野伏
行軍将棋のシーンが難しければ、解説さんの話が分かりやすくなってます。
「なんですか?レオンハルト様。」
「チャッピーも見たいだろうなと思って、誘ってみた。若い才能のぶつかり合いはきっと楽しいよ。」
「私が沢山の仕事を抱えているのをご存じですよね?命令した本人なんですから。」
「まぁまぁ。新鮮なインスピレーションは自身の軍略にも好影響だよ。これも仕事と思ってさ。」
「仕事なら仕様がないですね。失礼します。」
口では否定していたが、本能では2人の行軍将棋に興味津々だったようで最前列で見物を始める。
ヨシヒロは簡単なルールを教えて貰った。特筆すべきなのは伏兵が可能という点だった。できるだけ本番に似せる結果編み出されたのだそうだ。
ルール説明が終わった所で2人はお互いにお辞儀をして行軍将棋が始まった。
◇ ◇ ◇ ◇
今回の舞台となるのは平野の地形図だ。平野の中央には2つの川(上川と下川と呼ばれている)が流れており、その両外側に駒が置かれている。
「では、まずルキウス。配置と伏兵の設置を。ヨシヒロ殿後ろを向いてくだされ。」
ルキウスが上川の北側に配置をする。しばらくした後、ヨシヒロに声がかけられ下川の南側の配置を始める。
因みに伏兵は川より手前に配置する必要があり、姿を現すまで移動はできない。
まずはお互いの配置の確認。
ルキウスの配置は川に沿って均等で1割の兵が伏兵として隠している。。
ヨシヒロは中央固めの不均等配置。西に2割、中央に6割。残りの2割は東西に半分ずつ伏兵で配置。
行軍将棋の幕が開けた。
◇ ◆ ◇ ◆
序盤から盤面は大きく動いた。ルキウスがヨシヒロの東の無配地を伏兵の罠と考え中央に6割の駒を集めたのに対し、ヨシヒロは西の駒と中央の半分の駒を下川渡河させた。両者とも大きく配置を変えた。
中盤。ヨシヒロが西の駒をさらに上川渡河させたのに対し、ルキウスは2割の駒と伏兵の1割の駒を残し数的有利を保ったまま、残りの駒をすべて上川渡河させ、7vs3の状況を作りあげる。
終盤。ルキウスが中央7vs3で戦闘をはじめようとしたのに対し、ヨシヒロは1割の駒だけを残し、後の2割は下川渡河で元の位置に戻し中央に5割を揃える。残した1割の駒は殲滅された。そして、上川を渡河させた北西の駒は放置したのに対し、ルキウスは伏兵を開示しヨシヒロの西の駒に数的有利で襲い掛かる。中央・北西共にルキウス有利で最終盤へ。
最終盤。中央の7割の駒を下川渡河させ、ヨシヒロの中央と数的有利の戦闘を始めるが、ここでヨシヒロの伏兵を開示、下川を渡河しルキウスの駒の背後を取る。これにて包囲完成。中央は同数の戦闘の為、包囲しているヨシヒロに軍配が上がる。
ヨシヒロは勝利した。
◇ ◆ ◇ ◆
ヨシヒロのガッツポーズ、落ち込むルキウスを他所に、実況と解説は勝因についての論議が盛り上がる。
「終盤まではルキウス有利に見えたけど、どこが勝負の分かれ目?」
「うーん、序盤からの積み重ねが効いたって感じ。東をブラフに使い、西を押し上げたことで3割の兵を本隊から離せたのが大きい。中央でも最初に渡河して誘った後、1割の駒を犠牲に自分の本隊の所までおびき寄せ、後は伏兵で包囲・・・。やはり、序盤から無駄がない。」
「わざと負けて誘き寄せるって所が僕たちには新鮮だったね。若者が思いつくとは思えない冷静で冷酷な策だ。」
「そうね。わざと犠牲を出すことで最終的な優位を手に入れた。肝が据わってないとできないわよ。少しでも間違えると敗北が早まるだけ。」
レオンハルトとチャッピーが絶賛している“わざと負けて誘き寄せる策”は島津義弘の兵法である。その名を「釣り野伏せ」。
主力となる兵を三隊に分け、そのうち二隊をあらかじめ左右に伏兵として配置、機を見て敵を三方から囲み包囲殲滅する戦法である。 まず中央の部隊のみが敵に正面から当たり、敗走を装いながら後退する・・・これが「釣り」。敵が追撃するために前進すると、左右両側から伏兵に襲わせる・・・これが「野伏せ」である。
実況と解説に敗北者も加わる。
「今回の行軍将棋ではそのルール上ヨシヒロは北西で兵を引き離し、同数での中央の包囲を完成させた。しかし、実際は寡兵で多勢を倒す策に思えるのだがどうだい?」
実況と解説と敗北者に加え、ついに勝利者インタビューが始まる。
「そうだ。寡兵で兵数に勝る相手を殲滅する戦法だ。しかし、釣りの兵は高い練度と士気、戦闘能力が必要だと考えてる。」
「ちょっと待って。寡兵で殲滅するなんて考えたことなかった。もっと詳しく教えて。」
4人の話し合いは長時間続いた。
◇ ◇ ◇ ◇
戦術についてたっぷりと話し込んだ後、ルキウスはヨシヒロに握手を求めた。
「行軍将棋の前は煽って悪かったね。私は第2王子だけど、敬語とか気にせず接してほしい。ぜひ友達になろう。」
「あぁ。ルキウスの軍略の深さは先程の行軍将棋で理解した。同年代で好敵手ができたのは嬉しい。また戦ってくれ。」
「いつでも待っているよ。私は基本的にこの部屋にいる。ともに軍略を磨いていこう。」
熱い握手を交わし、ルキウスと別れた。
◇ ◇ ◇ ◇
白熱した戦いですっかり忘れていたが、レオンハルトが紹介したいお友達候補はもう一人いる。
今度は野外の訓練場に向かって歩いている。部下たちが日々自分の剣術等を磨くために作られた施設だ。木刀でのタイマンも行われており、大物同士の大戦だと観客が足を運ぶほどだ。今も多くの人が鍛錬を続けている。レオンハルトはその中でも一番オーラを放つ男に近づいていく。
「お友達候補の前に僕の部下を紹介するね。彼はグレイヴ。第一大隊を率いてもらっている。一言でいえば剛将かな。彼の軍は突破力・破壊力が売りでね。とても頼りにしてる。」
「初めまして。お前の噂はよく聞いたよ。強いんだってな。あとでタイマンしようぜ。」
「えぇ、ぜひお願いします。」
「グレイヴ、そんな野蛮なことよりカレンはどこにいる?彼女を紹介しようと思っているんだけど。」
「カレンならもうすぐ休憩から戻ってくるはずだ・・・・・いたな。あそこだ。」
名前から今朝のオレンジ髪の女だとは思ったが、グレイヴの指さす先を見て確信に変わった。
「おーい!カレン!こっち来てーー!」
カレンはレオンハルトに話しかけられて嫌々近寄る。
「なに?レオンハルト。あたし今休憩終わったんだけど。」
「うん。君のお婿さん候補連れてきた。」
え、、、お友達候補じゃなかったの・・・・。
ヨシヒロ、ルキウス、レオンハルトは今後の最重要登場人物です。




