第43話 まるで白猫のような/なでなで、して?/幼馴染なら出来ないこと
俺の一言に、月乃は真剣な表情を浮かべていた。
「悠人は、わたしの猫耳、見てみたいの?」
「えっ……ま、まあ。月乃の猫耳なんて見たことないし。それに猫への愛は本物だしな、うん」
「そっか。……うん、分かった。悠人が見たいなら、頑張る」
それは、俺のために、と言ってくれてるみたいで。胸が鳴るのが自分で分かった。
一度だけ深呼吸をして、月乃はゆっくりと猫耳をつけると――。
「――どう、かな」
「あ、ああ……びっくりするくらい、似合ってる」
それが、自然に口から出た素直な感想だ。
神秘的な髪の色と可愛らしい猫耳、そして可憐な顔立ち。その姿はまるで、由緒正しい血統書を持つ白猫のよう。
あまりに愛くるしく、あまりに幻想的だった。
「その、月乃って猫みたいだな、って思う時もあるし。えっと……可愛いよ、すごく」
「――っ」
一瞬で、ぼっ、と月乃の顔が赤くなった。
ああ、そっか。こんなに真面目に、可愛い、なんて言葉言ったことないもんな。
俺と月乃は、幼馴染でしかなかったんだから。
「そ、そっか。……えと、ありがと」
月乃は頬を染めたまま、上目遣いで俺を見ると、
「ねえ、もし良かったら――頭、撫でて欲しい。猫みたいに、優しく」
「えっ!? い、いやでも、槍原もいるし――」
「それは、大丈夫。……槍原さん、今はいないから」
………………はい?
見れば、月乃の言葉通り、槍原がいた席には誰もいなかった。
さっきまで確かにいたのに、いつの間に……!?
「ねっ、悠人。……お願い」
「…………」
月乃が口にする、お願いという言葉の意味なら、俺だってよく理解してる。それに、頭を撫でるくらいどうってことないじゃないか。
だって、これはデートなんだから。
「……わ、分かった。別に、これくらい普通だもんな」
「うん、気にしないでいいよ? 今のわたしは、ただの猫だから」
そう、月乃は猫だ。そう思い込むことにしよう。
そっと、大切な宝物に触れるように、月乃の頭を撫でる。
思わず溜め息が零れそうなくらい、さらさらした髪。月乃はまるで本物の猫のように、くー、と気持ち良さそうに目を細めた。
「……あれ、意外と大丈夫だな。もっと恥ずかしいかなって思ってたけど」
「悠人、平気なの?」
「考えてみれば月乃の頭を撫でるなんて初めてじゃないしな。幼馴染でお隣さんだから、こういうのあんまり抵抗なかったし」
「……むー」
俺のいつもと変わらない反応に、不満げに頬を膨らませる月乃。すると、
「じゃあ、別のことしてみる? 今まで幼馴染同士だと出来なかったようなこと」
「なるほど。まあ、今日は特別な日だし良いけど……例えば?」
「えっと、本物の猫なら頭を撫でる以外に――耳を触ったりしたら、喜ぶよ?」
「えっ……」
それってつまり、俺が月乃の耳を触る、ってこと……?
い、いや、別に全然健全なとこだけど。でもなんだろう、付き合ってもいない男女がしていいスキンシップじゃないような気が……。
「わたしは、悠人ならいいよ? 大丈夫、ただの猫だって思えば平気だから」
「……そ、そうか」
羞恥心は否めない。けど、月乃が望んでいるのなら。
月乃の髪の毛から、耳へと指を移す。もちろん猫耳じゃなくて、本物の月乃の耳だ。
何も恥ずかしがることなんてない。だって、ただの耳なんだから。
そう自分に言い聞かせて、ふに、と耳を撫でて――
「ふあっ――」
月乃が零した甘い吐息に、一瞬頭が真っ白になった。
「ど、どうした? もしかして痛かったか?」
「……ううん、大丈夫。ちょっと、くすぐったかっただけだから」
「そ、そっか」
続けて、月乃の柔らかい耳に触れる。
ふにふに、と優しくつまむ度に、月乃は「んっ」と小さな声を零す。
今の月乃からは普段の無表情が消え、代わりに快感を我慢するような顔をしていた。こんな月乃、今まで見たことない。
……なんだろ。何だか、とてもイケないことをしてるような気がする。
身体が熱くなるのを感じて、俺は月乃の耳から指を離した。
「な、なあ、もういいだろ。そろそろ止めにしないか?」
「……うん、そうだね」
わずかに赤らんだ顔で、ふう、と月乃が呼吸を整える。
「耳ってこんなにくすぐったいんだ、誰かに触られるなんて初めてだから知らなかった。……ねえ、他にも猫が触られて喜ぶ場所があるんだけど」
「まだあるのかよ……。ちなみに、それってどこだよ?」
「おしりの辺り。とんとんって触ってあげると、気持ち良さそうにするんだよ?」
「出来るかあっ、んなもん!」
思わず、全力で声が出てた。
そんな俺に、くす、と月乃が小さく笑った。
「じゃあ、止めとこっか。わたしは照れた悠人が見れただけで満足だから。……だって、幼馴染としてじゃなくて、女の子として見てくれたってことだもん」
「……それは、否定しないけど」
言いたいことは色々あるけど、まあいっか。
月乃が喜んでくれたのだ。デートとして、これ以上の成功はないだろうし。
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