そのとき「記憶」はこの「霞」になる
ーそのとき「記憶」はこの「霞」になるー
木と木を擦るようなキイキイいう甲高くて柔らかい音が霞の中から返ってきました。先の見えない川の水面に、霞の白さとは違う白い影が近寄ってきました。小さな彼はパニックの大火になる寸前、その白い船に向かってもう一度謝りました。
白木造りの手漕ぎ舟が水際に着くと、船尾で櫓を漕いでいた顔のない白い船頭が、それでもあっけにとられる表情のまま中洲へ上がってきました。
「……ずいぶんとでけぇ人魂だな……」
袖や襟がすり切れる黄ばんだ作務衣の上下を着た、顔のない白い船頭に助けられた小さな彼は、まだ身体に絡まっていたクモの子供の糸を一旦解かれると、その糸を使い舳先に立てた白い竹竿に吊るされ二人は中州を後にしました。
「クモっこの糸を使って地獄から昇ってきたってか?全くちょうどいい明かりだぞ、ぼうずっ!!」船頭はおそらく百年ぶりに大笑いしました。
顔のない白い船頭は上機嫌で櫓をこぎながら色々なことを教えてくれました。
この川は「三途川」と呼ばれ、川の真ん中では水の流れがそれぞれ逆に流れているので、上流も下流もないこと。自分は「此岸」にいる行列を「彼岸」へ渡す仕事をしていること。「この世」のここには「此岸」と「彼岸」しかなく、上流と下流がないように東西北南もない。
そうか、ぼうずが宙に浮かべないっていうのは、ひっょとして「この世」には太陽も月も昇らないからかもしれないなっ。この霞がかかっている場所の上には空だってないぞ!!本当は川自体もなかったりしてなっ、ハハハ。
……あぁ、この霞か?
「此岸」で待つ行列がだな、「彼岸」に渡ると、下界で自分を知っていた連中の「記憶」になるわけだが、いずれは誰かの「記憶」を持った者たちも必ず「此岸」の行列に加わることになっちまうよな。だから下界に残った「記憶」もなくなる。そのとき「記憶」はこの「霞」になるんだ。
そんでな、「霞」は長い時間をかけて、どこかしらの空間の一か所にえらく集中することがあってよ、ギュっと押し潰し合うんだ。そうして、その一か所の空間で白い塊になるんだ。それがつまり石ころになって、そこらじゅうに転がるってわけさ。でも誰もその瞬間を見た者はいない。ときどきふとした瞬間に、どこかで石のぶつかる音を聞くか、水に落ちる音を聞くことがあるだけだ。「記憶」が再び「あの世」で生まれ変わったのだろう、と俺たちは解釈しているが、本当にそうなのかどうかは分からないぞ……