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初恋だった同級生が家族になってから、幼馴染がやけに甘えてくる  作者: 弥生志郎
2章 ④トライアングルな感情
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第59話 聖夜祭、前夜/少女の覚悟/『聖夜の告白』

「これまで聖夜祭の準備を手伝って頂き、ありがとうございました。いよいよ、明日が本番です。最後まで気を抜かずに頑張りましょうっ」


 日向の言葉に呼応するように、生徒会のみんなが「おーっ!」と声をあげた。


 聖夜祭まで残り一日。

 たった今、生徒会室ではささやかな前夜祭が行われていた。


 ソフトドリンクを片手に、日向は頑張ってくれた生徒に労いの言葉をかけている。その表情は愛嬌に満ちていて、それこそ女神のよう。

 日向は立派な生徒会長だ。みんながいる前で、個人的なネガティブな感情なんて見せるはずがなかった。


「悠人、お疲れ様。会計、大変だったよね?」


 外の空気を吸いたくてベランダに出た時、月乃が声をかけてきた。

 ちょっと意外だった。あの夜以来、月乃とは少しだけ壁を感じていたのに。


「日向や月乃に比べると大したことないって。それより、無事ここまで来れて良かったな」

「うん。今年は副会長だから、ちょっとプレッシャーだったかも」


 学校全体が聖夜祭の準備を終えていて、普段は質素な校舎内も、今日と明日だけは色鮮やかに飾りつけされていた。


「やっぱり、日向さんと今まで通り暮らすのは、難しそう?」


 ふと、月乃が誰にも聞こえないよう小声で、そんなことを呟いた。

 無理もないけど、俺と日向の仲を気にしてたんだな。


「……ごめんね。わたしが悠人に、日向さんの気持ちを話しちゃったから」

「月乃のせいじゃない、こうなるのは時間の問題だったんだ。俺だって日向の気持ちには気づいていたのに見ないフリをしてたんだから。むしろ、目を覚まさせてくれて感謝すらしてるよ」


 月乃に告白されながらも幼馴染でいることも、日向への初恋が忘れられないまま家族でいることも。ただ、薄氷の上にいるように奇跡的なバランスで成り立っていただけだ。


「……どうしたいのか、自分でも分からないんだ」


 窓越しに、生徒会の生徒と笑顔で言葉を交わす日向を眺める。

 どうしようもないくらい、日向が遠くに感じた。


「日向と恋人になれないことに未練なんてなかった。だって、代わりに家族になれたから。でもさ、日向がずっと前から俺を好きでいてくれたっていうなら、心が揺れるんだよ」


 それはこの世界で、月乃の前でしか零せない弱音だった。


「実際さ、前より日向のこと、家族として見れなくなってるんだ。それに、もし月乃と付き合えば日向の気持ちを踏みにじることになるから。そうなったら、どんな顔で日向と暮らせばいいのか分からない」

「そうだね。悠人には、誰かを悲しませることなんて出来ないよね」


  でも、そのせいで俺にとってかけがえのない大切な二人が――日向と月乃が、追い詰められている。

  俺が決断を下さない限り、何も変わらないっていうのに。


「でもね、日向さんが悲しむところなんて見たくないけど――わたしは、悠人が傷つくのが一番やだ」

「……月乃?」


 突然の言葉に、呆気に取られてしまう。

 しかし、何かの決意を秘めたように。月乃の表情は真剣そのもの。


「悠人も日向さんも優しいから、相手を傷つけないように必死で感情を抑えてる。でも、そのままだと何も変わらない。今を変えるためには根本的な変化が必要なの」


 迷いなく逡巡なく、月乃は宣言する。


「だから、悠人も覚悟してね? わたしの手で終わらせるから」


 その言葉の意味を尋ねる前に、月乃はベランダから生徒会室へと去ってしまう。

 慌てて後を追うと、月乃は日向に声をかけていた。


「会長、質問いい? 『聖夜の告白』について、確認したいことがあるの」

「……『聖夜の告白』について?」


 驚いたように、日向が言葉を反復する。

 あの日以来、日向は俺を避けるように月乃とも出来るだけ関わらないようにしていた。こうして二人が会話するのを見たのは、久しぶりだ。


「うん。もし直前に『聖夜の告白』に参加したい人がいる場合、急遽参加するのは可能?」


 ……なんだって?


「えっと、それは難しいかな。『聖夜の告白』に参加するためには告白する相手と、生徒の前で内容を生徒会で把握して、本人と打ち合わせをする必要があるから」


 日向の言う通りだ。告白する相手を生徒会が呼び出さなきゃいけないし、告白する内容も適切かどうか事前にこちらで判断する必要がある。

 だからこそ、もう参加者は締め切っている。それは月乃だって知っているはず。

 それなのに、月乃は少しも躊躇うことはない。


「じゃあ――生徒会の生徒なら、参加は可能、って解釈してもいいよね?」

「……えっ?」

「生徒会の生徒なら、この場で告白する相手や内容を確認することが出来るから。副会長としては、ギリギリセーフ、って判断出来ると思う」

「つ、月乃ちゃん? あなたは、いったい何を――」

「会長にお願いがあるの。わたしを――小夜月乃を『聖夜の告白』に、参加させて欲しい」


 その一瞬で、音という音が止むように、生徒会室が静かになった。


「おい、今の聞いたか? 小夜が『聖夜の告白』に参加するって」

「だって、聖夜祭は明日だよ? 月乃先輩、急にどうしたんだろ」


 やがて、二人の会話を聞いていた生徒たちを中心に、ざわめきが広がる。

 今や部屋にいる誰もが、日向と月乃に注目をしていた。


「……月乃ちゃんが、参加? 『聖夜の告白』に?」

「次に、呼び出す相手だよね? その確認も簡単だと思う。相手は同じ生徒会の、悠人だから」


 その名前に、日向が言葉を失う。その場にいたみんなが一斉に俺に向いた。


「それで、告白の内容だけど――」


 そして、俺は思い知らされることになる。

 月乃が口にした、覚悟してね、という言葉の本当の意味を。


「――悠人に、告白をしたい。今までずっと好きでした、って」


 ……それは、間違いなく。

 日向に対する宣戦布告だった。


『――ええぇぇぇ~~~~~~~~~~~~~~~~~っっっ!!!』


 月乃の一言で、それまで平穏だった生徒会室は騒然となった。

 物凄い形相で俺に詰め寄る生徒、きゃあきゃあと歓声をあげる生徒、その場で崩れ落ちる生徒。まるで祭りのような騒々しさ。


 ただ一人、彼女だけが――『月の天使』だけが、揺るぎない覚悟を瞳にたたえ、一人の少女を見つめている。

 その相手は、呆然と立ち尽くす少女――『向日葵の女神』だ。


 月乃の意図が汲み取れない。どうして、突然『聖夜の告白』に参加する意思表明なんてしたのか。俺には分からない。

 それでも、一つだけ確信してることがある。


 月乃は変えるつもりなんだ。俺と、日向と、月乃の今の関係を。

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