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第37話 元同級生と/幼馴染と/俺と

 日向にとっては家族として、そして月乃にとっては一人の異性として、ゆるやかに俺の日々は過ぎていく。


 って言っても、傍目から見れば大きな変化があったわけじゃない。日向が率先して家事をしてくれたり、俺が月乃のお世話をしたり。今までと変わらない日常だ。

 だから、今だって。俺はこうして、月乃の夕食を作っている。


「悠人、今日のご飯はなに?」

「んー、サバの味噌煮。魚料理って面倒だから避けてたんだけど、日向の料理を食べてると俺も作れる料理増やさなきゃなーって。まずは簡単なやつから挑戦してるんだ」

「そうなんだ。頑張ってね、悠人のこと応援してるから」

「……気持ちは嬉しいけど、そう見つめられると手元が狂いそうなんだけどな」


 さっきから、月乃はキッチンまで運んだ椅子に座って、まるで鑑賞でもするように俺のことをじ~っと見つめていた。


「気にしないで。悠人が料理するとこを見るのが好きなだけだから」

「幼馴染ながら、変わった趣味してるな」

「そうかな。料理をしてる悠人って、カッコいいって思うんだけどな」

「………………そ、そっか」

「あっ、今照れたでしょ?」

「……そりゃそうだろ、そんな真顔で褒められることあんまり無いんだから」


 そう言い訳する俺を、月乃は満足そうに微笑むのだった。

 料理が完成すると、時刻は六時に差し掛かろうとしてた。そろそろ帰らなければならない時間だ。


「じゃあな。また明日にでも料理の感想聞かせてくれ。……ああ、そうだ」


 見送ってくれる月乃に、振り返る。


「良かったらさ、今度二人で何処か行かないか」

「えっ……わたしが、悠人と?」

「この間は日向と出掛けたし、月乃とも遊びに行くのも悪くないかなって」

「……それって、幼馴染として?」

「いや、違う。この前も言った通りさ、俺は月乃のことをもっと知りたいんだよ。そうだな、幼馴染っていうよりは……同級生として、月乃と何処かに行ってみたい」

「……~~っ」


 かあっ、と月乃の頬が朱に染まり、思わず胸の中で笑う。

 いつも月乃に甘えられていいようにされてたけど、逆に俺から誘ったら、こんな風に顔を真っ赤にするんだな。


「悠人と、お出かけ……う、うん。考えとく。じゃあね、ばいばい」


 頬を緩める月乃に別れを告げ、俺は部屋を去った。



                   ◇



 悠人君が我が家に帰ってきたのは、さあ今日も悠人君のために夕飯を作ろう、とエプロンを付けた時だった。


「あっ、おかえり。……えへへ」

「うん、ただいま」


 つい頬を緩ませて、私は悠人君に喋り掛ける。


「ごめんね、もうちょっと料理に時間がかかりそうなんだ。少しだけ待っててくれる?」

「ん、了解。代わりに、何かしようか? 風呂の準備とか、掃除とか」

「それなら大体終わってるから大丈夫だよ? 悠人君はゆっくりしててもいいから」

「……凄いな、相変わらずこっちが申し訳なるくらいの手際の良さだな。ありがとな。何か手伝って欲しいことあるなら、何でも言ってくれていいから」


 そこで、悠人君は躊躇うように口ごもる。

 けれどそれも一瞬、わずかに照れたように言葉にした。


「俺は、日向の家族だから」

「……うん、ありがと。無理なんてしてないから、気にしないで?」


 悠人君が口にする家族という単語は、とても優しい響きをしていた。

 うん、これでいいんだ。


 私が小さな頃に出会ったユキちゃんだったことも、再会するまでずっと初恋をしていたことも。全部秘密にしたまま、悠人君のお姉ちゃんとして一緒に暮らしていく。

 そんな日々が愛しいって、胸を張って言える。


「うん、出来た」


 数十分後、夕飯が完成してエプロンを外す。悠人君を呼びに部屋の前まで行こうとして、けれどリビングで足を止めた。

 悠人君がスマホを手にしたまま、ソファでうたた寝をしてたから。


 月乃ちゃんの料理を作り終えて、疲れちゃったのかな。二人暮らしを始めた時はお互い気を遣ってたから、悠人君のこんな無防備な姿なんて初めてだ。気持ち良さそうに寝息を立てていて、きっと今なら何をしても気づかない――……。


 ………………何を、しても。

 小さく、心臓が跳ねた。


 呼吸を抑えて、そっと悠人君に近寄る。目の前にある悠人君のあどけない寝顔に、鼓動が大きくなっていくのが分かる。


 月乃ちゃんが悠人君と付き合わないのは私への優しさで、それは今だけの話だ。

 いつか、悠人君はきっと、月乃ちゃんの彼氏になると思う。


 でも、私には悠人君に告白する権利すらなくて……だからこそ、少しくらいなら。悠人君が知らないところで、思い出を作るくらいなら。


 だって、私は悠人君の家族なんだもん。

 お姉ちゃんが弟にいたずらをするくらい、普通だよね。


「――――――」


 少しずつ、悠人君の口元に顔を寄せる。心臓の音が悠人君に聴こえるんじゃないかって心配になるくらいうるさい。


 まるで映画のワンシーンみたいに、ほんのちょっと近づくだけで重なる距離。

 ぎゅっと手を握って、私は優しく初めてのキスを――。


「――日向」


 心臓が、止まったかと思った。

 全身が凍り付いて身動き一つ取れない。けれど幸いなことに、悠人君は目を覚まさず眠ったままだ。


 もしかして、寝言で私の名前を……? 

 そう気づいた瞬間、夢から覚めた気分だった。


(……バカだな、私って)


 こんなの、絶対に許されないのに。

 危なかった、あとちょっとでも理性が溶けてたら、本当に実行してしまうところだった――そう、悠人君から離れようとした時だ。

 小さく、悠人君が瞼を開けた。



                  ◆



 霞んだ視界に真っ先に映ったのは、俺を見下ろす少女の顔。


 けれど、それも一瞬だった。少女は弾かれたみたいに俺から離れ、目に映るのは我が家の天井……そこでようやく、ぼやけた意識がはっきりとしだした。

 ああ、そっか。料理が出来るまでスマホを弄ってて、そのまま寝落ちしたのか。


「お、おはよ。そんなとこで寝てたら、風邪ひいちゃうよ?」


 視線を移せば、離れた場所で日向がこっちを見ていた。

 けれど、何故だろう。やけに日向がそわそわしているような。


「ん……ああ、悪い。つい寝ちゃったみたいだ」


 けど、起きる瞬間に見たあの光景は何だったんだろう。

 まるでおぼろげな夢みたいにはっきりとしない。あと数分もすれば、綺麗に俺の記憶から消えてしまうだろう。


 だけど、ほんのわずかに覚えてる。

 吐息がかかりそうなくらい、日向が顔を近寄せていて。そして日向は、まるで恋する乙女のように、頬を染めていたような……。


「そ、それより悠人君、夕飯ならもう出来たよ。一緒に食べよ?」

「あっ……うん、そうだな」


 ソファから起き上がり、日向と一緒に夕食が並んだテーブルに座る。

 そして、日向と暮らし始めてから一度も欠かしたことのない言葉を口にした。


「今日の料理も美味しそうだな。いただきます」

「……うん、どうぞ」


 そして、日向は――俺の家族は、はにかむように微笑むのだった。

ここまで読んで頂いてありがとございました!


とりあえず、悠人と日向と月乃の物語はここで一段落です

一応、続きの構想もあるし書きたいのですけど、現段階だと全っっっく原稿として進んでいないので、時間がかかるかと思います。ごめんね。


なので、原稿の目処がついたら活動報告で連絡させてもらおうと思います。

改めて、読了ありがとうございました。

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