第20話 月乃と日向/幼馴染の気持ち/変な味がする
料理を始めようとキッチンに立った時、何気なく月乃に質問した。
「そういえば最近はずっと俺が夕食作ってるけど、月乃は今でも料理の勉強してるのか?」
「してるよ? この間は、ちょっといい挽肉を使ってパスタを作った。それに、トマト缶だっていつもより一つ多く増やしてみたり、色々試してる」
「それ全部ミートソーススパなのでは……。他にはないのか?」
「今はお休み中かな。わたしが作れるのこの料理だけだし、今は悠人が好きな物作ってくれるから」
うーむ、ちょっと月乃のお世話をし過ぎたかもしれない。料理を上手になりたいっていう姿勢は応援してただけに、少し残念だ。
でも、だからといって月乃の頼みを断る権利は俺にはない。
だって、もう一度告白をされるその日まで月乃のお願いは絶対に拒否しない、って約束したのだから。
――ずっとずっと、あなたが好きでした。
「どうしたの? 包丁持ったままぼーっとしてたら、危ないよ?」
「えっ!? あ、ああ。そうだな、悪い」
どうしても、あの時の告白が忘れられない。
いつも一緒にいた相手から好きだって言われることが、こんなに動揺してしまうものなんて。もしかして、俺に好きだって言われた時の日向もこんな気持ちだったのかな。
そこまで考えて、ふと、今まで疑問だったことを思い出す。
月乃は日向のこと、どう思ってるんだろう。
俺は料理を進めながら、自然さを装って月乃に尋ねる。
「そういえばきのこ鍋にしようって思ったきっかけだけどさ、元々は日向が作ってくれたきのこ料理が美味しかったから、なんだよな」
「悠人って、最近日向さんにご飯作ってもらってるんだっけ? 日向さんって料理上手だもんね。わたしっていつも購買のパンを食べてるんだけど、栄養偏っちゃうよ、って日向さんにお弁当分けてもらったことあるんだ。あの時のご飯、美味しかったな」
そう日向のことを語る月乃は、割といつも通りに見えた。
これなら、日向のことを尋ねても平気かもしれない。
「嫌だったら答えなくていいんだけどさ、月乃って日向のことどう思ってるんだ?」
「……わたしが日向さんのこと嫌いになってるかも、って心配してるの? わたしは悠人に告白したのに、悠人って日向さんの初恋がまだ忘れられてないもんね」
まさに、月乃の言う通りだった。
月乃はほんの少しだけ、口元に笑みを浮かべると、
「日向さんのことは好きだよ? 真面目で頑張り屋で、あんなに生徒会長に相応しい人いないって本当に思ってる。だけどやっぱり、羨ましいなー、って気持ちもあるかな」
「そうなのか?」
「だって、日向さんって悠人の初恋の人だから。悠人が日向さんを好きになるのも分かるよ? あんなにお嫁さん力が高い女の子、男子高校生ならみんな好きだもんね」
「そう一括りにされるのも色々問題ありそうだけど……まあ、そうかもな」
「だから、日向さんみたいになりたい、って思ってる頃もあった。……だけど、もういいの。悠人にとって日向さんが特別であるように、わたしも悠人にとって特別だから」
そっと、月乃が俺の傍に歩み寄った。
「だって、悠人はわたしのお願いならどんなことも叶えるって約束してくれたから。好きな人にたくさん甘えていいなんて、世界一の幸せ者だなって真剣に思ってるよ?」
「……そ、そっか」
月乃って、こんな真っ直ぐな目で好きだって言えるんだ。
思わず、顔が赤くなるのが自分でも分かった。
「悠人、照れてる。わたしの前でこんな風になるの、初めてだね」
「そう、かな。……確かに、俺たち幼馴染だったからな」
「小さな頃から一緒にいたせいで、わたしのこと女の子だって思ってなかったもんね」
そこまでは言わないけど、月乃を異性として意識したことが少ないのは事実だ。お隣さんってこともあって、月乃は家族みたいな存在だって思ってたし。
「だから、悠人がわたしの言葉や仕草で恥ずかしがってくれるのが、くすぐったいくらい嬉しい。今まで好きだったのに、ずっと悠人とは幼馴染の関係でしかなかったから」
「……な、なんかさ。月乃ってあの告白以来、やけにはっきりそういうこと言うようになったよな。ちょっと、緊張しちゃうんだけど」
「だって、わたしが好きって言う度に、悠人はどきどきしてくれるんだもん」
「そんなの、するに決まってるだろ。まさか、月乃がこんなに恋愛に積極的なタイプだって思わなかったし」
「今まで悠人が好きって気持ちを我慢してたから、かな。今まで言えなかった分たくさん好きって言うから、覚悟してね?」
これがミステリアスな月の天使の言葉だなんて、生徒会のみんなが知ったらまず驚愕するだろうな。槍原なら、天使がデレた、とか言い出すかもしれない。
けど、驚いているのは俺も同じだ。
月乃とは、もし高校を卒業して大人になっても関係を続けていきたいって思ってた。けど、まさかこんな風に甘えられる日が来るなんて。
今の月乃は幼馴染ではなく、一人の恋する少女で――ならばきっと、俺も相応の気持ちで月乃に接さなければいけないのだと思う。
幼馴染としてではなく、一人の男として。
俺は月乃のことを……どう、思っているのだろう。
「っ」
思考にはまりかけたその時、指先に痛みが走り我に返る。
やってしまった……。ぼーっとしてたせいで、さばの缶詰を空ける時にフタで指を切ってしまった。幸い食材に血が付くことはなかったけど、出血が止まらない。
「あっ……だ、大丈夫? 血、流れてるよ?」
「平気平気。軽く切っただけだから。たまにあるんだよな、月乃も料理で缶詰使う時は気を付けた方がいいぞ」
「そ、そんなことより血を止めなきゃ。ばい菌入っちゃうかもしれないし……!」
まるで自分事のように月乃があわあわする。ああ、そっか。月乃って小さな頃料理で怪我したことあるから、こういう状況が苦手なのか。
「さっきまで俺の反応で楽しんでたのに、こんなに慌てるなんてな。はは」
「わ、笑ってる場合じゃないよ? ほら、血が……!」
確かに、血が滴りそうなくらい出血している。とりあえず血を流そうと蛇口に手をかけようとした、その直前。怪我をした手を、月乃が取った。
きっと、血を止めなきゃ、ってことで頭がいっぱいだったんだろう。
月乃は、怪我をした俺の指を、自分の口の中へと入れた。
「んっ――!」
「……つ、月乃?」
月乃が俺の指をくわえるその光景に、頭が真っ白になりかけた。
指に伝わる月乃のくちびるの柔らかさと、傷を舐める舌の感触。甘い痺れがゆっくりと全身に広がって、くらくらと目眩で倒れてしまいそう。
やがて、月乃はゆっくりと俺の指から口を離す。
「……変な味がする」
「…………。うん、だろうな。俺の血を舐めたわけだしな。それとさ、血を流すだけなら水を使えば良かったんじゃないか? ここキッチンだし」
「……あっ、そっか」
やっぱり今の無意識だったのな……。
「でも、ちょっとどきどきした、悠人の指舐めるの、初めてだったから」
「だろうな。俺もそんなことされたことないし」
「良かった。じゃあ、お互い初めて同士だね」
くす、と月乃が笑みを零し、不覚にも息を呑んだ。
やっぱり、月乃に告白をされたあの日から、何だかおかしい。いつもなら、月乃の笑顔で動揺なんてしないはずなのに。
どうしてか、やけに胸がどきどきしていた。
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