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初恋だった同級生が家族になってから、幼馴染がやけに甘えてくる  作者: 弥生志郎
1章 ⑤ミッション、日向を看病せよ
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第23話 女神の不覚/身体、拭いて欲しい/家族なんだから

 翌日、日向が起きていないことに気づいた俺は、日向の部屋をノックした。


「日向、大丈夫か? やっぱり体調が悪いのか?」

「……待ってて。今、行くから」


 扉が開き、俺は目を丸くした。

 体温を測るまでもない、明らかに体調は悪化していた。表情はぼーっとしてるし、額には汗の玉が浮かんでいる。

 それなのに、日向はまるで何でもないように、学生服に着替えていた。


「朝ご飯、遅くなっちゃったね。ごめん、簡単な料理でもいいかな……?」

「そんなのいいって。待ってろ、すぐにタクシー呼ぶから。すぐに病院に行こう」

「……うん、そうだね。ただの風邪なら、ちょっと頑張れば学校に行けるもんね」

「えっ――まさか、こんな状態なのに学校に行くつもりなのか?」

「……? だって、今日は生徒集会でしょ? 生徒会長の私がいないなんて、他のみんなに迷惑をかけちゃうもん」


 その日向の弱々しい笑顔に、俺は言葉を失っていた。

 本気だ――日向は真剣に、自分より生徒会の方が優先だと考えている。


「気持ちは分かるけど、無理は絶対に駄目だ。もしただの風邪でも、医者が止めるようなら学校は休んだ方が良い」

「でも……」

 日向が歩き出すがたった一歩でよろけ、慌てて俺は身体を支える。

「ほら、まともに歩くことも出来ないじゃないか。生徒集会なら副会長の月乃に任せて、今日は寝てた方が良いって」

「…………」


 もう、日向から反論はなかった。苦しそうに瞼を閉じるだけだ。


 その後、日向に付き添って病院で診察してもらうと、幸いにもただの風邪だったらしい。

 けれど症状は悪く、体温は39℃近くもあった。頭痛や咳が酷く、医者からは自宅で安静にするよう言われたらしい。


 家に帰った後、俺は濡れたタオルと飲み物を用意して、「日向、入るぞ」と一言口にしてから部屋に入る。

 ベッドの上では、パジャマ姿の日向が息を荒くして横になっていた。

 冷えたタオルで額の汗を拭くと、日向がぽつりと口にした。


「……気持ち、良い」

「そっか、良かった。飲み物も持ってきたけど、すぐに飲むか?」


 こくり、と日向が頷き、ストローが付いたコップを差し出す。

 よっぽど熱で水分を失っていたのか、あっという間に飲み干した。


「……ごめんね、悠人君。本当にごめん」


 苦し気に、それでも日向が言葉を紡ぐ。


「私のせいで、学校を休ませちゃったね……」

「俺がいなかったら、誰が日向の看病をするんだよ。日向の体調が急変したら大変だし、傍にいるのは当たり前のことだろ」

「でも――」

「でも、とかだけど、とかそういうの禁止。一番辛いのは日向なんだから、他人の心配なんてしなくていいよ。あと、ご飯はどうする? 朝食も口にしてないだろ?」

「……今は、何も食べれないと思う」

「そっか、じゃあお腹が空いたらいつでも言ってくれ。喋るのがつらいなら、スマホで呼び出してくれてもいいから。風邪、良くなるといいな」


 そう言い残し、日向の部屋から出る。


 担任の教師には、「日向の看病を出来る家族が俺しかいないから休ませて欲しい」と説明するとやけにあっさり認めてくれた。日向と俺が家族であることは連絡済みだし、真面目に生徒会をしている悠人ならサボりはしないだろう、とのことだ。優しい先生で良かった。

 あと、保護者である日向の母親への連絡も先生がやってくれたみたいだ。


 それから数時間後、スマホにメッセージが届く。相手は日向だ。

 ――今なら、ちょっとは食べれるかも。

 その文面を見た瞬間、気が付けば俺は雑炊を作っていた。そのスピードたるや、多分俺の料理生活の自己ベストを更新してたと思う。


「ごめんね、悠人君。いただきます」

「いや、俺が食べさせてあげるから、日向はそのままでいいよ」

「えっ? でも……」

「無理は良くないって。日向、動くのも辛いだろ?」

「……うん。じゃあ、お願いしようかな」


 スプーンを日向の口元まで運ぶと、ゆっくりと食べ始めた。

 ほっとした。ご飯が食べれるくらいには良くなってるみたいだ。


「……おいしい」

「良かった。考えてみたら、俺の料理食べてもらうのこれが初めてだな。まさかこんな形になるなんて思ってもみなかったけど」


 けれど、日向は夢現の中にいるように、もぐもぐと口を動かすのみ。

 やっぱり、意識とか朦朧としてるのかな。それくらい高熱だったし。

 実際、日向が食べれたのは半分くらいだった。


「うん、よく食べれたな。他に何かして欲しいこととかあるか? 俺に出来ることなら、何だってするけど」

「……じゃあ、一つだけお願い、いい?」

「どした、何でもいいぞ」

「身体、拭いて欲しい。汗でべたべたして、気持ち悪い」


 身体を、拭く。

 その一言に、ほんの一瞬だけ俺の頭はフリーズした。


「えっと、それは額とか腕とか、男の俺でも問題ない場所……?」

「……背中が良い。私だと、届かないから」


 マジか。

 俺が日向の身体を拭く。胸の中で呟いてみても、全くリアリティがなかった。恋人でもない俺が、そんなこと許されるのだろうか。

 けれど、俺が動揺している間にも、日向はパジャマのボタンに手をかける。


「ま、待った! 日向はいいのか? だって、俺は男子高校生なわけだし……!」

「……?」


 けれど、日向はぼーっと不思議そうにするだけ。駄目だ、多分これ高熱のせいでまともに思考できてない。もしかしたら、汗を拭きたいってことしか考えられないのかも。

 慌てる俺を気にも留めず、日向は一つ、また一つとボタンを外し……やがて。

 白い肌を露わにするように、日向は下着姿になった。


「~~っ!」

「……お願い、悠人君」


 日向が俺に背を向ける。上質な絹を思わせるような、綺麗な日向の背中。

 何を考えているんだ、俺は。

 日向のためだろ。雑念なんて捨てろ、今はただ無心で日向の世話をしろ。


「じゃ、じゃあ、拭くからな?」


 持って来ていた冷たいタオルを、そっと日向の背中に当てる。

 日向の肌、柔らかいけどやっぱりすごく熱い。

 そう思った途端、日向の口から甘い言葉が零れた。


「んっ――ありがと。冷たくて、気持ち良い」

「……そ、そっか」


 日向に聞こえるんじゃないかってくらい、心臓の音がうるさい。

 それでも必死で平静を装い、日向の手が届かないであろう場所を優しく拭いていく。その度に日向は「はあっ……」と、まるでリラックスするような吐息を零した。

 俺にとって息が詰まるくらい長く感じるけれど、ほんの短い時間。

 日向の背中を拭き終わり、やっと俺は一息をついた。


「これで、どうかな。出来れば、他の部分は自分でやって欲しいんだけど……」

「……うん、分かった」


 多分、日向は胸の辺りを拭こうとしたのだと思う。

 日向はブラジャーのホックに指をかけ、俺は弾かれたように叫ぶ。


「ちょい待った! それは流石に俺が部屋を出た後にしてくれ!」


 今の日向って、こんなに思考力が下がってるんだな……。とにかく、日向が身体を拭くなら部屋を出なきゃ。


 っと、そうだ。その前に、昨夜日向が着てたパジャマを洗濯しないと。

 床に投げ出してあった汗で濡れたパジャマを手に取り――それはもう、石のように固まった。

 パジャマに隠れて、汗で濡れた下着が置いてあったからだ。

 一緒に暮らしてもう一ヵ月以上経つけど、こんなにはっきり見たの初めてだ。


「え、えっと、パジャマを洗濯しようと思ったんだけど、下着も洗った方が良いか……?」

「……うん、お願い」


 やっぱり、今の日向ならそう答えるよな……。何だか、今日はどぎまぎしてばっかりだ。

 でも、俺がやらなきゃ。日向の傍にいるのは、俺しかいないんだから。


「ごめんね、悠人君。もう、私の看病はいいよ? 後は一人で出来るから」

「そんなの無理だ。今の日向を見て、放っておけるわけないだろ」

「でも、これ以上迷惑かけたくないから」


 ……迷惑、か。


「それに、悠人君まで風邪になっちゃうよ? そんなの、私には耐えられない」

「俺は全然構わないけどな。だってその時は、日向が俺の世話をしてくれるだろ?」


 日向が、夢見心地のような表情で俺を見つめた。


「きっと俺が風邪をひいたら日向は看病してくれるって思うし、俺はそんな日向にたくさん感謝をすると思う。だからさ、日向が風邪で倒れても迷惑だなんてちっとも思わないぞ。俺たち、家族なんだから」


 日向に安心して欲しくて、俺は精一杯優しい笑顔を浮かべる。

 果たして、どれだけ俺の言葉が届いたのだろう。


「……ありがと」


 ぼーっとしたような日向の表情に、わずかに笑みが浮かんだ。


宜しければ、ブックマークと評価をして頂ければ甲斐甲斐しい弟に看病されるかもしれません

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