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第52話 尽くしたがりと甘え上手/思い出のアルバム/ずっと訊きたかったこと

 夕飯の時間、丁度良い頃合いに、日向と月乃の料理は完成した。


 月乃の料理は宣言通り肉じゃがで、日向が作ったのは鮭のムニエルとたまごスープ。和洋中全てが揃ったなかなか珍しい献立だ。

 日向曰く「作れるジャンルが増えたらそれに合う料理に興味が出るから、料理を覚えるのが楽しくなるでしょ?」とのこと。これが料理ガチ勢か。


 肉じゃがを口に運ぶ日向に、月乃が緊張した面持ちで尋ねた。


「どう、かな」

「――美味しいっ。味も見た目も良い、王道的な肉じゃがだね。料理始めたばかりなのにこれだけ作れるなんて、月乃ちゃんすごいよ」

「……そ、そう? 良かった」

「確かに、前に食べた時より上手くなってるよ。月乃、ずっと料理の練習続けてたんだな」

「……ちょっとでも、悠人に美味しいって言ってもらいたかったから」


 俺の言葉に、月乃が恥ずかしそうに俯いた……けれど、どうしてだろう。

 そんな月乃を、日向はどこか物憂げな目で見つめていた。

 けれど、それもまばたきするくらいの一瞬で、日向はいつもの表情に戻っていた。


「でも、やっぱり先生には勝てない。冷蔵庫にある食材だけで、あっという間に二品も作っちゃった」

「これでも毎日悠人君の料理作ってるから。これくらいは出来なくちゃね」

「先生、本当に凄い。おみせれ……おみそせ……?」

「おみそれしました、かな?」

「うん、それ」


 ははー、と月乃が平伏する真似をした。


 月乃が尊敬する気持ちも分かる。料理を齧る程度の俺だって、日向がどれだけ料理が上手か分かる。

 鮭のムニエルは絶妙な焼き加減でふっくらとした食感で、日向の料理なら毎日食べているのに今でもちょっと感動してしまう。あまり食に興味がない月乃でさえ、初めての日向の料理に目を輝かせて箸を進めている。


「あっ……月乃ちゃん、ちょっと動かないで?」

「……?」


 不思議そうな顔をする月乃の口元を、日向がティッシュで拭う。日向は満足そうに頷き、


「はい、取れた。月乃ちゃん、ほっぺにムニエルのソースが付いてたよ?」

「……むー、なんか辱めを受けた気分。言ってくれれば自分で取ったのに」

「不思議なんだけど月乃ちゃんって、取ってあげなきゃ! って気持ちになるんだよね。子犬を撫でてあげたくなる気持ちに似てる、っていうか」

「あー、分かるなそれ。なんか放っておけないんだよな」


 まさか、俺と同じことを思ってる人がこんなにすぐ近くにいたとは。

 前々から思ってたけど、日向と月乃はベストマッチって言って良いコンビなのかもしれない。

 尽くしたがりの日向に、甘え上手な月乃。こんなに相性が良い二人もいない。


「それに、月乃ちゃんって可愛いから。構ってあげたくなるんだよね」

「そうなの? ……日向さんにそう言ってもらえるの、嫌じゃない」


 月乃は無表情ながらも照れたような仕草をすると、


「でも、わたしにはもうお世話係がいるから。ねっ、悠人?」

「ん……まあ、そうだな。日向の前で言うのも恥ずかしいけど」


 こればかりは否定する気なんてない。誰よりも月乃の隣にいたのは、俺だ。


「……月乃ちゃんって、本当に悠人君と仲が良いんだね」

「お隣さんで、幼馴染だから。良かったら、悠人の小さい頃の写真見てみる? 幼稚園の頃から一緒にいるから、たくさんあるよ?」

「いや、それはちょっと……!」

「是非ともお願い出来るかな、月乃ちゃんっ!」


 俺の制止なんて、日向の力強い言葉の前ではあまりに無力だった。月乃は食事中にも拘らず、席を立ち自分の部屋へと去っていく。


「ちょっと待て! ほ、本当に見るのか? 昔の俺を日向に見られるなんて罰ゲームに等しいんだけど……!」

「で、でもね、もう私たち家族でしょ? 姉としては、弟がどれくらい成長したかっていうのはちゃんと把握しておくべきだと思うんだよね!」


 どういう理屈だ、それ。

 しばらくして、月乃が古ぼけたアルバムを手に戻ってくる。うん、嫌な予感しかしない。


「これは、わたしたちがまだ幼稚園児の頃。同じ幼稚園に通ってた」

「わあっ、可愛い! 月乃ちゃんって、この頃から外国人みたいな雰囲気あったんだね。悠人君は……えっ、この小さい子が悠人君!? へえ~、そうなんだぁ……」


 あの、そんなにじろじろ見られると恥ずかしいんですけど……。

 居たたまれない気持ちになりながら横から見てみると、どうやら小学生の頃のアルバムらしい。西洋人形のような月乃の隣には、無邪気に笑う俺がいた。


「これは、悠人とヒーローショーを見に行った時の。怪人がわたしを捕まえて舞台まで連れてきたら、悠人が本気にしてヒーローが来る前に助けてくれようとしたんだよね」

「あはは、悠人君にもそんな頃があったんだね」


 消えたい……今すぐここから消え去りたい……。


 けど、その日のことは俺も覚えてる。その頃から月乃は感情を表に出すのが下手で、捕まっても無表情だったから、逆に怪人が困惑してたっけ。


 ページを捲る度に、小さな頃の俺と月乃の写真があった。運動会、クリスマスパーティー、誕生日会。月乃の隣には俺がいて、俺の隣には月乃がいる。

 こんなに、月乃と一緒にいたんだな。


 やがて、卒業式の写真を最後に、小学生のアルバムが終わる……のだが、最後のページに『将来のなりたい自分』という項目がある。どうやら、小学生の最後に月乃が将来の夢を書いたらしい。

 そこにはこう書かれてある。


 ――悠人のお嫁さん。


「……えっ?」


 俺も、日向も、月乃でさえも。その一文を、ぽかんと見つめていた。

 やがて沈黙を破ったのは、ぽん、と両手を叩いた月乃。


「思い出した。これ書いたの、わたしだよ? お姉ちゃんに将来の夢はって訊かれたから、自分が一番なりたいものを書いたの」

「だ、だから、俺のお嫁さんになりたいって……?」

「うん、それがわたしの夢だったから」


 恥じらいなんて一切なく、いつもの透明な表情で月乃はそう答えた。

 ああ、そっか。この頃からずっと、月乃は俺のことを好きだったんだ。


「~~~っ。そ、そうだったんだな……」


 やばい、胸の奥から熱いものが込み上げてきて、そんな言葉しか出てこない。

 きっと、月乃がいけないのだ。俺と結婚することが夢だった、なんて。そんないつものような表情で言うから。


「月乃ちゃんって、本当に小さい頃から悠人君のこと好きだったんだね」


 振り向いてみれば、日向は穏やかな表情で月乃を見つめていた。


「うん。悠人とは、家族と同じくらい一緒にいたから」

「……なんか、月乃ちゃんが羨ましいな。好きな人がいて、その人の目の前で好きだってはっきり言えるんだから」

「……日向?」


 悲しそうに、あるいは苦しそうに。日向は月乃のアルバムに目を落とす。

 やがて、顔を上げた日向は、何か意を決したような表情をしていた。


「あ、あのねっ! 月乃ちゃんに、ずっと訊きたいことがあったの! ……聖夜祭にある、『聖夜の告白』っていうイベントのこと」


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