手ぶら
ー手ぶらー
「今日の穴は死ぬほど穏やかだから、死にぞこないのお前らも安心しな」
「鳥使い」は背の高い男から渡された三人の書類に目を通しながら言いました。
「帰ってそうそうですから、本当に申し訳ありません」背の高い男は、自分の臍の高さ位にある相手の禿げた頭頂部まで深く腰を折りました。
「・・・・・・にしても一度に三人だからな。しばらく開きっぱなしだった地獄の釜の蓋がようやく閉まったんだろう」薄汚い飛行服の小人はゲラゲラ笑いました。
恥を知らない類の大人のように、強靭なハートなんかではなかった薄い胸で赤ちゃんを抱く少女もつられてクスクス笑いました。
「それと、この子ですがルート上で一番西になるどこかから還してやってください」背の高い男は一旦しゃがむと小さな彼の頭を摩りました。
「ねぇ、ぼくはもう飛べるから自分で還れないかな? ぼくの代わりにお母さんを乗せてあげてよ」小さな彼は、目線までしゃがんでいる背の高い男に言いました。
背の高い男は首を振り「鳥使い」は鼻で笑いました。
「お前が下手に飛んで、穴を詰まらせてもみろ。なにやら閉じなくなっちまっているらしい地獄の釜の蓋どころの騒ぎじゃすまねぇぞ」鳥使いは全く相手にしませんでした。
「君の命と人の命は違うんだよ。だから君は札がなくても還れるんだ。それになんて言うか・・・・・・君が残ると少し迷惑なこともあるんだ。君っていうかプラネッツを見たおかげで今この世でまじめに働く我々はみんな少なからず感情をかき乱されてしまっているんだ。あの世の出来事が変に蘇ってね。ヨドミにいたときよりも、もっと強く後悔しているような心持になるんだ。だから私も色々なことを思い出しちゃったよ」ハハハ
立ち上がっていた背の高い男は深い彫の顔にある二つの目で「ヒカリエ」の表面の遠くを見つめました。
「・・・・・・一番西ならお前が初めだな。次はお前、で次は赤ん坊、ババァお前は最後だ。さぁ乗り込め。生き地獄に還してやるぞ」
「鳥使い」は二畳ほどの鳥かごの扉を開けました。
少女は背の高い男に胸の赤ちゃんを見せてから頭を下げました。背の高い男は赤ちゃんに触れると泣き崩れることが分かっていたので頷いただけでした。
老婆は無言で後ろを振り返りました。
小さな彼も老婆と同じ奥を、より強く長く見つめました。そしてすぐそこの背の高い男と、姿のない背の低い男と若い母親に「さようなら」と言いました。
「鳥使い」は艶やかな尾から「ヤタ」によじ登ると首の辺りにしがみ付き、古いゴーグルを目に当てなにやら鳥に話しかけました。鳥は首をかしげながら耳を傾けていて、最後に頭を叩かれると頷きました。
三本の足でぴょんとひと飛びして鳥かごの柄を十二本の趾に掴むと、畳んでいた翼を半分開き岩場から前のめりに落っこちる体勢のまま恐ろしく静かに飛び立ちました。
「トマリギ」の砂埃さえ舞いませんでした。
背の高い男はしばらく見守っていましたが、鳥の姿が消えるより早くに向き直り薄暗い通路を部屋に向けて戻りました。
「扉」のある上の事務所まで、あの薄暗い石の階段を手ぶらで上ることになった、そのときの女の気持ちを思うと途中で立ち止り彼もまたその場で泣き崩れてしまいました。