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初恋だった同級生が家族になってから、幼馴染がやけに甘えてくる  作者: 弥生志郎
1章 ⑦今日だけは、片思いの二人として
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第36話 星空/悠人の決意/日向と月乃

 星が瞬く夜空の下、日向と肩を並べて我が家へと帰路につく。


「今日は楽しかったなぁ。遊園地でこんなにはしゃいだの、久しぶりかも。ねえ、今度また一緒に何処か行こうよ。水族館とか、動物園とか」

「いいな、それ。けどその時は、今日みたいな一日にならないだろうな。だって、家族として一緒に遊ぶことになるんだから」

「……うん、そうだね」


 街灯に照らされた日向の横顔は、どこか寂し気だった。


「ねえ。悠人君の初恋は、これで終わったの?」

「……少なくとも、俺の中で結論は出たつもり。だから、日向は何も心配しなくていいよ。明日、俺は日向の家族として一緒に暮らしていくから」


 やがてマンションに到着し、俺たちは自分の家の前に立つ。

 この扉の先に行けば、俺たちのデートは終わりだ。俺にとって日向は片思いをしていた同級生から、家族思いの姉になる。


 躊躇うように、名残惜しそうに。日向が部屋の鍵を取り出す。

 扉を開ける日向に、俺は口を開いた。


「ごめん、俺はまだ帰れない。……今すぐ、会って話をしないといけない人がいるから。日向は先に帰っててくれるか」


 日向が呆気に取られたような表情をしたのは、一瞬だった。


「そっか……うん、分かった。悠人君のこと、待ってるから」

「ああ。……今日のデート、楽しかった。ありがとな」

「……そんなの、こちらこそ、だよ?」


 扉が閉まり、ゆっくりと息を吐く。頭の中に木霊するのは、さっきの日向の問い。

 ――悠人君の初恋は、これで終わったの?

 その答えを、俺はあいつに伝えなきゃならない。


 隣の部屋まで歩き、インターホンを押す。扉が開いたのは、そのすぐ後のことだ。

 月乃が、俺を迎えてくれた。


「よっ。約束通り、一番に会いに来たぞ」

「日向さんとのデート、どうだった?」

「………………」

「そんな困った顔しなくてもいいよ? ちょっといじわるしただけだから。もし楽しかったとしても、わたしに言えるわけないもんね」


 月乃に誘われるまま、リビングに上がる。


「悠人は、あの日の答えを聞かせてくれるんだよね? ……じゃあ、改めて言わなきゃダメだよね」


 神秘的な瞳で、俺を見つめる月乃。

 その表情は、あの日。俺に告白をした時と同じくらい真剣だった。


「悠人、好き――ずっと前から、あなたが好きでした」


 それは、日向が幼馴染としてではなく、一人の少女として俺に告げた言葉。

 俺はその返事をずっと待たせてしまったけど、それも終わりだ。

 伝えなければ。俺が日向と家族になるために同じ時間を過ごした、その答えを。


「……月乃。俺は――」


 迷いなく、躊躇いなく、はっきりと口にする。


「俺も、月乃が好きです――俺と、付き合ってください」



                  ◇



 耳に痛いくらいの夜の静寂が、部屋の中に満ちていた。


 私は一人、ふわしばのぬいぐるみを抱いたままベッドに寝転がり、自分の部屋の天井を眺めている。お風呂の準備もした、食洗器で洗った食器の片付けもした。やることが無くなった途端、一気に心細くなってしまった。


 悠人君が月乃ちゃんに会いに行ったことくらい、私にだって分かる。

 きっと、私には立ち入ることも出来ない会話――月乃ちゃんの告白について、二人が話してることだって。


(そうだよね。もし今日のデートで、悠人君が私への初恋を終わらせたんだったら……月乃ちゃんの告白に、答えないといけないもんね)


 鉛を呑み込んだみたいに、胸が苦しい。

 悠人君と家族として生きるって決めたのは、私だ。悠人君と暮らすためにこの家を訪れた時は、喜びすらあった。

 それは、今でも変わらない。悠人君の家族になれて良かったって心から思ってる。


 だけど、もし。悠人君と月乃ちゃんが付き合ったら。

 それは、嫌だな――すごく嫌だ。

 そんな風に思う権利なんて、家族として生きるって決意した私にはないのに。


「……悠人君」


 瞼の奥に涙の気配が込み上げて、ぎゅっとふわしばを抱きしめた時だ。

 玄関の扉が開く音がして、私は弾かれたように飛び起きた。

 焦る気持ちを抑えてリビングに行くと、ソファに腰を下ろす悠人君がいた。


「……月乃ちゃんとお喋りは、もういいの?」

「うん、まあな。伝えたいことは全部言ったから。……月乃、日向に感謝してたぞ。悠人のデートに付き合ってくれてありがとう、って」

「いいよ、そんなの。本当に辛いのは、月乃ちゃんの方だったんだから」

「そうだな、月乃にはずっと答えを先延ばしにしてたし。……でも、もう日向への初恋にケジメは付けたから」


 全身が凍り付いたみたいに、硬直した。


「なあ、日向。月乃の告白だけど――」


 止めて、その先は言わないで。

 もし、月乃ちゃんと特別な関係になった、なんて言葉を聞いてしまったら――。


「待って、悠人君――!」

「今はまだ、付き合えないって言われた。……どうやら俺は、月乃にフラれたらしい」

「…………えっ?」


 その瞬間、その場に崩れ落ちそうなくらい、全身から緊張が抜けた。

 月乃ちゃんと、付き合わない? 

 そう胸の中で呟く私を見つめる悠人君の表情は、今まで見たことがないくらい、真剣だった。



                 ◆



「付き合ってください、って……悠人、そう言ったの?」

「ああ。こんな俺なんかで良ければ、だけど」


 これから交際するというのに、不思議なくらい羞恥はない。

 それくらい、月乃と共にいた時間が長かったから、だろうか。


「そっか、そうなんだ。じゃあ悠人は、日向さんへの初恋が終わったんだね」

「それは、違うと思う。多分だけど、日向が好きだっていう俺の気持ちは、変わってないんだ」

「…………えっ?」


 驚きに染まる表情をする月乃に、俺ははっきりと口にする。


「今日、日向と特別な時間を過ごして気づいたんだ。やっぱり、俺はどうしたって日向って女の子が好きなんだって。その気持ちだけは、絶対に変わらない。誤魔化すことなんて出来ない」


 日向にとって特別な相手として、二人きりで出掛ける。その夢さえ叶えれたなら、未練なくこの恋心を諦めて、家族として一緒に生きることが出来るって思ってた。

 でも、そうじゃなかった。今でも、日向といると胸が高鳴ってしまう自分がいる。


 けど、それは当然だったんだ。日向が同級生だろうと、生徒会長だろうと、あるいは家族だろうと。その全部が日向っていう、俺が片思いをした少女だ。


 だから、日向といる限り、きっとこの想いが消えることはないんだと思う。

 同級生だろうと、家族だろうと、日向は日向なんだから。


「だからさ、分かったんだ。日向への初恋がずっと続くっていうなら、そのままの俺で日向を家族として愛そうって」

「じゃあ、悠人は日向さんを恋人にするのを諦めた、ってこと?」

「そうだな。要するに、俺は開き直ったんだ。初恋が叶わないし忘れられないなら、そのままの俺で日向と家族でいたい。それが、俺の答えだ」

「……悠人、初めてわたしが告白した時よりもずっと、すっきりした顔してる」


 そうかもしれない。不思議と、今は心が軽い。


「日向さんには感謝しないと。日向さんが悠人に付き合ってあげたから、やっと悠人の初恋に決着がついたんだもん」


 月乃は、俺をじっと見つめると、


「だから、わたしと付き合うって言ってくれたの?」

「もう迷いは消えたからな。だから、改めてお願いします――俺と、付き合ってください」


 これでもう、俺と月乃は今までみたいな幼馴染じゃいられない。

 やがて、月乃の桜色のくちびるがゆっくりと動く。


「ごめんなさい――悠人とは、まだ付き合えません」


 ……………………………。

 ん?


「えっと、気のせいだよな? 今、付き合えないって……」

「言葉通りだよ? わたしは、悠人と恋人になりたいって思ってないんだ。だってわたしは、悠人のことを好きって言っただけだよ? 付き合いたい、なんて一言も言ってないもん」

「――ええっ!?」


 いやでも、今までだって俺と特別な存在になりたいとか、そういうこと言ってたのに。

 っていうか、月乃と恋人になるんだっていう俺の覚悟は……!?


「悠人が好きって気持ちは、今も変わらないよ? だから、もし悠人の想い次第だったら、付き合いたいって真剣に思ってる」

「……俺の、想い次第?」

「だって悠人は、わたしを幼馴染として好きって言ってくれてるから。……少しずつ、悠人はわたしのことを女の子として見てくれてるけど。その気持ちがまだふわふわしてる間は、悠人と付き合えない」


 思わず絶句するが、同時に不思議なくらい月乃の言葉を受け止めてる自分がいる。

 今まで無意識だったけれど、月乃の言葉は的を得ているのかもしれない。


 俺にとって日向は、今日を境に『同級生』から『家族』になった。

 けど月乃は、俺にとってはまだ『幼馴染』……月乃が望む、『一人の少女』として、関係を築けていない。


「いや、だけど。だからこそ、俺は月乃と付き合いたいって思ってるんだ」

「……どうして?」

「月乃のこと、もっと知りたいから。たとえ幼馴染同士でも、恋人の関係になればいつか月乃を一人の少女として好きになるかもしれないから。……そんな月乃を、俺は今まで何度も見てきたんだ」


 月乃が俺に告白をしたあの日から、彼女は一人の少女として俺に接してきた。

 それは、小さい頃から一緒にいた俺ですら知らない月乃の一面で、そんな少女に心が惹かれている自分がいた。


「だから、今はまだ幼馴染同士かもしれない。それでも、いつか恋に変わるかもしれないから――俺と、付き合って欲しいんだよ」

「………………」


 まるで夢見る乙女のような、ぽーっとした月乃の表情。

 けれど、彼女は寂しそうに首を振る。


「悠人の言葉は、とても嬉しい。でも、今はまだ悠人の気持ちには応えられない」

「……今はまだ?」

「だって、悠人には日向さんがいるから。……日向さんはまだ、悠人と家族になったばかりだから。わたしが悠人と付き合って、今の悠人と日向さんの関係を壊したくないんだ」


 日向が心配だから。

 それだけの理由で、俺と付き合うことを今はまだ諦めてくれるのか。


「日向さんが今の二人暮らしに慣れるまで、悠人とはは恋人関係にはなれない。だけど、今までみたいに幼馴染でいたくない。……だから、ね。もう少しだけ、一人の女の子として悠人の傍にいさせて欲しい」


 上目遣いで俺を見つめる、月乃の揺れる瞳。


「そうすれば、いつか悠人が日向さんといる時くらい、わたしにどきどきしてくれるかもしれないから。……ダメ、かな」

「……はは」


 今まで俺は、月乃のことを家族と同じくらい大切に思ってた。

 だからこそ、月乃の想いに向き合うためには。幼馴染でも恋人でもなく、俺も一人の少年として、月乃の傍にいるべきなんだろうな。


「そんなの、俺に断る権利なんてないだろ? だって俺は、月乃のお願いはどんなことでも叶える、って約束したんだから」

「……うん、そうだね」


 そして、月乃は天使のように可愛らしく微笑むのだった。


「覚悟してね? 悠人はわたしの幼馴染で、お世話係で、それにこの世界で一番好きな人だもん――これからも、たくさん甘えるから」


                 ◆


「……そう、なんだ。月乃ちゃんが、私のために」


 日向がそう呟くと、崩れるようにぺたんとその場に座った。


「日向……?」

「……えっと、ね。私のせいで月乃ちゃんが悠人君と付き合えないってこと、凄く悪いなって思ってるんだよ? でも――でもね」


 そして、日向は今にも泣きそうな顔で笑う。


「どうしようもないくらい、ほっとしてる。……悠人君と今までの関係でいれるんだって」

「……うん、そうだな。俺も、日向との二人暮らしは気に入ってたし」


 きっと、ここが俺たちの再出発だ。

 日向への初恋に区切りをつけて、俺は彼女と家族として寄り添って生きていく。


 ……ああ、そうだ。

 日向が家族だっていうなら、彼女に言わなきゃいけない言葉がある。

 いつもこの家に帰る度に、真っ先に日向に口にしてる言葉。


「そういえばさ、言い忘れたことがあるんだ」


 座り込んだ日向を起こすように、手を差し伸べる。


「ただいま、日向」

「――うん。おかえり、悠人君」


 そして、日向は笑顔で俺の手を掴む。……うん、やっぱり日向はこんな風に優しく笑ってる方が似合ってる。


 日向は向日葵の女神で、俺が片思いをする少女で――俺の家族、なんだから。

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次回、エピローグ

もうちょっとだけ続きます

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