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初恋だった同級生が家族になってから、幼馴染がやけに甘えてくる  作者: 弥生志郎
2章 ④トライアングルな感情
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第58話 ある日の生徒会/後輩ちゃんの助け舟/初恋が終わってくれない

「悠人パイセン、最近日向会長と姉弟喧嘩でもしました?」


 槍原にそう尋ねられたのは、放課後のことだった。

 聖夜祭まで残り数日に迫った俺たちの高校は、全校生徒が慌ただしそうに準備に追われていた。


「いきなり凄いこと訊くな。こんな忙しい時期に、俺と日向の仲を心配してる生徒なんて槍原くらいだぞ?」

「だって最近の日向会長、明らかにパイセンから距離置いてますもん。悠人パイセン、今日の弁当いまいちだったな~、とか本人に言いませんでした?」

「どうして俺が悪者前提なんだ……。それに、仮にそんな失礼なこと言ったら秒速で土下座する自信がある」

「……ふーん」


 しかし、槍原の顔はちっとも納得してなさそうだった。

 俺は書き終えた書類を手に、生徒会室にいる日向の姿を探す。聖夜祭間近のため、生徒会長と相談しなければならないことはたくさんあった。


「日向、ちょっといいか」

「――っ」


 ただ声をかけただけなのに、日向が息を呑むのが俺でも分かった。

 日向は動揺を隠そうとするような、ぎこちない笑みを俺に向ける。


「……うん。何か、用かな?」

「美術部が作ってくれた特製アーチが完成したんだけど、思ったより費用がかかったみたいでさ。どこか予算を削らなきゃいけないから、その相談がしたかったんだけど」

「ごめん、今はちょっと手が離せなくて。後で書類だけ確認してからメッセージ送るから、それでもいい?」

「……そうだよな、この時期なら会長が忙しいのは当然だし。分かった、待ってるよ」


 書類だけ置いて席に戻る。その際、槍原が「ほらやっぱり言った通りじゃん」とでも言いたげに俺を見ていた。


 槍原が言ったことは、あながち間違いじゃない。

 日向が、月乃と付き合ってもいい、と言ったあの夜から、俺と日向はいつも通りの関係に戻ることが出来なくなっていた。


 一番の大きな変化は、帰宅して二人きりになった後だ。

 明らかに、日向は俺との会話を拒むようになっていた。

 たとえば、一緒に食事をしている時。日向は自分から会話をすることなく、俺が話しかけるまで黙々と食事をするようになった。いつもなら、日向の方からたくさん話しかけてくれるのに。


 まるで、一つ屋根の下で他人同士が暮らしているみたいだ。

 その理由は多分、俺と家族でいることに負い目を感じてるから、だろうな。

 俺と家族として一緒に暮らしているから、月乃の想いが叶わない。そう自分自身を責めているから。


「槍原さん。手伝って欲しいことがあるんだけど、いいかな」


 会計の仕事をしていると、日向が槍原を呼び止める声が聞こえた。


「聖夜祭で使うテントの数を確認したいんだけど、一緒に来て欲しいんだ」

「ウチですか? あー、でも今からクラスの模擬店に行かなきゃなんですよねー。今年は猫カフェするんですけど、アドバイザーとしてウチが必要なんで」

「そうなんだ。全然大丈夫だよ? じゃあ別の人に――」

「だから、ウチの代わりに悠人パイセンとかどうですか?」


 思わず、書類から顔を上げた。

 小悪魔のような笑みを浮かべる槍原と、目を丸くした日向が、こちらを見ていた。


「ちょうど手が空いてるみたいですし。ねっ、パイセン?」

「えっ……俺?」

「もちろん、行ってくれますよね? 可愛い後輩のお願いですもん」

「あ、ああ。別に、断る理由もないけど」


 後輩の圧に負けてつい頷くと、槍原は無邪気に笑いかけた。


「だから、パイセンって大好きです。じゃ、お願いしますね?」

「や、槍原さん……っ!?」


 日向の呼び声にも振り返らず、槍原は生徒会室から立ち去ってしまう。


「えっと、とりあえず俺と行こうか?」

「……う、うん」


     ◇            ◇            ◇


 テントが仕舞ってある倉庫に来るまで、会話なんて一切なかった。


 到着した後も、日向と交わした言葉は作業に関わる事務的なものだけ。私語をせず仕事に集中する生徒会の鑑、と言えば聞こえはいいけど、実際はただ気まずいだけだ。

 きっかけを切り出したのは、俺からだった。


「槍原、俺らのこと心配してくれてたぞ。俺と日向が明らかに距離を置いてる、って」

「……失敗しちゃったな。月乃ちゃんだけじゃなくて、生徒会の人にまで気を遣わせちゃうなんて」

「槍原が鋭すぎるんだよ。他の生徒はちっとも気づかなかったっていうのに」

「……なんかね、悠人君の前でどんな自分でいればいいか、分からなくなっちゃった」


 まるで逃避するように、日向が俺に背を向けた。


「いつもみたいに悠人君といるとね、月乃ちゃんのことを思い出しちゃうの。月乃ちゃんのことを縛り付けてる私が、悠人君と暮らしてていいのかなぁ、なんて。そう考える度に、胸の奥がね、ぎゅって痛くなるんだ」

「……日向」

「私は悠人君にとって大切な存在になりたいって思って、一緒に暮らしたいって決意したつもり。でも、そんなの間違ってたのかな」


 胸を押さえながら、日向が振り返る。

 それは日向にはちっとも似合わない、泣いてるような笑顔だった。


「もしかしたら、私は悠人君と家族になるべきじゃなかったのかな」

「――そんなことないっ!」


 倉庫の無機質な壁に、俺の声が反響する。


「俺は日向と家族になれて良かったって心の底から思ってる! 日向には助けられてばっかだし、日向の隣にいると落ち着くし、これからだって日向と一緒にいたいって心の底から思ってるんだ!……だから、家族になるべきじゃなかった、なんてそんな寂しいこと、言わないでくれよ」

「……悠人、君」


 日向の瞳の奥から、雫が頬を伝って零れ落ちる。

 その涙を拭いもせず、日向は困ったように笑った。


「やっぱり駄目だなぁ、私って。こんな時なのにね、震えるくらい悠人君の言葉が嬉しい。……でも、悠人君の優しさに甘えちゃいけないんだよね。悠人君と家族でいたいって思うほど、月乃ちゃんを不幸にするだけだから」


 日向の顔に浮かぶのは、真剣な表情。


「ばいばい、悠人君。今は、距離を置かせて。昔みたいな、同級生の頃みたいに」

「日向……っ!」


 俺とすれ違うように、日向が倉庫から去ろうとして……そこで気づく。扉の傍にある棚から、テント道具が今にも落ちそうにはみ出していた。

 けれど、日向はまるで気づいた様子はない。不安定なテント道具は日向の頭上に落ちる――その寸前、無意識に俺は日向の手を引いていた。


「――っ」


 果たしてその息を呑む音は、俺のものだったか、日向のものだったか。

 無理な体勢をしたためにお互いがバランスを崩し、もつれるように床に倒れる。背中にぶつかる衝撃に、一瞬何が起こったのか分からなかった。


「――悠人、君……?」


 真上からの声に視界が段々とはっきりして――俺も、それに日向も、呆然とした。

 薄く頬を染めた日向の顔が、吐息がかかりそうなくらい、近くにあったから。


 日向が俺に跨ったまま、お互い指先一つ動かせない。まるで恋人がベッドに押し倒されて、そのままキスをされてしまうような。そんな恋愛映画のワンシーンのような光景。

 その一瞬で、俺の頭の中は日向でいっぱいになった。


 この数日間まともに日向と会話していない現実とか、ついさっき口論した時の熱量だとか、二人の少女とこのままの関係ではいられない苦悩だとか。そういった全部が、目の前の日向に塗り潰された。

 このまま世界が止まればいいのに、なんて思ってしまうほどの陶酔感の中、俺と日向は言葉もなく見つめ合って――。


 ――ほら、またお前は日向のことを、家族以外の存在として見ている。


 頭の奥で響いたその声に、ぞっとした。

 一体俺は、何を浮かれているんだ?

 日向は初めて好きになった人だから。だから初恋を忘れられなくて、こうして日向のことを異性として意識してしまう。


 俺が日向と家族になりきれないせいで、月乃は自分の想いを押し殺しているのに。

 日向と月乃が苦しんでいるのは――俺の初恋が、終わらないからじゃないか。


「俺なら大丈夫だから。どいてくれるか、日向」

「あっ……う、うん」


 日向が立ち上がり、腹の上にあったぬくもりが消える。


「えっと、ありがと。私のこと、守ってくれて」

「いや、いいよ。これくらい平気だから。日向に怪我がなくて良かった」


 そう口にするだけで精一杯だった。

 日向は少しだけ安堵したような顔をすると、再び扉に手をかける。


「でも、これからはお互いに距離を置こう? ……仕方ないよ。私たちは元々同級生で、ずっと離れて暮らしていたんだから」


 それは、俺と日向の間に、明確に境界線が引かれた瞬間だった。

 日向を引き留めたいのに、なんて言葉をかければいいのか見つからない。


 家族と呼ぶには俺は日向のことを少女として認識し過ぎていて、同級生と呼ぶには後戻り出来ないほど大切な人になっていた。

 日向が家族でも同級生でもないのなら、一体、俺にとって日向はどんな存在なのだろう。

 そんなことさえ分からなくなっていた。

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