第14話 初めての料理/頑張ったな/そして幼馴染は をする
数分後、テーブルに置かれたミートソースパスタを前にして、月乃にしては珍しくそわそわしていた。
生徒会のみんなに見せたらぽかんとするだろうな、この光景。
「……エチケット袋、用意した方がいい?」
「何の心配してるんだ、何の。そんなに不安にならなくても、ほら」
「あっ……!」
躊躇いなくフォークに絡めたパスタを口に運び、もぐもぐと食べる。
そして、愕然としたような表情で見守る月乃に微笑んだ。
「うん、イケる。月乃が作ったパスタ、美味しいよ」
「……だ、大丈夫? お腹痛くない?」
「全然。ちゃんと作れてると思うぞ? そんなに信じられないなら食べてみろよ。多分、自分でびっくりするぞ?」
「……う、うん」
おっかなびっくりに、月乃がパスタを食べる。
その瞬間月乃が、ぱあぁ……! と喜びに染まったような顔をする。って言っても、幼馴染の俺だから雰囲気で分かるだけで、他人にはいつもの無表情に見えるだろうけど。
「美味しい――これ、本当にわたしが作ったの?」
「これで、得意料理はカップスープにお湯を入れるだけじゃなくなったな」
「……記念に、冷凍保存しようかな」
お世辞抜きにして、月乃が作ったパスタは美味い。多分、俺が作る料理と同じくらいの出来栄えなんじゃないかな。
「やっぱり、パスタみたいな簡単な料理なのが良かったのかもな。そういえば、月乃はどうして最初に肉じゃがに挑戦したんだ? 何か特別な思い入れがあったとか?」
「……家庭的な料理が作れるようになりたかったから。そうすれば、ちょっとは悠人に見直してもらえるかな、って」
思わず、フォークを運ぶ手が止まった。
「見直すって、俺が月乃を?」
「だって、悠人っていつもわたしのお世話をしてくれるから。だから、せめて料理くらいは出来るようにならなきゃ、わたしのこと認めてくれないかなって」
もしかして、だから月乃は突然料理をしたいなんて言い出したのか。
「よく分からないな。俺は別に、月乃のことで手間がかかるなんて思ったこと一度もないけど。昔から月乃とは一緒だったし、困った時はお互い様だろ」
「でも、小さい頃から悠人は、ずっとわたしを守ってくれてたよ?」
どこか懐かしそうに目を細めて、月乃は俺を見つめる。
「覚えてる? 小学生の時、わたしが料理したいって言い出したこと。お母さんとお父さんを驚かせたくて、悠人と二人でこっそり料理を作ろうとしたよね」
「ああ、ちゃんと覚えてるよ。そのせいで月乃、料理が苦手になったんだから」
忘れるはずがない。今となっては笑えるけど、あの時は大騒ぎだった。
包丁を使おうとした月乃が、誤って指を切ってしまって大泣きしたのだ。それを聞いた月乃の父親は慌てて会社を早退したし、俺は子どもだけで危ないことをしたって理由で親父にこっぴどく叱られた。
「あの時、わたしは傷が痛くてずっと泣いてたけど……一番覚えてるのは、悠人が傍にいてくれた、ってことなんだよ?」
「……俺が?」
「悠人は泣いてばっかりだったわたしに絆創膏を貼ってくれたんだ。お父さんに連絡もして、わたしが泣き止むまで手を握ってくれてたのも、悠人だったよね」
「それは、当然だろ。月乃が怪我をしたんだから」
「そんなことない。悠人がいてくれたから、あの時のわたしは頑張れた。まだ小学生なのに、悠人はわたしよりもずっとしっかりしてたよ」
月乃が浮かべるのは、柔らかい笑顔。
「あの頃の悠人、いつも言ってたよね。いつかお母さんみたいに、誰よりも優しい人になるんだって」
そうだったかもしれない。憧れだった母親を失くしたばかりの俺は、あの人みたいになりたくていつでも背伸びをしていた。
だからこそ、月乃のことは放っておけなかった。猫みたいに自由気ままな月乃は、目を離せば遠くに行ってしまいそうなくらい、危なっかしく見えたから。
「悠人って子どもの頃から頼もしくて、隣にいるだけでとても落ち着いて……でも、それだけの関係のままなんてやだな、って最近思ったの」
「それって、もしかして俺の世話になりたくないとか、そういう……?」
「違うの。これからも、悠人には甘えたい。わたしのお世話係は、悠人だけ」
そ、そっか。そんなにはっきり言われると、少し照れるけど。
「でもね、うまく言葉には出来ないけど変わりたいって思ったのは本当だよ? だからこそ、悠人の力も借りてこうやって料理も出来た。……だから、ね。悠人のお願いがあるの」
じっとこちらを見つめる、月乃の神秘的な色をした瞳。
「初めてちゃんと料理出来たこと、褒めて欲しい。……誰でもない、悠人に」
それは、息を呑むくらいに真剣な声色だった。
月乃が料理が苦手なんてこと、小さな頃からよく知ってる。そして、変わりたいって理由で克服したことも、何となく分かる。
そんな月乃が褒めて欲しいって言うのなら、叶えない理由なんて一つもなかった。
俺は、月乃の幼馴染だから。月乃の努力は、俺くらいは認めてあげたい。
フォークを皿に置き、俺は立ち上がると月乃の隣に腰を下ろした。
「……ゆ、悠人?」
隣に来るのは予想外だったらしく、月乃が戸惑いの滲んだ声を零す。
そんな月乃の頭を、ぽん、と優しく撫でた。
「頑張ったな、月乃」
俺も月乃のことを言えないな。数日前、子ども同士じゃないんだし撫で撫では止めてくれ、なんて言ったのに、今はこうして月乃の頭を撫でたいなんて思っている。
多分、それが俺と月乃の距離感なのだと思う。小さな頃から一緒にいたからこそ許される、二人だけの関係。
でも、こんな子ども扱いされたら月乃は怒るかもな。
そんな風に心配したけれど、月乃は何も言わない。微かに揺れる瞳で俺を見つめるのみ。
やがて、月乃のくちびるがゆっくりと動いた。
「――――――」
「……えっ?」
その声はあまりに小さくて、はっきりと聞き取ることは出来ない。
けれど、もし俺の見間違いでないのなら、月乃はこう言葉にしたように見えた。
好き、と。
「好き、です――ずっと前から、あなたが好きでした」
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