堕とす天使
次回で一章が終わるので、ぜひ一話からご覧ください。
戦闘中に大切な人を沢山失い、我を忘れて暴れているヨシヒロは周りの感覚を無くし、一帯が真っ白に感じていた。その真っ白の世界にベルゼブブは現れた。彼と目が合うと不思議と気分が落ち着く。
「久しぶり、ヨシヒロさん。僕のこと覚えててくれた?」
「忘れるわけないだろう。ベルゼブブ。ここは何処だ?」
「ヨシヒロさんの意識の内側に僕が入り込んだの。まぁそんな事より、本題に入ろうか。僕は君に力を与えるの事ができるんだ。君は受け取るかい?」
「おいに力を与えてくれるのか?おいは強くなりたい……力が欲しいと強く願っていた………。」
「ヨシヒロさんが力を欲しているのは理解しているよ。上からずっと見てたもの。だから、聞きにきた。」
「その力とはどんな物だ?怪しいものをなんの考えもなしに受け入れるほど、我を失ってはいない。」
「詳しくは言えない。けど、異次元の力だ………、この力を手に入れたら、もう人じゃない。そんな領域に足を踏み入れることになる。」
「それほど強力な力………。」
「そしてデメリットはある。その力を得れば、ヨシヒロさんは島津義弘を失う。」
「どうゆう事だ?前世の記憶を失うという事か?」
「少し違うね。自分が過去に島津義弘であった事を理解したまま、人格そのものが変わっていく。実はヨシヒロさんの年齢を弄ったり体を変えたり干渉した時点で、既に半分以上島津義弘の人格は無くなっている。自覚はないかい?」
自身のこの世界での数ヶ月を振り返る。特に自身の人格が顕著に現れた場面、アンの死に対する反応、リケの死に対する反応だ。今思い返してみれば、アン1人の死で現体制との決別・対立を選択し、リケの死で我を忘れるほど怒り狂った。島津義弘ではあり得ない反応だ。
島津義弘は歴戦の猛者。勿論、その中で多くの仲間を失っている。実弟を不本意な形で失い、甥を自らの生と引き換えに失った。
確かに、前世の島津義弘とこの世界に来てからのヨシヒロとでは死生観が変わりすぎている。
「おいはもう島津義弘を失いつつある…。それを言われて初めて違和感に感じていた点と点が線で繋がった。自覚はある。」
「つまり、80年以上共にしてきた島津義弘と引き換えに僕は新しい力と人格を与える。それでも君は受け取るかい?強くなりたいかい?」
「…………………。」
数秒のヨシヒロと島津義弘との葛藤、そして彼は島津義弘を捨てる決心をした。
父への敬愛の気持ち、兄への感謝の気持ち、妻への愛の気持ち、甥への謝罪の気持ち、今後も記憶には残るが湧き出てこないであろう気持ちを噛み締める。
「この世界でこれ以上何も失わないように……、おいは最後に島津義弘を捨てる。この世界のヨシヒロとして生きていく。」
「覚悟はできた…みたいだね。」
「この先はもう何も失いたくない。」
この気持ちは多くの死を後悔している島津義弘の気持ちなのか、新しい人格から生まれた気持ちなのかは既に分からない。しかし、ここで逃げたら後悔をする気がする。あの時、力を得ていれば……と。
「じゃあ、ヨシヒロさんを戦場に戻すね。戻ったら『堕天』と詠唱して。その詠唱をきっかけにヨシヒロさんは僕の力を得て、島津義弘を失う。」
「あぁ、分かった。」
◇ ◇ ◇ ◇
3万人近くの敵兵の包囲の中心にヨシヒロたった1人が立っている………そんな絶望の戦場に戻ってきた。
80年以上共に歩いてきた人格との最後の別れ、そして深呼吸で精神を整える。
「お待たせしました、傭兵団の諸君。おいの新たな人生の門出に…………死んでくれ。……『堕天』。」
詠唱と共にヨシヒロの体・衣服に変化が訪れる。
特徴的なのは、漆黒の和風の羽織を筋肉質の体に直接羽織っていること、腰に太い縄を巻いていること、鬼の様に見える顔が付いた膝あてをしていることだ。
そして、ヨシヒロの右目が赫く輝く。
「オレはヨシヒロ!この世界でも最強になろうと思う。以後宜しく!」
ベルゼブブはヨシヒロの脳内に語りかける。
「無事に堕天できたみたいだね。君に与えた力は天賦之巨。僕が昔手に入れたある巨人の力。現時点は5メートル級の巨人が手に入れる膂力、脚力、硬質等を人間のサイズで扱える。今は単純に君の身体能力が5倍されると考えればいい。簡単に言えば身体強化。使ってみればわかるよ。元のポテンシャルが高い君の体で使うにはぴったりだと思ってこの力を与えた。
誰の目にも止まらず、どんなものでも破壊し、自身に刃を通さない。最強じゃない?」
視界内に入った1番位の高そうな敵兵までヨシヒロは全速力で走った。あまりの速さに客観的には瞬間移動の様に見えた。
その敵兵に剣を振り下ろす。あまりの力強さに1人を真っ二つに斬るだけでは物足りず、勢いが風となって辺りを吹き飛ばす。
切り倒した敵兵の部下がヨシヒロに剣を振り下ろす。あまりの硬さに振り下ろした剣が折れる。
一撃で剣がボロボロだ。足元に落ちている他の剣を拾う。
不思議な感覚だ。戦国最強島津義弘の記憶は残っているが自分の物ではない。彼の記憶を辿ると、岩剣城での初陣でも、木崎原の奇襲でも、豊臣軍との根白坂での合戦でも、外国で絶望的な敵兵に包囲された泗川での防衛戦でも、関ヶ原での敵中突破でも、彼はある1つの言葉を叫んでいる。
自分の一つ前の人格が生きていた証としてその言葉を叫ぶ。
「チェストォォォ!!!!」
薩摩の兵が自身を鼓舞するために使う言葉を叫びながらヨシヒロは大軍の中に飛び込む。
誰にも見えず、しかし多くの人が倒れていく。視認したとしても攻撃は当たらない。
傭兵団の傭兵達は畏怖の念が広がり軍としての形を崩していく……
「なんなんだ!こいつは!」
「こんな奴にどうやって!勝てばいいんだ」
「戦に勝ったのはオイラ達だろ!」
「神様、どの神様でもいい。おれたずを助けてくれぇ」
「鬼だ!鬼に化けたぞ!」
ヨシヒロは精魂尽き果てるまで暴れ続けた。
◇ ◇ ◇ ◇
ドレークとペルは阿鼻叫喚と化す戦場を眺めていた。
「どうゆう事だ。この前戦った時は本気じゃなかったのか?」
「古き書物で読んだことがある。姿が変わり、異次元の強さを手に入れ、右目が赫く輝く……、そんな人外の強さの人間が過去に存在したと・・・・、書物は彼らを“堕人”と称していた。」
「どうすればいい?このまま傭兵達に戦わせ続けて勝てるものなのか?俺が怪我していなければ戦いを挑んだが、現状の俺では死にに行くだけだ。」
熱情型で戦うのが大好きなドレークですら、本能が今のヨシヒロと戦いを拒否する。
「すまない、迷っているんだ。戦い続けたら奴1人のために一万を超える犠牲が出るかもしれない。だが、ここで逃したら今後奴が敵になる……。結局、ここにいる傭兵以上の犠牲になるかもしれない。」
「迷っているのか…。じゃあ、退こう。1人だけの為に1万人を殺して良いわけがない。当初の目的のスチュートは手に入れたんだ。急いで守りを固めなきゃ、手に入れた街すら失うことになる。敵の援軍が来る前に守りを固める手筈だろ?」
「だが、私は街を手にする以上に奴を亡き者にする方が我らの国に有益な気がするのだ!」
「気がする…、言い換えれば山勘で大勢の人を死なせていいわけがないだろう!この軍は俺が大将だ。撤退の指令を出す、いいな?」
「はい……。」
いつものおチャラけた態度とは全く違う…正しく団長としてのドレークの態度にペルもこれ以上は逆らえない。本来の目的を達成している今、これ以上の欲を出すべきではないと自身の心を落ち着かせる。
「では、全軍退却。すぐにスチュートに戻り、防御を整える。」
退却の命を全軍に伝えようとしたその時、周辺の監視を任せていた腹心が息を切らしてドレークとペルの元へと走り込む。
「急報!西へ30分の所に敵影あり……。」
「敵の援軍?数は?」
「1万前後かと。」
「1万なら大丈夫だ。ドレークが2万を率い、その敵を足止めしている間に私が残りを率いて街の防御を固める。」
素早く指示を出したが、まだ何か言いたげな彼を疑問に思い尋ねる。
「まだ何か他に情報が?」
「そ、それが……、その軍勢は全軍が藍色の軍装を着ており、龍の旗が靡いているとの情報が…。」
「藍色の軍装に…、龍の旗……!!おい、ペル…、もしかしなくても……あの人の軍勢だよな?」
「あぁ、レオンハルトの軍だ。しかも、藍色の軍装は直下兵だな。龍の旗があるということは、本人がいる可能性が高い。」
「高原国との戦で俺たちの傭兵が裏切って足止めをしているんじゃないのか?だからこそ、俺たちは此処を攻めれたんだ。」
「そこは問題じゃない。足止めができなくても軍の足では今日ここにいるはずはない・・・・・。」
両者は顔を見合わせ、同時に同じ決断を下す。
「「撤退だ。」」
「先程は方針に迷ったが、レオンハルトに勝負を挑むほど傲ってはない。できる限りの嫌がらせをしてこの街を放棄しよう。」
「はぁ・・・・、同盟破棄からの急襲っていう一度しか切れないカードを使ったにも関わらず、失敗か。俺が団長だからって全部俺の責任にされたらどうしよう・・・・。」
「鬼がでたから無理でしたーって言い訳したらどうだ?ついでに私の責任も背負っておくれ。」
「嫌だよ。でも、本当にヨシヒロさえいなければ、街の守備も整ったかもしれないし・・・・案外鬼のせいにするのもありか・・・。」
ベロ商業国傭兵団は撤退を決めた。ペルの献策で少しでも戦果を得るため、捕虜をすぐに本国に輸送を始める。レオンハルト軍の進軍スピードの速さから、衰弱しきった軍や虚栄の軍である可能性も少なからずあったので、レオンハルト軍が近づくのをギリギリまで待った・・・・しかし、万全の状態の藍色の軍を視認した瞬間、傭兵団は撤退した。
◇ ◇ ◇ ◇
傭兵団が撤退する少し前、傭兵団が全兵をヨシヒロに差し向けたので南の砦はもぬけの殻になっていた。その最上階からある男がヨシヒロの様子を眺めていた。
「堕人ねぇ・・・。初めて見たが凄まじいな。」
その男へロイドが近づく。
「ここにいたのか、レオンハルト。」
「何でここがわかったのさ?誰にも言わずにここに来たのに。」
「あんたが軍列から姿を消した瞬間、軍師殿が多分ここだから迎えにいけって言われてな。」
「さすが僕の軍師だねぇ。人探しも一流ってか。」
「それで・・・・、ヨシヒロはおもしろいだろ?」
「うん。僕の興味レーダーがビンビン。ここまで急いで来た甲斐があったよ。」
「この前まではここまでの化け物ではなかったけどな。」
ここでレオンハルトは自分の軍勢が接近したのを視認する。
「あ!僕の軍が来たね。あぁ、敵さんは撤退しちゃうのか・・・残念。」
眼下の河原で繰り広げられていたヨシヒロと傭兵団の戦いが終わったように見えた・・・・が、ヨシヒロが追撃を始めた。
「ありゃ、このままじゃ彼でも流石に死んじゃうよ。ちょっと止めてくる。」
ビルでいえば3階ほどの高さから飛び降り、ヨシヒロを止めるべく河原を駆ける。
「あ、おい!せっかく見つけたのにまた追いかけるのか・・・・。」
ロイドは階段を使い砦から出て彼を追いかける。
◇ ◇ ◇ ◇
堕天してから体の消耗が激しい・・・・、こんな規格外の力を無尽蔵に使える訳はないか・・・。
とっくに体の限界は超えている。気力だけで敵をなぎ倒し続ける。
敵兵とヨシヒロの間の空間が開いていく・・?こいつら撤退を始めたのか。
何故だ。援軍が来るのは早くても明日、自分を殺さず撤退するはずはない。
この時のヨシヒロはレオンハルトの援軍が一日早く間に合った事も、そのレオンハルトが砦から自信を眺めていることも知らない。
「逃げんな!俺は1人だぞ!」
逃げる敵兵を追いかけた。
進行方向を塞ぐように目の前に一人の男が立ちふさがる。
「止まって。君の戦いはここまでだよ。」
赤髪で右目が赫眼のヨシヒロと水色の髪で目が藍色のレオンハルトが向き合う。
なぜレオンハルトは南の砦にいたの?
A.ヨシヒロが堕天したことで、レオンハルトが大きな力を感じ取った。興味をもち、居ても立っても居られなくなり、見物しやすい南の砦に来た。
なぜ軍師はレオンハルトの場所が分かった?
A.普段からレオンハルトの勝手な行動に耐性がついていたし、目的地は大体戦場で一番激しい所だから。
なぜレオンハルト軍は一日早く来れた?
A.この答えはそのうち本編で。