第53話 疑問と解答/心配しないで?/天使は微笑みを崩さない
「月乃ちゃんに、ずっと訊きたいことがあったの! ……聖夜祭にある、『聖夜の告白』っていうイベントのこと」
日向の一言に、俺も月乃も顔を見合わせた。
思い出すのは、月乃が訪れた時の言葉。
――日向さん、誰かに告白されるんじゃないかな。『聖夜の告白』で。
まさか、その告白されることを俺たちに相談しようとしてる……!?
「月乃ちゃんに訊きたいこと、っていうのは――」
「待ってくれ日向、それは……!」
しかし俺の言葉は間に合わず、日向は叫ぶように口にする。
「月乃ちゃんは、『聖夜の告白』で悠人君に告白するんですかっ!?」
…………待て。
今、なんて言った?
月乃が俺に告白だって?
「え、えっと、俺の聞き間違いかな。日向が告白されるんじゃなくて……?」
「……私が? どうして?」
瞬間、俺は確信した。
『聖夜の告白』で日向が誰かに告白されるなんて、ただの勘違いだったのだ。
「い、いやいや! 何でもない、気にしないでくれ。それより、月乃が俺に……?」
「悠人君、知らなかったんだ。月乃ちゃん、『聖夜の告白』に参加するんだよ?」
唖然とする俺を横目に、日向は自分の部屋から一枚の紙を持ってくる。
見覚えがある。『聖夜の告白』の参加用紙だ。
その氏名欄には確かに、小夜月乃、という名前が書かれてあった。
「参加用紙に月乃ちゃんの名前を見つけてから、ずっと落ち着かなくて。あの企画って、こっそり付き合ってる恋人たちが改めて告白するパターンもあるでしょ? 月乃ちゃんと悠人君はお互いが告白をしてるし、『聖夜の告白』をきっかけに付き合うのかなーって……」
日向がやけに月乃にそわそわしていたのは、それが理由だったのか。
「そ、それで、どうなのかな? ……月乃ちゃんは、悠人君に告白するために『聖夜の告白』に参加するの?」
日向の問いに、月乃は答えない。じっと自分の参加用紙を見つめるだけ。
もしかして月乃、本当に……?
「うん、覚えてる。確かに、『聖夜の告白』の参加用紙に名前を書いた。……でも、それは記入例として。これを提出した記憶はないよ?」
「……………………えっ?」
「右下の方に、これはサンプルです、って書いてあると思う。多分、槍原さんが間違って一緒に回収しちゃったんじゃないかな」
慌てて日向が月乃の参加用紙に目を落とす。確かにそこには、これは記入例であるという旨の一文が添えられていた。
ぱっと見でも気づくくらいの大きさだが、きっと日向は月乃の名前を見た瞬間動揺して、頭が真っ白になってしまったんだろう。
「じゃあ、月乃ちゃんは『聖夜の告白』には……?」
「悠人に告白どころか、参加するつもりすらないよ?」
「……そう、だったんだ」
そう、日向が呟いた直後だった。
張りつめていた緊張が一気に緩んだように、日向が胸を撫でおろした。
「――良かったぁ……!」
「……やっぱり、日向さんって悠人が誰かと付き合うの、嫌だったんだね」
小さい笑みを零す月乃に、日向はあわあわとして、
「あっ……そ、そうじゃなくてっ! 家族になったばっかりなのに悠人君に恋人が出来たら寂しいっていうか……!」
「大丈夫だよ? 日向さんの言いたいことなら分かるから。日向さんと悠人は家族になったばっかりだもん、二人に同じ時間を過ごして欲しいから、わたしは悠人と付き合ってないんだよ?」
そう口にする月乃の表情は、今まで見たことがないくらい、愛しそうな微笑み。
「わたしは、日向さんから悠人を奪ったりしないから。だから、心配しないで?」
「……月乃、ちゃん?」
どうして、だろう。
日向から俺を奪わない。その言葉は胸を締め付けられるように、やけに重く響いた。
「それより、ご飯食べよ? 先生の美味しい料理が冷めちゃう」
「……あ、ああ」
俺たちとの会話を拒むように月乃は箸を進める。有無を言わせない雰囲気に飲まれ、俺も日向も夕食に戻るのだった。