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第55話 お姫様抱っこ/幼馴染の距離/ホントノキモチ

 もう高校生なのに、月乃の身体は古い記憶と変わらず、羽のように軽かった。


 お姫様抱っこしていた幼馴染を、月乃の部屋のベッドに下ろす。起こしてあげた方が良いかもしれないが、穏やかな寝顔を見ているとそっとしてあげたい気持ちの方が勝ってしまう。猫を飼ってる人ってこんな気持ちかもしれない。


「抱っこされても寝たままなんて、月乃らしいっていうか」


 寝息さえかかりそうな距離で、じーっと月乃の寝顔を見つめる。

 あまりに無防備なあどけない顔立ち。透明感のある肌は、まるで西洋の名画に描かれた少女のよう。


 うん、可愛い。それも天使みたいに。


 昔なら、こんなこと絶対に思わなかった。それでも、今になって月乃の可憐さに気づくようになったのは――やっぱり、月乃を一人の少女として見ているから、なんだろうな。

 いつまでも見ていたかったけど、さっき日向が口にした言葉がずっと胸に残ったままで、現実に引き戻される。


 最後に月乃の頭をそっと撫でて、部屋を去る。

 その直前だった。


「残念。キスくらいしてくれるかな、って思ったのに」


 背後からの声にびくりとして、振り返る。

 文句でも言いたげに、むー、と頬を膨らませる月乃がそこにいた。


「最大のチャンスを逃したよ? 今ならこっそりわたしとキス出来たのに」

「そんなの無理に決まってるだろ。ていうか、月乃だって嫌だろ」

「別に、悠人ならいいよ? 悠人がしたいことなら、全部叶えてあげたいもん」

「分かった、訂正する。月乃が良くても、俺が嫌なんだ。付き合ってもない女の子にそんなラインを越えた行為をしたら、多分すごい自己嫌悪する」

「そうなんだ。じゃあ、もし悠人が無防備に寝てても、わたしもそっとしておくね」


 まさか、もし機会があったらするつもりだったのか……?

 いや、それはともかく。


「起きてるなら言ってくれれば良かったのに。いつ頃から起きてたんだ?」

「悠人が抱き上げてくれたくらいから。悠人がお姫様抱っこしてくれたのはどきどきしたけど、日向さんには悪いことしちゃった。明日謝らなきゃ」


 なら、月乃は俺と日向の会話は聞いていないのか。


「月乃が寝てる間、日向と話してたんだけどさ。日向、言ってたよ。自分のせいで俺と月乃が付き合えないことが申し訳ない、って」

「そっか、日向さんらしいね」


 月乃はベッドに腰かけて、俺を見上げるように。


「でも、仕方ないよ。日向さんのためだから。悠人だって、わたしが『聖夜の告白』に参加しないって知った時の日向さんの顔見たでしょ? 日向さん、あんなにほっとしてた」

「それは、俺も思うけど」


 だけど、だとすれば矛盾している。日向は月乃の恋が叶って欲しいと心から願っている一方で、俺が誰かと付き合って欲しくないと同じくらい祈っている。


「月乃、約束したよな。俺が告白した時、日向が俺と家族として馴染めるまで付き合うのは止めようって言ったこと。だけど、俺には追い詰められてるように見えるんだよ」

「そうだね、日向さんは優しいから。わたしたちが大丈夫って言っても、やっぱり気にして――」

「違う、日向だけじゃない。俺が追い詰められてるんじゃないかって心配してるのは、月乃のことだよ」


 驚いたように、月乃が目を大きくした。


「月乃、日向に言っただろ。わたしは日向さんから悠人を奪ったりしない、って。なんていうか、あの時の月乃は自分に言い聞かせてるみたいで……辛そうだったから」

「……どうして、そんなこと分かるの?」

「だって、幼馴染だから。俺たち、どれだけ一緒にいたと思ってるんだよ」

「……こういう時、幼馴染だと困るね。隠し事が出来ないんだもん」


 ああ、俺もそう思う。

 月乃は憂いが滲んだ表情で、


「日向さんを傷つけたくないのは、本当。だけど、悠人と特別な関係になりたいって気持ちも本当なんだ。それもね、悠人に会えば会うほど、どんどん大きくなっていくの」


 大切な何かを守るように、胸の前で月乃が手を握る。


「恋人みたいに手を繋ぎたい。恋人みたいに抱き合いたい。恋人みたいに添い寝したい。恋人みたいに甘えたい。恋人みたいにキスしたい――今まで幼馴染じゃ出来なかったことを、いっぱいいっぱい悠人としたい」

「だったら……!」


 もう、付き合ってもいいんじゃないか――そう口に出来たら、どれだけ楽か。

 今みたいにこれからも悠人君と暮らしていたい。そう口にした日向の顔が、頭に焼き付いて離れない。


 だけど、きっと何とかしなくちゃいけないのだと思う。

 このままだと、日向も月乃も、少しずつ心が軋んでいくだけだから。


「きっと、何かを変えなくちゃいけないと思うんだよ」

「……だけど、もしかしたら日向さんが傷ついちゃうかもしれないよ? それも、とっても深い傷跡を残して」

「それは、俺だって分かってる。でも今だって十分、日向も月乃も耐えてるだろ。……だったら、俺が変わらなきゃいけないんだよ」

「悠人、本気なんだ。……分かった。なら、わたしもそのつもりで悠人と話すね」


 ……どういうこと、だろうか。

 その口ぶりはまるで、今の関係を変えるきっかけを知っているかのような――。


「悠人は、今のふわふわした状況を変えたいんだよね? そのためには、わたしたちが付き合うか付き合わないか、この場で決断しなくちゃいけない」


 ああ、そうだ。

 そして俺は、月乃と付き合いたいって思っている。


「……月乃の気持ちは分かる。俺と日向の家族の関係が壊れてしまうんじゃないか、って心配してくれてるんだよな? でも、日向や月乃と相談して、付き合った後でも家族としての時間を大切にすれば――」

「違うよ、悠人。わたしが一番心配してるのは、家族としての仲じゃない」


 ――えっ?

 あまりの言葉に、声を失ってしまう。何を言っているんだ、月乃は。


「だって、月乃は俺と日向が家族になったばかりだから、って……」

「ごめん、それは建前。だって、もし真実を言っちゃったら、本当に悠人と日向さんが今までみたいに暮らすのは不可能だって思ったから」


 じっと、月乃の瞳が俺を捉えて離さない。


「日向さんを守るために付き合うべきじゃないって思ったのは、別の理由だよ。……悠人も、()()()()()()()()()()()()()()()()

「―――――――」


 月乃の言葉がまるで理解出来ない。 

                                 ――止せ

 真実とか、別の理由とか、全く分からない。

                            ――言わないでくれ

 なのに、頭が思考を拒絶している。

                     ――それを口にすればもう戻れない


「ねえ、悠人。日向さんはね――」


 いつもと変わらない感情のない表情で、月乃は口にする。

 俺が今まで必死で向き合おうとしなかった、決定的な一言を。


「日向さんは、悠人が好きなんだよ。家族じゃなくて、一人の女の子として」


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