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初恋だった同級生が家族になってから、幼馴染がやけに甘えてくる  作者: 弥生志郎
1章 ⑤ミッション、日向を看病せよ
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第26話 食卓/むかしむかし/今度の日曜日

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 日向の風邪が完全に治ったのは、それから三日後のこと。

 月乃ちゃんに、改めてお礼がしたいんだ――そう日向に頼まれて、俺たちは月乃を誘って三人で食事会をすることにした。月乃には世話になったし、俺も賛成だった。


 まあ、本音を言えばちょっと不安ではあったけど。

 何しろ、月乃は日向が俺の初恋の人だってことを知っているわけで。ちょっとしたことで修羅場な空気になったり……なんて、月乃に限ってないよな?


 テーブルにあるのは、色とりどりの寿司。月乃が家に来るならちょっとは豪華にしようと、俺と日向が半分ずつ出して購入したものだ。

 月乃はいつものクールな表情で、しかし目を輝かせながら、


「いつもご飯は家で食べてるから、お寿司なんて久しぶり。ねえ、悠人。もしこんなお寿司が食べたいって言ったら、作ってくれる?」

「そうだなぁ、これだけ立派なやつならまずは板前に入門しないと難しいかな」

「そっか。頑張ってね、応援してるから」


 なんか激励されてしまった。えっ、俺寿司職人になるの?


 しかし、改めて不思議な光景だなって思う。

 一人は学校のみんなから絶大な人気を得る、俺の初恋の人である向日葵の女神。

 もう一人は神秘的な雰囲気だと周りから噂され、俺の幼馴染である月の天使。

 そんな二人と食卓を囲む日が来るなんて、自分でも意外だ。


 ふと日向を見ると、彼女はどこか消沈したように目を落としていた。いつもと違う、元気のない姿。

 そんな日向に、月乃が声をかける。


「日向さん、体調が戻って良かったね。生徒会のみんなも喜んでたよ?」

「……うん、そうだね」


 日向が、部屋に飾ってあるバスケット型の花束に目を向ける。これは生徒会のみんながお金を出し合って、日向に快気祝いとしてプレゼントしたものだ。

 けれど、日向は申し訳なさそうに花束を見つめている。

 まるで、これだけの信頼を裏切ってしまった、と言わんばかりに。


「日向さん、どうしたの? せっかくのお寿司なのに、落ち込んでるみたい」

「……悠人君と月乃ちゃんに、改めて言いたいの」


 手元に箸を起き、日向が頭を下げる。表情が分からないくらい、深々に。


「二人共、迷惑をかけちゃってごめんね。本当なら、風邪くらい私一人で治すべきだったのに。二人の手を煩わせちゃったことが情けない。これからは、こんなことがないようにするから」


 ぽかん、とした表情を浮かべる月乃。

 けれど俺は、何となくこうなるんじゃないかって思っていた。


「この前も言ったけど、俺も月乃も何とも思ってないんだ。だから、どうしてそんなに謝るのか、俺には分からない」

「そんなことない。月乃さんは私の代わりに生徒集会に出てもらったし、悠人君は家事をしてくれた。全部、本来は私がしなきゃいけないことなのに」


 さっきから、胸のざわめきが止まらない。

 ただ看病をしただけなのに、過剰なくらい謝罪をする日向。その姿は俺の知っている、誰にも愛される向日葵の女神からかけ離れていた。

 そこで、俺は以前から疑問だったことを日向に尋ねる。


「少し気になってたんだけど、日向が風邪に罹ったのって聖夜祭の準備で忙しかった頃だよな?」


 躊躇いながらも、口にした。


「もしかして日向は、自分の体調が悪いってことに気づいてて、それでも無理をして生徒会の活動をしてたんじゃないのか?」

「…………そんなこと、ないよ」


 そう口にする日向の目は、明らかに視線を逸らしていた。やっぱり、日向は笑ってしまうくらい真面目な性格なんだ。

 こんなにも、嘘をつくのが下手なんだから。

 きっと日向だって、休んだ方が良いことに気づいてたはず。それでも無理を通して、こうして風邪で倒れてしまった。


「聖夜祭の準備も、それに風邪をひいたことも。どうして一人で何とかしようとしたんだ? 日向が責任感が強いってことは知ってるけど、俺には無理をしてるように見える」

「……そう、だね。多分、ちょっとだけ背伸びしちゃったのかな」


 何かを諦めたように、日向は口にする。


「あーあ、残念だな。私のちっぽけなとこなんて、月乃ちゃんにも生徒会のみんなにも、それに悠人君にも見られたくなかったのに。そのために今まで頑張ってきたのにな」

「……日向さん?」


 呆気に取られる月乃に、日向は困ったような笑顔を浮かべる。


「ずっと昔の話だよ? あるところに、小さな女の子がいたんだ。その子は生まれた時からお父さんがいなくて、だからかな、自分が誰にも愛されない子どもだって思ってたんだ」


 突然の昔話めいた語りに、俺も、それに月乃も言葉を失くしていた。

 思い出すのは、ぬいぐるみを手にして日向が口にした、いつかの言葉。


 ――えっと、昔の話だよ? 子どもの頃、あんまり友達がいなかったから。


 その女の子って、もしかして……。


「でもね、ある日女の子は気づいたの。誰にも愛されないなら、誰かに愛されるように頑張らなきゃって。だから、その女の子は努力した。家事を覚えてお母さんに喜んでもらえた。勉強をたくさんして先生に褒めてもらえた。笑顔の練習をして友達と仲良くなれた」


 三人だけの部屋に、日向の声だけが響いている。


「でもね、その子はある日、ふと思ったの。もし私が他人にとって理想の優等生じゃなくなったら――」


 そして、俺は確かに見た。

 向日葵の女神とは思えないくらい、寂しそうな笑顔。


「――みんな、私のことを嫌いになるんじゃないかって」


 ああ、そっか。そういうことか。

 俺は日向のことを、ずっと特別だって思ってた。生まれながらに真面目で、頭が良くて、優しくて。だからこそ優等生になったのだと思い込んでた。


 でも、違うんだな。

 日向はみんなに愛されたくて、努力した末に優等生になって――だからこそ、失うことを誰よりも怯えている。

 待てよ。じゃあ、日向が生徒会に入ったのも、それに生徒会長に憧れてたのも――多くの人に求められる存在になりたいっていう、理想のため?


「なんて、あくまで例え話だけどね。世の中にはそんな女の子もいるから、私も無理しちゃったのかなって。でも、大したことじゃないから。あんまり気にしないで?」

「……わたしは、日向さんのこと、嫌いになったりしないよ?」


 ぽつりと、月乃が消え入るような声で口にする。

 学校の誰も見たことがないって思えるくらい、その表情は悲し気だった。


「日向さんが優等生だからとか、そんな理由で一緒にいるわけじゃないよ。日向さんが好きだから友達でいたいの。それじゃ、駄目?」

「……ありがと、月乃ちゃん。その言葉は嘘だって思わないし、とっても嬉しいよ?」


 けれど、困惑したような日向の笑みは崩れない。


「でもね、多分その女の子はこう言うんじゃないかな。……私が今まで頑張ってきたのは、誰かに愛されるためだから。その努力を辞めて他人に甘えちゃったら、それまでの自分を否定することになっちゃう、って」

「……そっか」

「ごめんね、月乃ちゃん。なんか、空気が重くなっちゃったね。そんなことよりご飯食べよ? お寿司なんて滅多に食べれないしね」


 けれど、そんな日向の声が、俺にはひどく空っぽに聞こえる。

 ただの同級生だった頃の俺は、日向のことを完璧な優等生だって尊敬してた。けれど、家族になった今、こうして日向が誰にも見せなかった心の陰と向き合っている。

 日向が風邪で倒れて、今夜だけは傍にいて欲しいと言ったあの日。日向が流した涙を見た時から、ずっと考えてたことがある。


 俺が、日向のために出来ること。

 同級生でも、生徒会の仲間でもなく――家族である俺にしか出来ないこと。


「なあ、日向。頼みがあるんだ」

「……? どうしたの?」

「悠人……?」


 日向と月乃が、不思議そうに俺のことを見つめる。

 正しいかどうかは分からないけど、俺なりの答えならもう出した。

 日向の不安とか、寂しさを終わらせる方法。

 俺と日向が、本当の意味で家族になる方法。


「――今度の日曜日、俺とデートしてくれないか」

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