幼かったころの私のその閃きは正しかった
ー幼かったころの私のその閃きは正しかったー
「私はお父さんにも謝った方がいいのでしょうか?」
再びコップが用意しろ、と怒鳴ると少女は膝の上に抱くあの女の赤ん坊を、はいっ、とこっちに寄こして立ち上がった。狭そうに私の前を横切り、そして躊躇いなく扉を開けた。あの子は私に背を向けたまま最後にそう聞いてきた。
私は、まぁまぁ援助してやっていたじじいの股間を杖でぶっ叩いてやる代わりに見殺した女と、その赤ん坊の命の重みに、そして覚えている限りでいえば生まれて初めて抱いたことになる赤ん坊の重さというか軽さに緊張し、後ろめたさとかなりのうれしさがこんがらがり、一瞬の間だが私の全ての過去を圧倒してしまい託された赤ん坊を抱く手が震えていた。
それで私は何も答えてやることが出来なかったのだ。
どう答えてやればよかったのか、私はしばらくすると考えてみた。でもいくら考えようとしても今腕のなかですやすや寝ている赤ん坊の可愛さ、愛おしさに思考は中断する。
……それにしても私が生まれたとき、私の母親は私を抱いていたはずだ。そのときどう思っていたのだろう? どう感じていたのだろう? 私は母の乳を飲んだのだろうか?……でも結局はあのドブの子供だからと思っていたのだろうか?
私は「あいつ」と呼ばれていた産みの親の顔を全く覚えてはいない。むしろ物心がついたころ私は母の名前は「あいつ」というものだと思っていたくらいだった。いつでも忌々しく私に接していた周りの大人たちは揃ってそう呼んでいたからだ。戦時下を過ごした私の青春はドブに浮かぶ癇癪持ちと恐ろしく陰険だった二つの浮遊物(二人の継母)の名前を忘れる努力に費やされた。でも一番困ったことは片脚を失い復員していたドブ川の水面を今でもはっきりと覚えてしまっていることだ……
「おいっ、ババァ、そろそろ赤ん坊を外へ放り投げるぞっ」10オンスのコップが吠えました。
老婆は身体を固くして無意識に首を横へ振っていました。今は流れているわけのない全身の血が逆流するのを感じました。そういえば、上と下をぶん殴られているときも逆流したものです。あのときは死んでもいいと抵抗したのでしたが、片脚のドブは余計に興奮するだけでした。
いつしか私は思ったものだ。今ここで死ななければこの先ずっと生きていけるはず。幼かったころの私のその閃きは正しかった。
「……嫌だっ!! 」
老婆はコップに向けて怒鳴り返しました。
「……」
「外になんか放り投げるもんかっ!!」
「そろそろだぞ、いいな?」鳥使いの声は全く冷静でお構いないトーンでした。
「……嫌だっ!!」
「よし、扉を開けろ」
でも扉は少女が飛び出してからずっと開いていました。
「躊躇うなよ、お前がそいつを親父に返してやれっ」
「嫌だっ!!」
「今だ、放り投げろ!!」最後はやはり怒鳴りました。
老婆は雷のよな絶叫をしながら外へ放り投げました。
雷は、私の赤ちゃん!!と叫んだことを自分では覚えていませんでしたが「鳥使い」には忘れ難い瞬間でした。