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初恋だった同級生が家族になってから、幼馴染がやけに甘えてくる  作者: 弥生志郎
1章 ③二人きりのおでかけ
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第18話 その名はふわしば/抱きしめてみる?/思い出の少女

 店員さんに取り置きをお願いしお金を下ろした後、俺たちは店内を歩いてみることにした。

 どうやら家電以外に家具にも力を入れているようで、その品揃えは専門店に見劣りしないほどだ。


「そういえば、日向と二人暮らしも始めたしカーテンとか買い替えても良いかもな」

「……私のために、いいの?」

「俺と親父の男二人でしか暮らしてなかったし、日向の好みに合わないかもしれないしな。これから毎日見るものだし、良い機会かなって。好きな色とかあるか?」

「そうだなぁ……あっ! この水色とかいいかも。海の中にいるみたい」


 カーテンを撫でながら、はしゃいだような笑みを俺に向ける。


「じゃあ、二人で半分ずつ出して買おっか? 一緒に使うもの、だもんね」


 日向と暮らし始めたばかりだから、だろうか。何だか、こうして日向とインテリアを選ぶことが楽しい。二人で真っ白なキャンパスに彩りを加えていくような、そんな感覚。


「悠人君って、観葉植物とか部屋にあっても大丈夫?」

「あー、どうかな。嫌いじゃないけど、大きすぎるのはちょっと。棚に飾るくらいなら一緒に育てるか?」

「いいね、それ! こういうの憧れてたんだ。じゃあ、水やりは毎日交代でしよっか? 私がしてもいいんだけど、悠人君と一緒に育ててみたい――」


 と、それまで顔を輝かせていた日向が、急に口を噤む。

 どうしたんだろう。何だか、顔が赤いような。


「そ、その、ごめんね。何だか、急に恥ずかしくなっちゃって」

「恥ずかしい……?」

「う、うん。なんていうか、こうして新しい生活のことを悠人君と喋ってるとね、その……同棲してるカップルみたいだなー、なんて」

「えっ?」

「な、なんでもない! それより、あっちの方行ってみない!?」

「……??」


 なんだろう。超小声で全然聞こえなかったけど、日向、やけに様子がおかしいような。

 ロボットみたいにぎくしゃくと、インテリアのエリアを離れる。でも、最近の家電量販店って凄い。本当に色んなものが取り揃えてある。


 ふと、とあるエリアで日向が足を止めた。

 玩具エリアにある、ぬいぐるみのコーナーだった。


「日向、ぬいぐるみが好きな趣味でもあったっけ?」

「特別好きってほどじゃないかな。でも、一つだけ好きなキャラクターがいるから、こういう場所に来るとついその子がいるか探しちゃうんだよね。……あっ、いたいた」


 日向が頬を緩ませながら手に取ったのは、まるでたんぽぽの綿毛のように全身がもこもこした柴犬ちっくなぬいぐるみ。

 ……あれ? 何かこのキャラクター、知ってるような――。


「これってもしかして、ふわしば……?」

「悠人君、覚えてるんだ。私たちが子どもの頃、凄く流行ったもんね」

「あー、そうそう! 懐かしいな、クラスの女子みんながこのグッズ持ってたよね」


 当時はこのふわしばのアニメが流行ってて、ご主人様である女の子のために頑張る忠犬っぷりがとにかく癒される、って女子に大人気だったっけ。

 寂しい時はいつでも抱きしめてね、って、ふわしばのぬいぐるみを抱いて外出する女の子がたくさんいた。


 けど、ブームには必ず終焉が訪れるのが世の常で。

 新しいキャラクターが登場する度にふわしばを見かける頻度は減って、ついには多くの人に忘れ去られてしまった。ゆるキャラなのにちっともゆるくない業界だ。


「けど、こうして今もぬいぐるみになってるなんて、やるなふわしば」

「昔から好きだった人とか、今でも応援してるからね。私も小さな頃はふわしばのアニメが大好きだったなぁ。いつも一人だったから、ふわしばだけが楽しみだったもん」

「……いつも、一人だったから?」

「あっ――えっと、昔の話だよ? 子どもの頃、あんまり友達がいなかったから」


 意外だった。向日葵の女神なんて呼ばれて誰もが憧れる日向が、小さな頃は友達が少なかったなんて。

 上機嫌な笑顔のまま、日向がぬいぐるみを撫でる。もしかしたら、抱きしめたいけど商品だから我慢してるのかもしれない。


「ふわしばって、小さいのに健気でしょ? 女の子の落とし物を見つけるために、隣町まで大冒険したり。凄い頑張り屋さんなんだなって、子どもながらに感動しちゃったもん」

「それだけ聞くと、何か日向に似てるな」

「……私に?」

「日向だって他人思いだろ? みんなのために生徒会長になったり俺のために家事をしたり、そういうこと平気で出来ちゃうからさ。ふわしばに負けないくらい頑張り屋だと思うけどな」

「あはは、そうかな。そんなこと言われたの初めてかも。そっかぁ、私がふわしばみたいか。じゃあね――」


 日向が浮かべるのは、まるでいたずらな姉みたいな笑顔。


「悠人君が寂しい時とか、ふわしばみたいに私のこと抱きしめてみる?」

「え――」


 一瞬だけ、頭が真っ白になる。俺が日向を、抱きしめる――。

 それは数秒の沈黙。やがて、日向の頬がみるみる内に朱に染まっていった。


「な、なんちゃって! あくまで、お姉ちゃんと弟としてだからね!? 恋人みたいにとかじゃなくて、家族でじゃれあうみたいな、そういうニュアンスだから!」

「あっ……そ、そうだよな」


 いや、考えてみれば当然だ。異性としてそんなこと出来るはずないんだから、「ははは、こやつめ」みたいに俺も冗談で返すべきだった。

 ……やっぱり、どうしても日向を同級生として見ちゃうな。


 でも、ふわしば、か。

 ぬいぐるみの値段は二〇〇〇円。うん、全然余裕がある。


「あのさ、迷惑じゃなかったら、そのぬいぐるみもらってくれるかな。日向に受け取って欲しいんだけど」

「……このぬいぐるみを、私に?」


 日向がきょとんとしたのも、一瞬。顔を真っ赤にしてぶんぶんと手を振る。


「え――ええっ!? べ、別に気を遣わなくてもいいよ!? そんなに悠人君に悪いっていうか、なんか恥ずかしくなっちゃうっていうか……!」

「気にしなくていいって。これくらい、全然普通だろ?」


 出来るだけ自然に、日向に笑いかける。


「これが同級生同士ならちょっとは特別な意味があるかもしれないけどさ、俺たちはもう家族なんだから。弟からのプレゼントくらい、素直に受け取ってくれ」


 驚いたように、日向がぱっちりと目を開いた。

 そう、日向はもう俺の初恋の人じゃない。お節介なくらいに優しくて、家族に対して甘い俺の姉さんだ。

 だったら、ぬいぐるみをプレゼントするくらい、別に構わないよな。


「それに、ぬいぐるみを嫌いな女の子って少ないから。気軽に渡しやすい、っていうか」

「……ふーん。何か、こういうの初めてじゃない感じするね。女の子にはぬいぐるみが効果的っていうのは、経験則?」

「い、いやいや、そういうわけじゃないけど」


 けど、日向の言葉もあながち間違いってわけでもない。ずっと昔、ぬいぐるみをプレゼントしたらとても喜んでくれた女の子がいたから、今でも覚えてるだけだ。

 そういえば、あの時にプレゼントしたぬいぐるみも、ふわしばだったな。何かとふわしばに縁があるな、俺の人生。


「なんて、ありがと。この子はお迎えしよっかなって思ってたから嬉しいな」

「そっか、なら良かった。確かに、ふわしばって結構可愛いもんな」

「あれ、もしかして悠人君も興味あるの?」

「ちょっとだけな。懐かしいキャラだし、一つくらい部屋にあってもいいかなって思うんだけど、こういうの男子だとレジまで持って行きづらいからさ。今回は止めとこうかな」

「でも、他人からの贈り物だったら、悠人君も恥ずかしくないよね?」


 そう言うと、日向はもう一体ふわしばのぬいぐるみを俺に手渡した。


「これ、私からのプレゼント」

「えっ? 日向から、俺に……?」

「悠人君、ちょっとだけ欲しそうにしてたから。……迷惑、かな」

「いや、全然そんなことない。ただ、びっくりしただけだから。でも、同じぬいぐるみを買わせちゃうなんて何か悪い気がするな」

「私は、むしろ受け取って欲しいかな。悠人君と同じ物を持つの、憧れてたんだ。ほら、服とか小物とか、家族でペアにして楽しんだりするでしょ? そういうのいいな、って思ってたから」


 ああ、なるほど。だから日向は、このふわしばを俺に贈りたいのか。

 日向にとってこれは、家族である証みたいなものだから。


「そっか。そういうことなら、このぬいぐるみは大切にしなきゃな」

「……受け取ってくれるの?」

「まあ、ふわしばには興味があったしな。それに、日向が一緒な物を贈りたいって言うなら構わないよ。姉貴の我が儘に付き合うのは、弟の仕事だしな」


 ぽかん、と日向が呆気に取られたのは一瞬。

 やがて、喜びの感情が抑えきれないように、ぎゅっとふわしばを抱きしめた。


「ありがと、悠人君。……えへへ、お揃いだー」


 まるで無垢な少女のような、無邪気な笑顔。

 日向って、こんな風に笑うんだな。

 それは同級生としてではなく、そして生徒会長としてでもなく――家族という存在に憧れを抱く、姉としての笑顔だったのかもしれない。


                  ◇


 幸い取り付けは簡単で、購入したその日に我が家に食洗器を設置出来た。

 初めは一番機能が少ない物で良いなんて言ってたのに、調理器具と食器を洗う食洗器を、日向は上機嫌に見つめていた。


「~~♪」

「日向、もう一〇分以上もそれ眺めてるよな。食器を洗う時間を節約するために買ったはずなのにその間食洗器を見守るって、本末転倒のような」

「機械が食器を洗ってくれるなんて初めてだから、何か嬉しくなっちゃって。これからずっとお世話になるんだろうな。ねえ、この子の名前は何にしよっか?」

「もう名前を付けるくらい愛着が湧いたのか……。まあでも、気に入ってくれて良かったよ。じゃあ、俺は先に風呂入るから」


 食洗器を眺めている日向に苦笑して、着替えを用意するために自室に戻る。適当な下着とパジャマを手にして、ふと、見慣れない物が目に入った。

 枕元に置いた、ふわしばのぬいぐるみ。やっぱり男子高校生の部屋にしては可愛すぎて、そのぬいぐるみだけ浮いていた。


「まさか、また女の子にふわしばをあげることになるなんてなぁ」


 まあ、相手は小学生の女の子だったけど。


 今でも覚えてる。無口で、臆病で、いつも俯いてた女の子。

 そんな女の子が放っておけなくて、絶対に仲良くなりたいって思った。その娘がおどおどしてても傍にいて、友達になれるよう喋りかけた。

 その娘が好きなふわしばをプレゼントした時なんて、大喜びしてくれたっけ。

 その時初めて見た笑顔が、驚くくらい可愛かったのも覚えてる。


 ……本当に、懐かしくて良い思い出だ。もう一度だけ会いたいな。

 けど、まさか今日。人生で二度目のふわしばをプレゼントすることになるなんて。


「……そういえば、日向にプレゼントなんて、初めてだ」


 今までは、勇気がなくてプレゼントなんて無理だったのに。

 家族になった途端あっさり出来るなんて、不思議な話だ。


宜しければ、ブックマークと評価をして頂ければふわしばを抱きしめる権利をもらえるかもしれません


家族として一緒に暮らし始めた、日向と悠人の何気ない日常でした。

次話からは、幼馴染ではなく一人の少女になりはじめた、あの天使のエピソードです

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