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第54話 膝枕/付き合ってもいいよ?/日向の葛藤

 夕食が終わった後でも、月乃は俺の家でゆっくりと過ごしていた。月乃は昔から、気分で俺の家に来てくつろいだりしてるから、別段不思議な光景ではない。


 俺も二人と喋ったり、担当してる家事をこなしたり、自由に過ごしていたのだが、気が付けば月乃はソファの上でうたた寝をしていた。しかも、日向の膝枕付きで。


 そういえば、食後くらいからうとうとしてたっけ。それくらい、聖夜祭の準備を頑張ったってことだよな。


「月乃、寝落ちしちゃったのか。なんか、悪いな日向」

「別にいいよ、ちっとも迷惑じゃないから。横になってもいいよ、って言ったの私だもん。良かったら、悠人君も膝枕してあげよっか?」

「それ、本気で受け取ってもいいのか?」

「……え、えっと、うんって言われたらちょっと困るかも。でも、悠人君が望むなら全然良いよ……?」

「……いや、止めとく。多分、日向のこと変に意識しちゃうから」


 月乃を起こさないように、日向の隣に腰を下ろす。


「けど、膝枕してあげるなんて月乃のこと甘やかしすぎじゃないか? ……俺も他人のこと言えないけど」

「悠人君、世界中の誰よりも月乃ちゃんのお世話してるもんね。まるでお姫様と騎士みたい」

「そんなカッコいいもんじゃないと思うけどなぁ」

「でも、月乃ちゃんは多分、悠人君のこと誰よりも信頼してると思うよ? きっと、悠人君がいないと月乃ちゃんは生きていけないと思う」


 日向は、穏やかな寝息を立てる月乃に目を落とす。


「だけどね、それは悠人君にも言えるの。月乃ちゃんは、悠人君にとって絶対に隣にいてあげなきゃいけない存在だったんだよ」

「……俺に、月乃が?」


 それは、小さな頃から月乃に甘えられてきた俺にとって、意外な言葉だった。


「悠人君は、お母さんみたいな優しい人になりたかったんだよね。だから、誰に対しても優しくあろうとした。でも、それは月乃ちゃんみたいに、全てを委ねてくれる人が必要だったって思うんだ。例えば、悠人君の優しさを利用したり、無下にする人がいたり。そんな人たちと出会う度に、悠人君の夢って少しずつくすんじゃうと思うの」


 そっと、日向が月乃の頭を撫でる。


「でも、月乃ちゃんはいつだって、悠人君を心から頼りにしてくれた。そんな女の子が傍にいたから理想を見失わずに、悠人君は悠人君でいれたんだよ」

「……俺が、俺でいるために」

「多分、月乃ちゃんも気づいてたんじゃないかな。この人はわたしがいなくちゃダメなんだ、って。なんかね、根拠はないけどそんな気がするんだ」


 心のどこかで、俺が月乃を支えなければ、という使命感のようなものがあった。

 だけど、違うのか。

 俺もまた、月乃に支えられていたんだ。


「お姫様は騎士がいるから平穏に暮らせるし、騎士は守るべき存在のお姫様がいるからナイトらしく生きられると思うんだ。ほら、やっぱり月乃ちゃんと悠人君にぴったり。……だから、月乃ちゃんには感謝してるんだ。私、今の悠人君が好きだから」

「……そう、か」

「悠人君って、月乃ちゃんと恋人になりたいって告白したんだよね? ……いいよ、付き合っても。私のことなら気にしないで?」


 思いも寄らない言葉に、日向の瞳を真っ直ぐ見つめた。


「日向は、それでいいのか? 月乃が『聖夜の告白』に参加しないって知った時、あんなにほっとしてたのに」

「私なら大丈夫だよ――なんて、やっぱり強がりなのかなぁ」


 はにかむような、日向の笑み。


「私ね、今の生活が好き。悠人君がおはようって言ってくれたり、ご飯を美味しそうに食べてくれたり、たまに家事を手伝ってくれたり。そんな当たり前な日々が、すごく特別なことに感じるんだ。もし悠人君が月乃ちゃんと付き合って、そんな日常が壊れたら……それは、とっても怖いことだと思う」


 俺は、日向の瞳から目を離さない。離すことが出来ない。


「だけど、月乃ちゃんが悠人君のこと大好きって気持ち、すごく伝わってくるから。私のせいで二人がいつまでも幼馴染のままなんて、嫌なんだ。だから、私のことは気にしなくてもいいからね?」

「…………………」


 きっと、日向だって並大抵の覚悟で口にしてるわけじゃない。

 だけど、その日向の言葉に、素直に頷くことが出来なかった。


「やっぱり、心配しちゃうよね。悠人君って、そういう人だもん」


 まるで懺悔するように、日向が俯く。


「ごめんね。私が悠人君に甘えているから、月乃ちゃんに迷惑をかけてるんだよね。家族に恋人が出来るくらい、乗り越えなきゃいけないのに」

「謝るのは、違うと思う。誰が悪いわけでもないんだから。日向の気持ちだって、少しは分かるつもりだよ。俺も、日向が『聖夜の告白』で誰かと付き合うんじゃないかって、心配してたんだから」

「えっ……そ、そうなの?」

「日向に彼氏がいたらって思うと、落ち着かなくって。そのせいで、月乃に拗ねられちゃったけど」


 笑って欲しくて言ったつもりだったけれど、日向の表情は曇ったままだ。


「家族っていう関係が壊れて欲しくないのは、俺も日向も変わらないんだ。だから、自分だけ責めるのは止めてくれないか」

「……ありがと、悠人君」


 けれど、日向は悔いるような表情で、眠り続ける月乃に目を落とした。


「でもね、やっぱり割り切れないよ。私が変わらないと――月乃ちゃんの想いは、報われないままだから」

「……日向」

「ごめん、今日はもう部屋に戻るね。月乃ちゃんのこと、お願い」


 そっと月乃をソファに寝かせ、日向は部屋に去っていった。

 静寂の中、寂しそうに月乃に目を落とす日向の横顔が、忘れられなかった。

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