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初恋だった同級生が家族になってから、幼馴染がやけに甘えてくる  作者: 弥生志郎
1章 ⑦今日だけは、片思いの二人として
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第34話 初めてのデート/ユキちゃん/女神は優しい嘘をつく

 ぎこちない空気のまま、俺たちが向かったのはコースター系のアトラクション。普段なら日向が色々喋りかけてくれるのに、列に並んでる間、不自然なくらい彼女は無言だった。

 やがて俺たちの番が来て、吊り下げ型のシートに固定される。


「うわ、何か空中ブランコに乗ってる気分。浮遊感半端ないな。……日向、大丈夫? なんか、この世の終わりみたいな顔してるけど……」

「……あ、あはは。ちょっと怖いかも。こういうのって、実際に乗ると緊張しちゃうね」


 宙に吊るされた姿勢で、コースターが動き出す。コースの頂上を目指してゆっくりと登る、まだカウントダウンの段階。けれど頂上に近づく度に恐怖は増していき――。

 ぽつりと、日向が呟いた。


「ねえ、悠人君。もう一度確認するけど、これってデートで良いんだよね? 姉弟じゃなくて、同級生として」

「えっ――うん、そうだな。俺はそのつもりで、日向を誘ったけど」

「じゃあ、ちょっとくらい甘えても、許してくれるよね?」


 日向が恥ずかしそうに口にするのと、俺の右手がぬくもりに包まれたのは、同時だった。

 日向が、俺の手を繋いだ。

 それも指を絡めるような、まるで恋人同士でしかしないような甘い繋ぎ方。


「日向……?」

「怖いから、手を繋いでて欲しい。悠人君が隣にいるって感じられたら、きっと耐えられると思うから。……ダメ?」


 ずるい、って思う。

 日向にそんなお願いされるような顔されたら、断れるわけがない。


「……あ、ああ。それで、日向が安心出来るなら」


 日向と、手を繋いでる。

 さっきまでは上昇する恐怖心しかなかったはずなのに、今は右手以外の感覚が消えてしまったように、日向のぬくもりしか分からない。


 やがて坂道を上り終え、壮観な景色が視界いっぱいに広がる。

 けれどそれも一瞬、世界が反転するように落下を初めて――。


「私のこと、離しちゃやだよ? ……私も悠人君のこと、離さないから」


 日向の囁き声が、微かに聞こえた。

 ……そこから先は、破茶滅茶だった。

 半回転したり、あと全回転したり。文字通り縦横無尽に動き回って、どんな風にレールを走ったかすら定かじゃない。


 ただ一つ言えるのは、日向の手は絶対に離さなかったってことくらいだ。

 コースターを降りた後も、日向は俺の手を離してくれない。

 恥ずかしくてどうにかなってしまいそうだけど、日向は顔を伏せていて声をかけれる雰囲気じゃない。男の俺でも結構怖かったしな……と心配になった時、日向が顔を上げる。


 その表情は、無邪気な笑顔だった。


「あー、怖かったぁ! まだ胸がどきどきしてる!」


 そこで、ようやく状況に気づいたらしい。日向はぱっと手を離すと、


「あっ……ご、ごめんね。迷惑じゃなかった……?」

「い、いや、全然。繋いでも良いって言ったのは、俺の方だし」


 やばい、自分でも分かるくらい動揺してる。

 一呼吸置いて、気分を落ち着かせてから日向に話しかける。


「でも、日向が楽しんでくれて良かった。絶叫系、結構好きなんだな」

「うん、友達ともよく乗るんだ。それに、いつかこれに乗りたいって思ってたから、ちょっと感動しちゃった! 子どもの頃は身長が全然足りなくて乗れなかったもん」

「えっ、日向ってこの遊園地に来たことあるのか!?」


 日向は、はっと顔を強張らせると、


「う、うん。小さな頃に一度だけ、だけど」

「そうなのか! 俺も子どもの頃に何度もここに来てるから、思い出の場所なんだ。いつか日向と来たいって思ってたから、何か嬉しいよ」

「……そんなに、大切な思い出があるの?」

「うん、まあ。初めて母さんが俺を連れて来てくれたのがこの遊園地だし、小学生の頃は月乃と遊んだこともあるし。それに一度しか会えなかったけど、友達も出来たから」

「……とも、だち」


 思い出す。親父に、一緒に遊んで欲しい子がいる、ってここに来たあの日のこと。

 まるで迷子になったみたいに、とても寂しそうにしてた女の子。


 あの日、この遊園地で出会って、その娘を笑顔にしたくて一緒にアトラクションに乗った。初めは俺の顔も見てくれなかったのに、あれに乗りたいって俺の手を引っ張ってくれた時は、飛び上がりそうなくらい嬉しかった。


 あの時にプレゼントしたぬいぐるみ、今でも持っててくれてるかな。


「元気にしてるかな、ユキちゃん。……また、会ってみたいな」

「――――――」


 遠い思い出に浸りかけたその時、思わず言葉を失った。

 日向の瞳から、静かに一筋の涙が零れていたから。


                  ◇


 本当は、泣いたら駄目なのに。悠人君を困らせてしまうだけなのに。

悠人君の口から、ユキちゃん、って言葉が出た瞬間から、涙があふれて止まらなかった。


「そっか――また会いたい、かあ」


 覚えててくれた。覚えててくれた。覚えててくれた!

 一〇数年間、ずっと想い続けてた男の子が、私のことを忘れないでくれていた。ただそれだけのことなのに、言葉に出来ないくらいの激情に、頭がじんと甘く痺れてる。


 悠人君にとって小さな頃の私は、何処にでもいる女の子の一人じゃなかった。

 それだけで、全部が報われたような気さえした。


「日向……? まさか――」


 愕然としたような表情で、悠人君が口にする。


「ユキちゃん、なのか……?」


 果たして、どれだけの時間が流れただろう。遠くから楽しそうな声が聞こえてくるなかで、私と悠人君はずっと見つめ合い――うん、決めた。


 ごめんね、悠人君。

 そして、私は悠人君に、嘘をついた。


「ユキちゃんって、誰のこと? ……私には、分からないな」


 悠人君が、ぽかんと私を見つめていた。


 でも、これでいいんだ。

 だって、もし私がユキちゃんで悠人君が憧れの人だったって告白したら――私が悠人君が好きだって、バレちゃうかもしれないから。


 だから、これからも悠人君と家族でいるためには、きっとこれが一番良いんだ。


「えっ……じゃ、じゃあ、日向がいきなり泣き出したのって……?」

「さあ、どうしてかな。悠人君には教えてあげない」


 まるで卒業式の日みたいに、不思議なくらい心が清々しい。

 青空の下、私はこの思い出の遊園地で思いっきり身体を伸ばすと、


「ねえ、次は何に乗ろっか?」


 指先で涙を拭い、悠人君に微笑みかける。


「まだまだデートはこれからだもん。……今日は、忘れられない一日にしてね?」


 悠人君の優しい笑顔を見た時から、分かってしまった。

 私はやっぱり、悠人君が好き。


 きっとこの気持ちを抱えたまま、私は悠人君と家族として生きていくんだろうな。この初恋がいつ終わるのか分からないけど、また苦しくてどうにかなりそうな時だってあると思う。


 けど、今だけは。この瞬間だけは。

 悠人君に片思いする女の子として、一緒にいたかった。

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