよ。でも、まだ俺には会わなきゃいけない人がいるから。その時間までなら、だけど」
「うん、分かってる。だけど、それまでは悠人のこと独り占め出来るよね?」
わずかな時間を惜しむように、月乃が俺の服の袖を引っ張る。
もとより、俺に断るなんて選択肢は初めから無かったのかもしれない。
昔から、月乃に甘えられるのには弱いんだから。