第17話 お出かけ/ぴかぴか食洗器/家族だから
そして、休日。
我が家から電車で二〇分くらい離れた、県で一番大きな家電量販店。そこでは家族連れを中心としたお客さんが多く、とても賑わっていた。
今日の日向の服装は白のシャツにブラウスを羽織った、黒のロングスカート。カジュアルながらも日向のイメージにぴったりなファッションだった。
正直、一生見てられるくらい可愛い。
「悠人君……? どうしたの? 何か、顔が怖いけど」
「えっ!? い、いや、別になんでもないけど?」
にやけないよう顔を引き締めてただけなのに、そんな風に見えてたのか……。
ちなみに、俺の服装は適当に選んだだけだ。日向のことを異性として意識したくなかったから、わざと気合を入れない服装にした。
俺と日向は目的の食洗器を探すため店内を歩く。途中、日向はフライパンやミートローラーを職人のような目で見ていた。流石は料理ガチ勢、エンジョイ勢の俺とはこだわりが全然違う。
食洗器がずらっと並ぶ一角に辿り着くと、さながらプレゼントを探す子どものように、日向の目が輝いた。
「自動で食器を洗ってくれる夢の機械が、こんなに……! 悠人君。私は今、人類の技術の進歩に感動が止まらないよ!」
「俺はむしろ、食洗器でそこまで衝撃を受ける日向に感動してるよ」
さて問題は、どの食洗器を買うか、だ。
自慢じゃないが、人生において食洗器を買うなんてこれが初めてだ。俺も日向も、難しい表情で商品の説明書きと睨めっこをする。
「使うのは俺と日向だけだし、小さいサイズでも十分だよな」
「それでも種類が多いね。……わっ、すごい。この食洗器、高温で完全除菌だって」
日向は真剣な表情で、一つ一つ吟味していく。
やがて、小さく頷くと目の前の食洗器を指さした。
「うん、決めた。私はこれがいいかな」
「……ん?」
日向が選んだのは、数ある商品の中で一番小さく、そして一番古い型だった。
「これでいいのか? こう言ったらあれだけど、もっと高機能なやつもあるけど」
「そんなの私にはもったいないってば。ほら、私ってまだ高校生だから。あんまり立派な食洗器なんて似合わないのかな、って」
どうしたんだろ。さっきまで、あんなに楽しそうに選んでたのに。
疑問に思いながら、俺は食洗器を見つめて……あー、なるほど。そういうことか。
多分、日向がこれを選んだ理由は、値段だ。
この食洗器は、数ある商品の中で最安値だった。
「多分だけどさ、日向ってこの食洗器を気に入ったわけじゃないだろ。俺に遠慮して、一番安い食洗器を選んだだけじゃないのか?」
「えっ!? そ、ソンナコトナイヨー?」
「分かりやすい反応だなあ。別に、気を遣わなくていいのに。買おうって提案したの俺なんだから」
「……だって、私のためにお金を使わせちゃうなんて、悪いなって思っちゃって。私って、悠人君の家に住まわせてもらってる立場だし」
なるほど、日向らしいな。
日向は誰にでも優しいからこそ、いつだって自分より他人を優先させてしまう。他人のためなら自己犠牲も厭わない、それが日向という少女の本質だ。そんな姿に俺は尊敬だってしてた。
だけど、だ。
本心を言えば、ちょっとくらい甘えたり、我がままを言って欲しい。
俺たちは、家族なんだから。
「参考までにだけどさ、この食洗器欲しいなっていうのは少しも無かったのか?」
「あるけど、悠人君にお願いするのはちょっと……」
「見てみるだけだからさ、なっ?」
「……こっち、なんだけど」
日向が指をさしたのは、先程より一回りだけ大きい食洗器。ぱっと見た感じ洗練されたデザインで、お洒落だなって思ったのが素直な感想だ。
「へえ、結構色んな機能が付いてそうだな」
「そうなのっ。酵素活性化洗浄と高温除菌で綺麗に洗えるのがポイントで、それに静音だから音があんまりしないんだって! しかも、ね」
さながら告白でもするかのような、息を呑むほど真剣な表情。
「お皿だけじゃなくて――カレー鍋も、洗えるんだって」
「それは凄いな!」
とんでもないパワーワードだった。一度でもカレーを作ったことがある人ならば、あの頑固な汚れを落とす大変さは身に沁みて分かるはず。
料理が好きな日向なら、尚更手に入れたいって思うだろうな。
そう思いながら値札を見れば、文字通り、周りとは桁違いの金額が目に飛び込んだ。
「んぐっ……!?」
「だから言ったでしょ? 悠人君にお願いするのは悪い、って」
苦笑いを浮かべる日向に対して、俺は顔を引きつられっぱなしだった。
忘れていた。家電の性能が良ければ良いほど価格が高くなるのは、この世の不文律。けど、まさかこんなにするなんて……!
はっきり言えば、俺の予算を半分も越えていた。
「悠人君の気持ちは嬉しいけど、やっぱり無理だよね。だからさっきのにしよ?」
全く未練がないような、日向の笑顔。きっと、こんな高価な物を買ってもらえるだなんて、夢にも思っていないのだろう。
でも日向は、これが一番欲しいって言った。だったら――。
「ごめん、ちょっとだけ離れる。少し待っててくれるか?」
きょとんとする日向を置いて、俺は家電エリアから離れて電話をかけた。
電話をかけた先は、親父だ。幸運にも電話はすぐ繋がった。
『どうした。お前から電話なんて、何か困りごとか?』
「頼み事があってさ。ちょっと高価な食洗器が欲しいんだけど、俺の財布だけじゃ払えそうにないんだ。悪いけど、半分だけ親父から借りてもいいかな」
『食洗器? どうしてそんな物今更……いや、待て。もしかしてそれ、日向が欲しいって言ってるのか?』
「そういうこと」
親父は、なるほどな、と電話口の向こうで呟くと、
『息子が親父に向かって、半分だけ貸してくれ、なんて水臭いこと言うな。家電くらい俺が全額払う』
「いや、気持ちは嬉しいけどさ、今回は俺がプレゼントしたいんだ。日向は料理どころか家事全般やってくれるし、何か恩返ししないと気が済まないっていうか」
『そうか。……お前ら二人が仲良くやってるようで、安心したよ』
まあ、今でも日向と暮らしてるとどぎまぎしちゃう瞬間はあるけど。
『なら、その半分の金額は永遠に貸しとく。別に一生そのままでも良いが、気が向いたら返してくれ』
そう言い残して電話は切れた。親父が日本に帰ってきたら、改めて礼を言わないと。
家電エリアに戻ると、日向は例の食洗器をじ~っと見つめていた。どうやら、俺がいることも気づかないくらい夢中らしい。
「やっぱりさ、俺の前だから我慢してただけで、本当は欲しくて仕方ないんじゃ……?」
「ひゃうっ!? ゆ、悠人君!? そ、そんなんじゃないよ? ただ、この食洗器のフォルムが美しいなぁ、って思ってただけだから!」
「だったら、これから毎日その美しい食洗器を眺められるな。さっき親父と相談して、半分出してもらえることになったから」
「えっ……? ほ、本当にっ?」
日向の口元が嬉しそうに緩み、しかしすぐに申し訳なさそうに顔を伏せる。
「でも、こんなに高級な物をもらっちゃってもいいのかな」
「そうかな? 俺はむしろ、お買い得だって思ってるけど。だって、もしかしたらこれからずっと、日向と一緒に暮らすかもしれないんだから」
驚いたように、日向が顔を上げた。
「もし日向が高校を卒業しても、俺の家に残る可能性だってあるだろ? だったら、日向がちょっとでも楽になるように、少しでも良い食洗器を買った方が良いかなって」
気恥ずかしさを誤魔化すように、俺ははにかみながら口にした。
「日向とはもう家族だから。これくらい、ちっとも高い買い物なんかじゃないよ」
日向が呆気にとられたのは、一瞬。
やがて、くす、と笑みを零した。
「そっか。うん、そうだよね。……ありがと。この食洗器、絶対に大切にするから」
「……べ、別に感謝されるほどじゃない。日向にはいつも料理を作ってもらってるし」
日向はもう家族のはずなのに、その笑顔に緊張してしまう自分がいる。
いや、でも言い訳させてもらうとこれでも大分マシになった方なのだ。日向に初恋してる頃なら、多分もっと身体が熱くなってたと思う。
「ねえ、良かったらこの食洗器を買う前にちょっとお店の中を回らない?」
そうしてくれると助かる。大きな荷物を持って歩き回れないし、それに後でお金も下ろさないと。
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