感性の原石 後編
ミユビがチャッピーの所に来るのはもう時間の問題だ。
力量の差は歴然としている。武力ではチャッピーはミユビには万に一つも勝てない。
「チャッピー様、俺が出ます。」
「ダイクス、それは駄目。貴方であってもミユビには勝てるとは限らない。」
ダイクス…彼は第二大隊の副官である。武力を持たないチャッピーの代わりに突撃などの武力が必要な行軍を担ってきた男だ。今回の戦争では左軍(ミユビから見て右側)の兵を率いていたが、虎挟によってチャッピーと合流していた。
「いえ、俺が時間を稼ぎます。貴方はその間に軍を立て直して下され、此処に迫られているといってもまだ兵力差は我らの優位。時間さえ作れば貴方は負けないと確信しております。」
「でも、ミユビの強さは貴方も見ているでしょう?行っては駄目!!!!」
チャッピーはダイクスを引き止めようと手を掴むが、その手を振り払う。そのまま後ろを振り返る事なく馬に跨り前を見つめる。
ダイクスは従順な男だった。上司であるチャッピーの言うことに従い多くの戦果を上げてきた。彼は一度も彼女の命令を無碍にした事はない、破った事はない。
彼は初めて将軍チャル・ピートルの命に背いた。
「俺はレオンハルト軍第二大隊副官ダイクスだ。小国の王ミユビ・フォーリヴァよ!お主の命運はここまでだ。いざ勝負。」
ダイクスは馬の腹を蹴り、ミユビへと駆けていく。
「勇猛な副官よ…、敬意を表してその勝負をお受けする。小国の王の槍、さりとて重い重い槍だ。受け止めてみな。」
ミユビとダイクスは加速しお互いの間合いに入る。
ダイクスは矛を振りかぶりミユビの頭を狙う。
ミユビはダイクスの左胸を狙い槍を突き出す。
お互いの一撃は空を切る…
が………、ミユビの方が1枚上手だった。空を切った槍を右に薙ぎ柄の部分でダイクスを馬から振り落とす…
が………、ダイクスは土壇場で力を振り絞る。自身の落馬とともにミユビの槍を掴みミユビを巻き込み落下する。
こうしてミユビとダイクスの勝負は騎乗から地上での勝負に移り変わる。
ミユビは顔についた土を払い、槍を構える。
「ボクを落馬させるなんて…やるね…」
ダイクスは横転してしまった馬を撫でながら、矛を構える。
「地上なら上背のある俺の方が有利だぜ??」
「関係ないよ。君は次の一突きで殺す。」
「その突きよりも先に真っ二つにしてやるよ!」
2人は距離を取り間合いを空ける。示し合わせたかの様に同じタイミングで息を吐き、同じタイミングで一歩を踏み出す。
ミユビは決心する。
敵の将軍を討ち取る為にも、これ以上時間はかけられない……、ならばこの一撃に全てを賭ける。これまでとは比べものならない速さで槍を突き出す。
ダイクスは決心する。
ミユビは強い。時間を稼ぐなんて悠長な事は叶わない……、ならばこの一撃で相手を倒し、チャッピーを救う。彼の人生で1番力が込められた矛を振りかぶる。
キィィイイン!!!
戦場に金属音が鳴り響く。
ミユビの渾身の槍は何者かの日本刀によって止められた。
ダイクスの渾身の矛は何者かの大矛によってへし折られた。
ミユビとダイクスの一騎打ちに割って入ったのは、日本刀を持った黒髪の男と大矛を持つ水色の髪の男の2人だ。
「キャッキャッ、ギリギリだったなダイクス。俺様に感謝しろよ?」
黒髪の男はダイクスに笑いかける。
『あ、ごめん。勢い余って矛を折っちゃった。僕の顔に免じて許して??』
水色の髪の男は薄っぺらい謝罪をする。
自身とダイクスの一騎打ちを止める程の実力を2人の見知らぬ傑物の登場にミユビは混乱していた。目の前の2人には勝てないと彼の感性が告げる。
「誰だ……?」
「あぁ、俺の名はジャクソン。レオンハルト軍第四大隊将軍だ。こっちにいる水色はレオンハルト…、お前も名前ぐらい聞いたことあるだろ?」
『やぁ、有名人のレオンハルトだよ。いきなり割って入って悪かったね。でも、君にこれ以上暴れられる訳にはいかないからさ。』
「あの…レオンハルトか…」
『そうそう。僕は君の国を攻めている軍の総大将。君にもう勝ち目はない、大人しく降伏してくれないかい?』
「何度も言うが、王国に降伏する気はない。理由は将軍の女に聞いてくれ。」
拒否をするミユビの目をジャクソンが覗き込み、肩を叩く、
「さっさと降伏しな。俺は第四大隊1万を連れてきてる。お前に勝ち目はねぇ。それに俺の軍が暴れれば国民も国土も無事の保証はできねぇ。今、お前がその首を縦に振れば残った国民は全員生かしてやるからよ?」
『ジャクソン。彼に脅しは効かない。そこまでにしておくんだ。』
「へいへーい。後は兄貴に任せるよ。」
ジャクソンはこの場を立ち去る。
レオンハルトは敵意を全く感じない表情でミユビを見つめる。
『こんな場所でなんだが、僕の話を聞いて欲しい。』
「降伏の気はないが既にボク達に勝ち目はない……話ぐらいなら聞いてやる。」
『君が降伏しない理由はついさっきチャッピーに聞いた。君の言い分は正しい。今のアルフレッド王国は国民である僕でさえ誇りを持つことができない国だ。君の国が降伏しても王国内で自由になれる事はないだろう。』
「そうだ。だからボクは負けられない。勝てなくとも自由なこの国を守りたい。」
『ミユビ…君にはアルフレッド王国ではなく、このペドロ・レオンハルトに降ってくれないか?』
「は?言っている意味が…。」
『君が王国に降伏しても、君の国民は全員…1人も漏れなく僕が匿うと約束しよう。領土は王国の物になるが、国民は守ってやれる。僕の領土は王派や王弟派の権力圏外だ…自由な生活を容認できる。』
「戦争で勝ち取って献上する土地が人一人もいないなんてアルフレッド王国の王は納得しないだろ??」
『そうだね〜、こっ酷く怒られそうだし、関係も悪化しそうだ。勿論、恩賞も帳消しだろうね。』
「ボクを降伏させる為に、今回の戦争の意味を失ってどうする?恩賞も無ければ君達に利益はないじゃないか。」
『僕は君が欲しい。理想の国を作る為にはミユビの力が必要だ。』
「理想の国?」
『誰もが自由に生き、自由に活動し、自由に死ねる国さ。今のアルフレッド王国は生まれた頃から身分が決まり、王命によって戦争に駆り出され、戦死する。こんな国は誇れない。僕はこの国を変えたいと強く願っている。その為には強く頼れる部下を集めているんだ。』
ミユビは自由な生活を守る為に王国に降伏しない道を選んだ。しかし、王国の中にいるレオンハルトは自由な国を目指している。このまま王国と高原国に挟まれた小国という立地では戦争ばかりで真に自由な生活は送れないかもしれない。彼の提案はミユビの理想を叶え、国民をこれ以上戦争に巻き込まなくて済む……。
ミユビはレオンハルトの思いを聞き降伏を受け入れた。
フォーリヴァ軍は皆武器を置き、一時的にレオンハルト軍に連行された。目指す先はフォーリヴァ国の王都、王であるミユビ捕らえた事で無血開城が見込まれる。
レオンハルト達は知る由はないが、もともとミユビが敗れた時点で王都は無血開城の準備をしていたので、ミユビを捕らえた事は無意味だ。
しかし、レオンハルトがミユビを部下に加えた事には大きな意味がある。
◇ ◇ ◇ ◇
フォーリヴァ国の王都に向かう道中、ミユビとレオンハルトは多くの言葉を交わした。
「レオンハルト、君の下の名前は?」
「うん?ペドロだよ。それがどうかした?」
「これからペディって呼ぶよ。降伏をして、この国土を失うけど…心の中ではいつまでもこの国の王でいたい。君に敬意は払っても遜りたくはない。その意思の現れとして名前を呼ぶよ。」
「お好きにどうぞ〜。」
「あ、そうそう。ボクと国民達の移住先だけど湖の近くののどかな村がいいな〜、ちゃんと用意してね。」
「おい、負けた奴がわがまま言うなよ!」
「ボクはペディに力を貸すけど謙る気はないよ、自分の意見は通す!だからよろしく!」
「まぁ、チャッピーに任せればいっか…」
「最近ちゃんと寝れてなかったから、眠くなっちゃった。ボクは昼寝するよ。王都についたら起こして。」
「自由気ままだね〜」
レオンハルトは顔に笑みを浮かべていた。
その後ミユビは1年もしない内に功績を積み上げ、空席だった第三大隊の将軍となった。




