堕ちる武者 其の一
拝読ありがとうございます。十数話でひと段落着く予定なので是非1話からご覧ください。
本国からアルフレッド王国に戻ってきたエリック・アルファ司祭。
「私はこの件に関わる事はできません。」
「なんでだよ!エリック司祭。アンがあいつのせいで死んだんだぞ。」
「はい。アンが亡くなったのは大変残念ですが、ノア教はこの件に関わりません。今回、ヨシヒロさんに協力する事は我らの信条に反します。」
「信条…。信条がアンよりも大事なのか?エリック司祭はカンドーを憎いと思わないのか?」
「神職ですから。まず神から与えられたルールを順守してこそ、他の多くの民達に救いを与えられるのです。ヨシヒロさん達が領主の城に攻め込もうと、カンドーを殺そうと、否定も肯定もしません。しかし、“全ての戦争、内戦、クーデターなど武力行為への関与を禁止する”というノア教のルールによって、ヨシヒロさんの行動を支援する事はできません。アンが死後の世界で報われる為にも禁忌を破るわけにはいきません。」
「わかった。もういい。おいと貴方達では価値観が違いすぎる。おいはおい達の未来の為に行動する。引き止めて悪かった。今度会った時には、アンの墓の前でゆっくりと話をっできればいいな。」
「勿論です。協力はできませんが、神の祝福が貴方達に恵まれんことを願っています。」
ヨシヒロとエリック司祭は別れの挨拶を済ませ、お互い振り返る事なくその場を立ち去った。
ヨシヒロ達が領主カンドーとの対立姿勢を明確にした瞬間だった。
◇ ◇ ◇ ◇
数日後、隣国サイプレス高原国に出兵しているレオンハルト公の連勝の報が領民にまで知れ渡りスチュートの民の興奮が熱を帯びている頃、領主のカンドーとスラムの支配者ヨシヒロの対立は緊張感が増していた。
カンドー・アルフレッドの本拠、スチュート城ではカンドーや側近スネイクら数十人が軍議を重ねている。
「カンドー様、報告によれば、スラムの者達は市街地とスラムの境界に荒くれ者を配置しております・・・・が、我らの私設兵がどれほど挑発しても不発です。」
「挑発に乗り、武力行為に頼ってくれれば楽なのだがな。やはり、そこまで馬鹿ではないか……。さっさと攻め落としてしまいたいが、スラムを攻撃するのにも大義は必要なのか?」
「そうですね。ノア教は例の如く中立を表明しておりますが、アンの件で批判表明がされております。何故だかこの批判表明が公にされています。このままスラムを攻め落としてしまえば、カンドー様の印象が著しく悪くなる可能性が高いです。スチュートの特殊性を考えれば、大義が欲しいでしょう。」
スチュートの特殊性とはこの地の歴史に起因する。
スチュートは国内でも人気が高いレオンハルト公がベロ商業国への守備用に築いた都市である。その後、商業国との同盟が成立した後、レオンハルト公は高原国との国境地帯に転封されている。
カンドー達が特殊性という言葉を使って問題としているのは、新レオンハルト公領と旧公領である現カンドー領が隣同士だということだ。レオンハルト公はスチュートの住人に慕われている。カンドーに対する住人の反発が高まれば、レオンハルト公が救民を掲げて介入してくる可能性が高い。そうなってしまえば、軍の力量差から敗北は必須だ。それだけではなく、王弟カンドー・アルフレッドと現アルフレッド王は政争をしている為、支援は見込めない………いや見殺しがこの地に転封させた現王の目的ともいえる。
つまり、上記の特殊性により領民からの印象を悪くすることは即ち命に関わるのことなのだ。
「アンの件が漏れてしまったのが痛いな。あの女め…………。はてさて、ノア教が広めているのか、はたまたヨシヒロが吹聴しているのか……。」
「どちらにせよ、このままではスラムを攻め難いのは確か。此方側の大義を示してから、攻め落とすのが確実でしょう。」
「自分の領内の反乱分子さえ潰せんとは。厄介だの。」
「ここまで挑発に乗ってこないとなると、スラムの団結力は予想以上にヨシヒロを中心に固まっているのかもしれません。ここは素直に彼の評価を改め、別の策を取った方が良いかもしれません。」
「ほう。別の策?聞かせてくれ。」
「やはり、孤児院関連が付け入るスキでしょう。まず孤児を攫い・・・・・・、」
側近スネイクが献策をしている最中にバンッ!と扉を開く音がする。
「失礼します!!緊急の報告です!!」
◇ ◇ ◇ ◇
一方そのころヨシヒロも自身の家で作戦会議をしていた。
「挑発の無視は徹底しているか?たしか担当はパウだよな?」
「はい。ヨシヒロ様。挑発に乗れば攻め入る隙を与える故、徹底的に無視するよう皆に周知させています。」
数週間前からパウはヨシヒロの権威に関わるからと人前では敬語を使うようになっていた。リケやルベンはそのままなのであまり意味はないと思うが、本人の意志は強い。リケとルベンの他にもう一人の敬語を使わない男ロイドが喋りだした。
「教会がアンの件に関して領主に対し批判した事がアンの事件の内容と共に市街地で話題になっているらしいぞ。詳しく調べてみれば、エリック司祭が自身の不在中のアンの事件について、領主に説明を求める形で批判し、領民に情報を流していたみたいだ。エリック司祭は俺の会った司祭の中で1番人情味に溢れた人物だった。先日のヨシヒロとの話し合いでは冷静な姿勢を崩さなかったらしいが、内心思う所があったんじゃないか??」
「自身の立場からは表立って支援はできないが・・・・・、スラム有利の世論を創り出すという形で暗におい達を支援してくれているのかもな。先日はつらい当たり方をしてしまったな。今度会ったときは一言お礼を言わないと。」
「そんなことより!!これからどうするんだ???」
ルベンは自分が抗争の中心にいれることがうれしいみたいで最近常にはしゃいでいる。
「おぅ。これから作戦を説明するぞ?まず、この世論の流れは利用すべきだ。だから・・・・、」
ヨシヒロが作戦を説明している最中にバンッと情報収集をさせていた仲間が入ってきた。
「大変だ!やばいことが起きた!」
◇ ◇ ◇ ◇
カンドー陣営、ヨシヒロ陣営、両陣営ともが驚愕する情報がほぼ同時にもたらされる。
「今、軍議中だぞ。急用でなければ処罰に値するぞ?」
「スネイク様、申し訳ございません。大変重要な情報の為、すぐにお伝えせねばと…。」
「なんじゃ?」
「現在行われている我が国と高原国との間での戦争でレオンハルト公が苦戦中です。」
「なんじゃと?レオンハルトを苦戦させる者などこの半島には1人もおらんじゃろ。」
「それが、なんと………、ベロ商業国が我らの国との同盟を破り、レオンハルト公軍に襲い掛かった模様…………。そして、このスチュートに向け商業国の傭兵団3万が進行中です!!」
!?!?!?!?
後世の歴史書には今回の「ヘブン平原の戦い」について以下の様に記載されている。
「アララト歴1492年、アルフレッド王国稀代の英雄レオンハルトが同盟国であるベロ商業国の傭兵団と共に連合軍を結成し、サイプレス高原国の要所“ヘブン平原”を攻めた。連勝でヘブン平原まで軍を進めた連合軍と敵対する高原国軍は会戦を開始した。しかし、4日後の深夜に傭兵団は突如として裏切り王国軍に襲い掛かった。同時に、商業国は王国に対し同盟の破棄、宣戦布告を行い、王国の第二都市スチュートを攻めた。その後、・・・・・・(以下略)。」




