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初恋だった同級生が家族になってから、幼馴染がやけに甘えてくる  作者: 弥生志郎
1章 ⑥月乃の願い、日向の想い
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第32話 日向の過去②/小さな少女の冒険/それを恋と呼ばせて

 それから、わたしは過ぎた時間を取り戻すように、その男の子とたくさんのアトラクションを巡った。


 気球の乗り物にも乗った、汽車のコースターにも乗った、お化け屋敷も怖かったけど入った。ちょっとだけ泣いた。

 こんなにたくさん笑ったの、久しぶりだった。


「……遊園地って、こんなに楽しいとこだったんだ」

「そうだよね。ぼくも初めての時は、家に帰っても寝れないくらい興奮してたもん。あの時はお母さんもいて、すごく楽しかったなぁ」

「お母さん……? 今日は、お仕事なの?」

「もういないんだ。お母さん、病気で天国に行っちゃったから」

「あっ……そう、なんだ」


 びっくりした。この人も、わたしと同じなんだ。


「わたしもね、生まれた頃からお父さんがいないんだ。事故で死んじゃったんだって。……寂しいよね」

「うん、泣きそうなくらい寂しい。でもいいんだ、今でもお母さんのこと好きだから」

「……えっ?」


 男の子が、にっと笑みを浮かべる。


「ぼくのお母さん、世界で一番優しかったんだ。だから、ぼくの将来の夢はお母さんみたいな人になることなんだ。だから、寂しいけど寂しくない。お母さんに会えなかったら、きっとこんな気持ちにはならなかったから」

「……お母さん、もういないのに? 褒めてもらえるわけじゃないのに?」

「うん。だってお母さんの代わりに、ユキちゃんみたいに別の人を笑顔に出来るから」


 言葉なんて、何も出てこなかった。

 まるで太陽みたいに、みんなを明るくしてくれる人。一緒にいるだけで、心かぽかぽかするような人。

 もしわたしがこんな人なら――たくさんの人に、好きになってもらえるかな。


「……ご、ごめん、もう一度だけ名前を教えてもらっても、いい……?」

「えっ、ユキちゃん、ぼくの名前忘れちゃったの?」

「き、緊張してただけっ。嫌いとか、そういう理由じゃないから……!」

「あはは、別にいいよ」


 あわあわするわたしに、男の子は優しい笑顔を浮かべた。


「湊悠人、って言うんだ。改めてよろしくね、ユキちゃん」

「……悠人、君」


 そっと呟くと、その名前は特別な意味を持つような気がした。

 わたしも変わりたい――悠人君みたいになりたい。

 そう、初めて思った。



                  ◇



 それから、私は日向って名前が似合う女の子になるよう努力した。


 誰よりも優しくなろうとした。笑顔の練習もした。清潔感のある身だしなみになるよう気を付けたし、料理も掃除も勉強も頑張って覚えた。


 気が付けば、あの頃の私とは別人のようになっていた。お母さんが、先生が、みんなが私のことを褒めてくれて、それが嬉しくて嬉しくて仕方なかった。


 ただ、残念なことが一つだけある。

 私、こんなに変わったんだよ――そう、ユキちゃんとして悠人君にお礼が言いたかったのに。


(……まさか、高校で悠人君と再会するなんて、夢にも思ってなかったけど)


 悠人君、きっと気づいてないだろうな。お母さんが再婚して私の名字は「雪代」から「朝比奈」になったし、何より悠人君と会ったのはあの一回きりなんだから。


 でも、私は名前を聞いた時、あの男の子だって一瞬で気づいた。

 あの人の名前を忘れたことなんて、一日だってなかったから。


「悠人君、ちっとも変わってなかったなぁ」


 あの日、私にふわしばのぬいぐるみをプレゼントしてくれた男の子は、高校生になって生徒会でみんなのために頑張っていて。あの頃と同じ、ヒーローみたいな人だった。


 悠人君に出会った時、私の心は遊園地で一緒に悠人君と遊んだ子供の頃に戻っていて……その時、私は気づいてしまった。


 あぁ、そっか。そういうことだったんだ。

 子どもの頃に芽生えた、悠人君への胸の高鳴りは――あの初恋は、一〇数年経った今でも、ずっと続いていたんだ。


「知らなかったなあ。……まさか、悠人君も私のこと、好きでいてくれたなんて」


 忘れるはずがない。初めてこの家に来て、家族になりたいって思いを伝えて。そして悠人君は、私が好きだって言ってくれた。

 だけど、私も好きです、っていうその言葉が言えなかった。


 本当は、顔が真っ赤になるくらい嬉しかったくせに。感情を押し殺して、悠人君の告白をちゃんと受け止めようとしなかった。

 だって、私と悠人君は姉弟だったから。


 高校で出会ったばかりの頃は、悠人君とは同級生のフリをするつもりだった。悠人君が真実を知らないなら、他人同士として生きて行こうって決めてた。

 でも、悠人君への想いが大きくなる度に、私の気持ちは揺れてしまった。

 もっと悠人君の傍にいたいって、思ってしまった。


 付き合うことが許されないなら、それでも構わない。ただ悠人君にとっての特別でいたい――だから、今。私は家族として、こうして悠人君と暮らしてる。

 二人暮らしを始めてから、私がどれだけ救われたか。きっと悠人君は知らない。


(私の料理を美味しいって言ってくれた。ただいまって笑顔で言ってくれた。家族として寄り添いたいって言ってくれた!)


 その一つ一つの言葉を、今でも鮮明に覚えてる。同級生同士じゃなくて、家族として悠人君と繋がったことに、生まれ変わった心地さえする。


 ……だから。

 月乃ちゃんが悠人君に告白したことに、私は何一つ、反対する権利なんてないんだ。


(月乃ちゃんも、悠人君のこと好きだったんだ)


 もう、諦めたはずだったのに。

 悠人君とは家族として生きていくつもりだったのに。


 だから、悠人君への恋心は必死で隠してきたつもりだった。いつか悠人君を家族として見れるようになって、この恋心が消えてしまえばいい。そう真剣に願ってた。

 それなのに、悠人君と月乃ちゃんが交際することを想像する度に、胸の奥がちりちりと焼けるように疼く。


 だからこそ、明日はきっと忘れられない一日になるんだろうな。

 家族としてじゃなくて、一人の少女として初めて悠人君とデートするんだから。


 そうしたら――私の初恋も、終わるのかな。


「……悠人、君」


 小さな頃、悠人君に会えない寂しさに何度もそうしたように。

 ぎゅっと、宝物のぬいぐるみを抱きしめた。

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