第16話 姉さん/きのこグラタン/今度の休日に
月乃に告白されたあの日から、一週間くらいが経った。
『月乃のお願いならどんなことでも出来るだけ叶える』なんて大仰な約束をしたけれど、今までとあまり変わらない生活を過ごしている。
変化といったら、最近は毎日月乃の家で夕飯を作っていることだろうか。
だから、学校が終わってから日向と顔を合わせるのは、月乃の夕飯を作り終えて家に帰ったタイミングが一番多い。
「ただいま~」
「あっ、おかえり。月乃ちゃんのお料理、ご苦労様」
俺が家に帰るなり、エプロン姿の日向が顔を出して出迎えてくれた。
……なんか、おかえりって言われ慣れてないからか、未だにむずむずするな。一人暮らしを始めるまで、いつも俺が親父におかえりって言う立場だったし。
一方で、日向はおかえりって言う度に決まって、にへー、と柔らかい笑顔を浮かべる。まるで、その言葉を口にするのが嬉しくて仕方ない、って風に。
「学校が終わってすぐに月乃ちゃんのご飯作るの、大変でしょ? 良かったら、私が月乃ちゃんのご飯も作るけど」
「いや、いいんだ。俺が月乃に食べて欲しくて作ってるからさ」
「あっ、その気持ち分かるなぁ。悠人君って月乃ちゃんのお世話係だもんね。……あっ、ご飯出来るまでもう少しかかるから、その間お風呂でも入る?」
「えっ、風呂の準備出来るのか!? 日向、料理してるのに……?」
「こういう生活、中学生の頃からしてたから。慣れれば簡単だよ?」
「そ、そっか。なら、先に入っちゃおうかな……」
浴室に入り湯船に浸かると、身体の芯までぽかぽかして吐息が零れた。もうすぐ冬になろうとするこの季節、思った以上に身体が冷えていたのか、思わず蕩けてしまいそう。
(帰ったらお風呂が沸いていてそのまま湯船でくつろげる、か……)
ここが天国ってやつか。
今まで風呂に入ろうと思えばお湯を張る作業が必須だった暮らしを思えば、こんな贅沢が許されるのかって恐ろしくなるくらいだ。
実際、日向と同居してから俺の生活レベルはぐんと上がった気がする。
一人暮らしの頃は、生徒会や宿題で忙しい時は風呂を焚くのが面倒でシャワーで済ますことだってあったし、洗濯を怠けることも多々あった。けれど日向が来て以来、こうして毎日湯船に浸かれるし、ちゃんと毎日洗濯機を回してくれている。
本心を言えば、日向との暮らしは快適すぎて、日向がいなければ生きていけない身体になっちゃうのでは、と不安を覚えるくらいだ。
「日向は俺のこと月乃のお世話係って言ってたけど、これじゃまるで俺が日向にお世話されてるみたいだな……」
お風呂から上がると、テーブルには出来上がった夕飯が並んでいた。メインの料理は、たっぷりのキノコが入ってるとろとろのグラタンだ。
「へえ、今日はグラタンなんだ。凝ってるな」
「秋になると、しいたけとかまいたけが安くなるから。それに、そろそろ寒くなってきたしあったかい料理の方が良いかなって」
旬な食材まで取り入れた、完璧なメニューだった。
「……なあ、俺も何か家事とか手伝った方がいいかな。何か、日向ばっかりにやってもらって悪い気もするし」
「別にいいよ? こういうの、ちっとも嫌じゃないから。私のおかげで誰かが笑顔になってくれたら嬉しいもん、むしろ素直にお世話されて欲しいくらいだよ?」
確かに、日向ってそういう女の子だったな。
誰かのためになりたい。そう素直に願える少女だからこそ、今では生徒会長として全校生徒の支えになってるんだから。
……うーん。だけど、俺も日向のために何かしてあげたいな。
悶々としながら食事を終えて(なおグラタンは美味だった)、日向が洗い物をするためにキッチンに立つ。日向は特に料理に関してはこだわりがあるようで、俺が洗い物をすると言っても頑として譲らなかった。
その後ろ姿を見て、ぴん、ときた。
そうだ。日向のために、俺に出来ること。
「なあ、日向。良かったらさ、食洗器を買わないか?」
きょとん、とした顔で日向が振り返った。
「日向は料理を作ってくれるんだから、皿洗いくらいは機械がしてくれても良いと思うんだよ。それだけ時間の節約になるだろ?」
「食洗器……? う、ううん、別にいいよ。わざわざ私のためにお金なんて出さなくても」
「日向って今は学校行く前に食器洗いしてるだろ。想像して欲しいんだけど、もし食洗器があったら入れるだけで、帰宅したらぴかぴかの状態になるんだ」
「入れるだけでぴかぴか……!?」
いいぞ、食いついてる食いついてる。
「それに、ちょっとした収入があるから、家電を買うくらいの余裕ならあるし」
月乃の料理を作る代わりに両親から頂いてる三万円だが、食費に使っても結構残るため半年間せっせと貯めていた。決して無茶な買い物にはならないだろう。
「何に使おうかな、って考えてたけど、その……日向のために使えるなら悪くないな、って。日向がちょっとでも楽になってくれるなら、本望だよ」
「……私のため」
ぽつり、とその言葉を日向が口にすると、はにかんだ笑顔を浮かべた。
「そ、そっか。じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな。えへへ、食洗器かぁ」
「じゃあ、今度の週末にでも買いに行かなくちゃな。えーと、食洗器くらい大きい家電を買うなら電車で都心まで行って――」
そこまで考えて、はたと気づく。
今まで、学校帰りついでに日向と一緒に食材の買い物くらいならしたことある。
けど休日に、それも二人きりで日向と何処かに出掛けるなんて、初めてだ。
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