第22話 生徒会/愉快な後輩ちゃん/日向の異変
日向と同居を始めてから一ヶ月くらいが経った、学校の昼休み。生徒会室で弁当を食べている時のことだ。
その日、食事をしている生徒会のみんなが、やけにそわそわとしていた。
その理由はただ一つ。
驚くことに、今日は日向が生徒会室を訪れているのだ。
基本的に、日向は毎日のように友達から昼食に誘われるため、生徒会室に来る余裕がない。たまにここに食事に来た日なんて、生徒会みんなが大喜びで日向と食事を共にするくらいだ。
けれどその日、日向はろくに食事も取らず、一心不乱で書類にペンを走らせていた。
「日向会長、やけに忙しそうですね~。もしかして、午後の小テストのために慌てて勉強してるとかですかね」
そう口にして、俺の後輩である槍原が手にしたサンドイッチをぱくりと頬張った。
大体の場合、俺は月乃か槍原と食事をしているが、今日の月乃は他の友達と別の場所で食べているらしい。
「それ、多分違うぞ。日向がしてるの、聖夜祭の準備だ」
「……聖夜祭?」
「まあ、俺たちの高校の文化祭みたいなものかな。毎年クリスマスに行われるんだけど、生徒会が主導で運営するのが決まりなんだ」
「あっ、そういえばそんな名前でしたね! 聖夜祭かぁ、楽しみですねー」
そこで、槍原ははたと気づいた風に、
「って、まだ十一月になったばっかりですよ? あと一ヶ月以上ありますけど……」
「それくらい、聖夜祭って規模が大きいからな」
「ふーん。でも、我らが向日葵の女神ですもん。絶対に上手くいきますよね?」
「……だといいけどな」
聖夜祭はこの学校最大のイベントだ。生徒会長に大きな責任が圧し掛かるのは、去年の聖夜祭で嫌になるほど目にしてる。日向、倒れないといいけど……。
「でも、日向会長も大変ですね。せっかくの休憩時間なのに、弁当を食べる余裕もないみたいですし。…………?」
槍原が日向の弁当箱をしげしげと見つめる。日向は作業しながら食べようとしているのか、弁当のフタは開いていた。
「あの、ウチの気のせいかもですけど……日向会長と悠人パイセンのお弁当、中身がそっくり過ぎません?」
……しまった。
俺が箸を止めたのは一瞬、やがて怒涛の勢いで弁当を食べ始める!
「ちょ! パイセン、何で急に猛スピードで弁当食べてるんですか! それ証拠隠滅しようとしてますよね、とりまストップ!」
「もがっ……! 分かったから俺の口にサンドイッチ詰め込むな!」
弁当食べさせたくないからって自分の昼食を俺の口に突っ込むか、普通。
「言いづらいから黙ってたんだけど、日向には弁当を作ってもらってるんだよ。俺は一人暮らしだし、日向は毎日自分の作ってるからそのついでだからって」
俺の話が聞こえたのか、生徒会室にいたほとんどの生徒が固まった。日向だけ書類に無心になっているらしく、ペンを走らせている。
「え~~~っ! パイセン、凄いですね! 日向会長のお弁当をお腹いっぱい食べれるなんて家族の特権じゃないですか! いいなぁ、羨ましい」
ちらり、と横目で辺りを見る。うん、予想通り。
生徒会の男子ならず、女子までもが獲物を狙うような目でこちらを見ていた。こんな光景見たことあるなって思ったけど、あれだ。サバンナのハイエナにそっくりだ。
あえて周りに聞こえるように、さり気なく口にする。
「まあ、誰かとおかずの交換をするつもりはないけどな。この弁当を作ってくれたのは日向なんだ、欲しかったら日向の許可をもらってからにしてくれ」
その言葉に、席を立とうとした数人の生徒がその場に座り直した。おい、どうしてそんな親の仇を見るような目でこっちを見る。
けど、こればっかりは譲れない。日向は俺のために朝早くから作ってくれたのだ。それを本人の許可もなく差し出すなんて、日向に悪すぎる。
俺が周りを見ていると、槍原がちょんちょんと俺の肩をつつく。
「仕方ないな~。じゃあ、その卵焼きで許してあげます」
「なんでそうなるかな。だから、おかずの交換はしないってば。そもそも槍原からは何ももらってないし。無償トレードだろ、それ」
「タダじゃないですよ~。だってパイセン、ウチのご飯食べたじゃないですか」
俺が食ったって……おい、嘘だろ。
まさか、さっき俺の口に突っ込んだあのサンドイッチのこと言ってるのか……!?
「あれ、最後の一個だったんですよ? あーあ、パイセンのせいでお腹がぺこぺこだな~。でも日向会長のおかずがあったら頑張れる気がするな~」
「……拒否する」
「えー。パイセンのケチー、パイセンの血は何色だー」
「誰ともトレードしないって言った手前、曲げるつもりはないからな。けど俺が槍原の昼飯食べたのは事実だし、今すぐ購買で何か買ってきてやるよ」
「えっ、ホントですか? やった、パイセンって優しいから大好きっ♪」
「こういう時だけ調子良いな……。けどもう遅い時間だからな、コッペパンしか残ってなくても文句言うなよ」
投げキッスの仕草をする槍原に見送られながら、生徒会室を出る。
その時日向を一度だけ見たけど、彼女はまるで一人ぼっちでいるように、無心で書類を見つめていた。
◇
それから数日が経っても、日向は聖夜祭の準備で忙しなさそうだった。
昼休憩に生徒会室で書類の見直しをするのはいつもの光景になっていたし、帰宅して家事が終わった後も部屋に籠っていた。多分、聖夜祭関連だと思う。
俺も書記だし手伝おうかと声をかけても、日向が頑なに断るばかりだ。曰く、正式に生徒会で進めてるわけじゃないから、他の人を巻き込みたくないらしい。これは私が勝手にやってることだから、と。
そして、今日。日向は校門が閉まる直前まで作業をしていたようで、俺が月乃の料理を作り終えた後に大慌てで帰宅をした。
こんなこと、初めてだった。
「ご、ごめんね。明日は生徒会集会があるから、どうしても今日中に終わらせたくて。急いでご飯作るから、もうちょっとだけ待ってて?」
「謝らなくてもいいって。っていうか、今日の夕飯くらい俺が作るよ」
「……気持ちは嬉しいけど、それでも私にやらせて。悠人君のご飯作るの、私にとっては息抜きみたいなものだから。このために今日一日頑張ったみたいなものだもん」
「そんな大げさな」
「ほんとだってば。美味しいって言ってくれる人がいるだけで、疲れとか悩みとか全部何処か行っちゃうんだよ? それが家族なら尚更だよ」
エプロンを付けキッチンに立とうとした日向を、俺が制止しようとした時だ。
立ち眩みでも起こしたように、日向がその場でよろめいた。
ちょっと待て、今のって……。
「あっ……あはは。危なかった。ちょっと疲れてるのかな。でも料理くらいなら――」
日向が言葉にするよりも早く、俺は彼女の前に立ち塞がる。
戸惑う日向に構わず、俺は何も言わないまま、彼女の額に手を当てた。
「ふえっ!? ゆゆ、悠人君……!?」
「やっぱり熱がある」
自分の額に手を当ててみても、明らかに日向の方が熱い。
いつもと変わらないから気づかなかったけど、こんなに調子が悪かったなんて。
日向に体温計で測ってもらうと、画面には37・4℃と出た。
「完全に風邪の罹り始めだな。今日は料理は無し。とりあえず一晩ぐっすり休んで、経過を見てみよう」
「だ、大丈夫だよ。こんなのただの微熱だもん、夕飯を作るくらい平気だって」
「どうしても料理はしたい、と。……なるほどな」
俺はそう口にすると、一切の迷いなく、日向の身体を抱きかかえた。
「~~っ!? ゆ、悠人君、いきなり何を……っ!?」
「日向が休まないって言うなら、無理やりベッドまで連れてく。けど、日向だって俺に部屋の中見られたくないだろ? このまま俺に運ばれるか、それとも自分の足で行くか。好きな方選んでいいぞ」
「も、もうっ! 分かったってば、悠人君の言う通りにするから!」
待っていたその言葉に、ほっと胸を撫でおろす。
日向を降ろすと、彼女は頬を朱に染めながら照れ隠しのように髪を直した。
……あれ。日向の風邪が心配で必死だったけど、もしかして結構恥ずかしいことをしてしまったんじゃ……。
「ゆ、夕飯なら後で俺がもってくから。だから、日向は休んでてくれ」
「……うん、分かった。ごめんね」
「謝らなくて良いって。一つ屋根の下で暮らしてるんだし、お互い様だろ」
日向は小さく頷くと、自分の部屋へと去って行った。
日向の風邪、明日には良くなるといいけど……。
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