堕ちる武者 其の五
拝読ありがとうございます。十数話でひと段落つく予定なので是非一話からご覧下さい。
スネイクの裏切りは全ての仲間を窮地に陥れる
アルフレッド王国第二都市スチュートの北の城壁上では守備兵が必死に矢を射ていた。
直下に位置する北の門を守るべく多くの兵が手に血を滲ませながら弓を引く。
「昨日と比べて敵の兵減ってるよな?」
「傭兵団の奴等、俺らにビビって兵が逃げ出してるんじゃねぇか?」
「そうだ!そうに違いねぇ!おいら達の街を襲わせる訳にはいかねぇよ!」
「お前ら。無駄口叩く暇あるなら一本でも多く矢を放て。」
突然の急襲に対し、自らの街を守らんと自ら志願して城壁を守る戦の初心者達に正規兵が叱責する。
「まぁ、新人たちも安心しな。この街はあの偉大なレオンハルト様が作った街だ。簡単に落とされたりしねぇ・・・・・・よ?」
突然足元がグラグラと揺れる。正規兵、新人も謎の揺れに頭に疑問符が浮かぶ。
城壁の下から伝令が息を切らしながら走ってくる。
「も、門が!門が!」
「落ち着け。どうした?門がどうしたって?」
「北の門が開門しています!!!!!!!!!!!」
!?!?
◇ ◇ ◇ ◇
ベロ商業国傭兵団を率いる副団長のペルは開く北の門を本陣から眺める。
「はぁ、スチュートは強固な街だ。軍略を学んだ者なら見ただけで血の気が引くほどの防御施設だが・・・、守る人が愚かなら3日も持たないのか。残念だ。」
「ん?よかったじゃねぇか。楽に攻め落とせて・・。」
「ドレークか、もう傷は大丈夫なのか?」
ヨシヒロとの一騎打ちで怪我を負った傭兵団長ドレークは包帯を所々に巻かれている。
「あぁ。大丈夫だ!」
「大丈夫だ。じゃないわよ、死にかけてたくせに。どっかの馬鹿が暴走してなきゃ、もっと早く開門できたのよ?」
「その馬鹿って俺のことじゃねぇか!俺は団長だぞ!」
「あぁ、すまない。礼儀を欠いていたな、馬鹿団長。この街の主の王弟カンドー・アルフレッドも、裏切りに応じたスネイクも馬鹿だ。私が守備する立場なら1年は守り切れる。本当に馬鹿だ。こんなに素晴らしい防御施設がもったいない。」
「馬鹿馬鹿言い過ぎだ、馬鹿!」
2人が言い合いを続けると1人の男が現れ、膝をつく。
「傭兵団長殿、副団長殿。お初にお目にかかります。スネイクでございます。」
「あぁ、お前が簡単に裏切ったっていう、クソやろブゥぅぅ・・・・。痛たぁぁ!喋ってる途中に殴るな。舌噛んだらどうすんだ。」
パウはドレークの頭を殴り、文句を言うドレークも無視しながらスネイクに話しかける。
「私はベロ商業国の傭兵団を率いる副団長のパウ。横にいるのが馬鹿・・いや、団長のドレーク。此度は我々の要請を受けてくれてありがとう。貴殿のお陰で、無駄な人死にが出なくて済んだ。」
「滅相もございません。それで、商業国の貴族に・・・という話は本当ですよね?」
「あぁ、勿論。貴殿は無駄な死を防ぐために多くの人を救った英雄。約束を反故にはせんよ。スネイク殿も疲れているだろう?天幕を用意しているからそこで休むといい。」
「はっ!ありがとうございます。」
スネイクはフラフラと天幕へと去っていく・・・・、それを見るパウの目は汚いものを見る様な軽蔑の目をしていた。
「ケッ、お前もあいつを酷い目で見てるぞ?」
「ん?なんて言った?」
「いやいや、なんでもないよ。」
スチュートの街の中から煙が上がっている。完全にスチュートが陥落した証拠だった。
「この先はどうするんだっけ?」
「お前には説明したぞ?ドレーク。兵士は皆殺し、非戦闘員は全員捕えて連行する。」
「前も思ったけどよ。そこまでする必要あんのか?」
「ここはあのレオンハルトの旧領だぞ?どんな奴が潜んでるか分からん。ちゃんと対処しないとこちらの情報が筒抜けになる。」
「レオンハルトかー、俺はあいつが来たらすぐにでも逃げ出したい。」
「無論だ。それと、南の砦は特に対処する予定はなかったが・・・・、ヨシヒロという男は危なすぎる。スチュートを掌握した後、敵軍の背後から合流し全軍で南の砦を殲滅する。」
「全軍の3万で数百人しかいない南の砦を攻めるのかよ。レオンハルトも怖ぇがペルも怖いな。」
◇ ◇ ◇ ◇
先王の息子として生まれた高貴なる儂が・・・、この巨大な街の主たる儂が・・・、なぜ裸足で街の真ん中を走っている。側近たちはどこだ・・・。スネイクはどこだ・・・。なぜ誰も儂を助けない。なぜ誰も儂に跪かない。痛い!
舗装が荒い道に躓き地べたに頬をつける。
自らの私腹を肥やすために削った道路の修繕費、その枯渇によって荒れ果てた道だと、彼は知らない。
「あんた。領主のカンドーか?」
カンドーはやっと助ける者が現れたかと、作った笑顔で顔を上げる。
「そうじゃ、いかにも儂がそなたらの領主、カンドーじゃ。」
「そうか。最後に復讐の機会を与えてくれるなんて・・・、この世に神はいたんだな。」
カンドーに話しかけた男は手に持っていた包丁をカンドーに突き刺す。
「うぅ・・・。なんじゃ、貴様は・・・・・。」
「顔も覚えちゃいないか?俺は一生忘れない。一年前、私の婚約者を奪い、苦しめ、自殺にまで追い込んだことを覚えていないのか?」
身に覚えがありすぎて思い出せない。最後がこんな一般人に殺されるのなんて嫌だ。あぁ、神よ。毎年多額の捧げ物をしてきた儂になんて酷い最期を・・・。
最期の最期まで自分の愚かさに気づけなかった男は、側近に裏切られ、見捨てられ、誰にも助けてもらえず、最期には復讐を果たされ・・・・死んだ。
◇ ◇ ◇ ◇
スチュートの陥落、カンドー・アルフレッドの死去がヨシヒロの耳に届く。
やばい、やばすぎる。いくらなんでもスチュートが陥落するのが早すぎる。レオンハルト公が救援に来るのが早くて明日、まだ14時だ・・、どう考えたって間に合わない。街で情報を探らせていたパウも帰ってきていない。この砦の進行は何とか抑えているが外の敵兵が渡河を本格化させ、苦戦しているらしい。
やばい事尽くしだが、何よりもやばいのが街を掌握された事により此処が挟み撃ちにされる。前面からの2万の攻勢でもギリギリなのに後ろから1万で挟撃される。
ヨシヒロは全滅という最悪を回避するべく、ある決断を下す。
「全員、南に向かって逃げろ!おいが殿になる!なんとしても生き延びろ!」
街が陥落した以上砦を守り続ける必要はない。ヨシヒロが殿をし、アルフレッド王国が広がる南へ逃げれば、まだ救える命はある。
「残念だが・・・、ヨシヒロ。手遅れだ。」
元スラムの支配者であり、砦の北側の川沿いを指揮しているはずのドナルドが苦痛の顔を浮かべながらヨシヒロへと近づく。
「手遅れ?どうゆうことだ。おいが殿になればまだ救える命が・・・、」
「砦の南側の川を渡河された。ケインのじいさんも南側にいた非戦闘員も死んじまったらしい・・・。」
敵兵の渡河と元スラムの支配者の一人であるケインの訃報、焦りと悲しみが同時に襲う。
「とりあえず、状況を目で見てほしい。砦の外に来てくれ。」
その場を他の者に任せ、ドナルドの後をついて砦の外に出る。外の状況を確かめるとそこはまさしく死地であった。
「南から渡河してきた奴等、僕らに襲い掛からず、南側に展開している。もうじき街を陥落させた軍勢が北側からやってくる。」
「これは・・・・、完全におい達を逃す気はない布陣だ・・・。」
ヨシヒロは前世も含めて数十年ぶりの冷や汗をかく。
どうすべきだ?この状況で多くの人を助けるにはどうしたらいい?
素早く思考するが何も浮かばない。
「軍略に疎い僕でも分かる。ここは死地だ。」
ドナルドは悲壮に満ちた顔から決意に満ちた勇敢な顔に変わる。
「数か月前、スラムの支配者という地位を君に奪われた僕はただの人間になった。これまで背負ってきた重荷を君に受け渡して、少しの間自由な日々を楽しませてもらった。
だから、今度は君の重荷を僕が受け取る番だ。僕は今からできるだけ多くの人達を連れて、南に布陣した敵を突破しようと思う。
だから、ヨシヒロも現支配者の地位を捨てて、1人の人間として生き延びる判断をしてほしい。」
「1人の・・・人間として…?」
「君が一番大事にしているのはパウ、ルベン、リケだろう?そばで見てればわかるよ。パウは街から戻ってきてないけど、ルベンとリケは北の川岸で戦っている。この砦の人たちも他に布陣している人たちも僕が連れてくから、君はルベンとリケを連れて生き延びて。」
「で、でも!」
「預けていた重荷を返してもらうだけだって。これは僕が先に数年間背負ってきたモノなんだから。」
ドナルドはやさしくヨシヒロの肩を叩く。無言で両者は数秒見つめあう。
「わ、わかった。皆は任せる!ありがとう、ドナルド。」
ヨシヒロは北の川岸に向け走り出す。
「今度はお前が・・・・、背負い過ぎだ・・・・。」
◇ ◇ ◇ ◇
「さぁ、行こうか皆!絶対に生き延びるんだよ!遅れてきた人たちには僕に続くように伝えて。」
ドナルドは腰に携えている双剣を抜刀する。
ヨシヒロさんが素直に従ってくれてよかったな。
僕の気持ちに気づいたからこそ受け入れてくれたのかな。
パウもルベンもリケも生き延びてくれるといいな。
ヨシヒロは此処で死んでいい人間じゃない、まだ会って数か月だけど命を捧げる価値がある。でも、僕は最後まで足掻こうと思う。ここにいる皆が一人でも多く逃げ切れるように・・・!!
「暴れるよ!覚悟しな!傭兵ども!」
ドナルドは多くの敵を切り伏せ、襲われる仲間をかばい、敵を恐怖に陥れた、
しかし、次第に仲間は減っていく・・・・、
ドナルドは最後の一人になった。
もう守るものが無くなってしまった・・・、
重荷を下ろした彼は逝った。
次回もぜひご覧ください。