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サンソンくん  river 編  作者: ハクノチチ
14/27

そこで魂と顔の輪郭と名前を落とす/やがては来るはずの陣痛との戦いに士気は高まった

 ーそこで魂と顔の輪郭と名前を落とすー


 「ヒカリエ」へ順次やってくる者は、そこで働く人の形をした光の「ヒカリ」たちにより(もちろんなかには納得など出来ずに騒ぐ者がいるので、そのときは大変な苦労をして説得を試みますが、最終的には信じられないほどの、あるいは許されないほどうまいことを言い、取りあえずは納得させてしまいます)到着の順で九十九人ごとの団体にまとめられ、各々に木札を配られてから大きな「蓮風呂」という光の混浴露天風呂へ案内されます。そこで魂と顔の輪郭と名前を落とすわけですが(魂が落ちた者はもう殆ど騒がなくなってしまいます)、入浴の前に配られた木札を番台に見せるとき、ごくたまに「個室風呂」の利用を許される者がいます……



 ーやがては来るはずの陣痛との戦いに士気は高まったー


 一週間後が出産予定日だった茶髪の女は、今ならまだギリで平気だろうと大きな腹を抱えたま髪を切りに行った。去年に独立して今は一人で営業している、顔なじみの美容師にお腹を摩らせると20センチほどバッサリ切ってもらった。鏡のなかで軽くなった頭はお腹の重さを忘れさせ、やがてはくるはずの陣痛との戦いに士気は高まった。

 小さな店の入っている古いビルはちょうどエレベータ―点検がされていた。

 独立する前からお得意様だったこの妊婦が、こんな古いビルの狭い階段を二階から下りる状況を心配した美容師は会計を終えると「一緒に下りて見送ります」と言った。

 「大丈夫よここで」二駅ほど電車を乗り継いできていた妊婦は、途中で経験した嫌な出来事も忘れ、短くなった髪を気に入り手で何度も触れていた。店の電話が鳴ったとき、鋏を持つ腕と同様に勘の悪くない美容師は少し嫌な予感がした。

 「予約の電話じゃない?」妊婦は殆ど無意識のままバックからスマホを取り出すと笑顔で手を振った。

 「ちょっとだけ、待っててください」美容師はレジ脇の電話を取った。

 自動ドアが開いてチャイムが鳴り、そして閉まった。

 電話は、夕方に髪の色染めを予約していたバスケットボール部の女子高生からだった。

 今週末に予定していた初めてのデートがキャンセルされてしまったので、わざわざ黒く染め直す必要がなくなった、黒髪が好きな男は浮気性って本当なのか?と聞かれた。

 こちらもやはり独立するずっと前、それは女子高生がまだ小学生の頃から母子ともにカットしていた美容師は、十七歳の恋の憤りを上の空のまま慰めると電話を切り、自動ドアのボタンを叩くように押した。叩かれた自動ドアが開きチャイムが鳴った。そして閉まる前に階段の下から道行く人たちの怒号や悲鳴が聞こえた……



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