仲良く一緒に戻ろう!!
ー仲良く一緒に戻ろう!!ー
崖の内側にある扉のなかの部屋は窓のない空間になっていました。四方の壁は乾いた土のような質感で淡い色や濃い色が縞模様になりぐるり囲んでいます。それでも足元には赤い絨毯が敷かれ茶色い革張りのソファーだってありました。背の低いガラス板のテーブルを挟み、三人掛けのソファーと一人掛けが二つです。
男が小さな彼を連れて中へ入ると全員が横目で二人を見ましたが、誰も声を発しませんでした。扉の反対側の壁の前にいた、先の男と同じ服装で彫の深い、全く違う顔をした背の高い男が頷いただけでした。そんな男は静かに入ってきた相方へ小さく首を横に振りました。
三人掛けソファーには白髪頭をアップして束ねる歳を取った老女が一人で座っていて、向かいにある一人掛けソファーの奥側には、ショートボブを明るい茶色に髪を染めた若い女がいて、猫よりもまだ小さな赤ちゃんを胸の中に抱いて座り、手前のソファーには黒くて長い髪をした中学生くらいの女の子が座っていました。彼女たちは揃って白い作務衣の上下を着ています。目をつむりむにゃむにゃ口を動かす赤ちゃんだけは白いタオルにくるまれていました。
白髪の老女は涼し気にどこでもない宙の一点を見つめ、若い母親は持てる限り目の奥の地獄から全力で真正面の老婆を睨みつけ中学生は膝の上に置いた自分の手の指を、半ば無関心に見つめているようでした。
「こんにちは。ぼくは太陽の妖精サンソンだよ。ぼくを見た人はみんな幸せになれるんだよ」
小さな彼は、彼なりに部屋の中に張りつめていた空気を和ませようとしたのです。しかし嫌な顔をして反応したのは彼を連れてきた背の低い方の男だけでした。男は首を横に振り髭のある口元に自分の人差指を一本立てました。
でも小さな彼はそんなことおかまいなく、言い放ってしまったのです。
「みんなで仲良く一緒に戻ろう!!」
涼し気だった老婆がウヒョヒョっ!!と、たとえば半裸で徘徊する痴ほう老人が辻に建つお地蔵さんと卑猥な内緒話をしているときのような高笑いをすると、若い母親は思わず胸の中ですやすや寝ている赤ちゃんを投げつけてしまいそうになりましたが、もちろんそんなことはしませんでした。若い母親の右目からは冷たい星に似た怒れる一筋の涙が静かに垂れました。中学生は隣の鬼子母神をちらっと見ました。膝の上にあった両手を一度丸め、そして開きました。
向こうの壁際に立つ彫りの深い顔をした背の高い黒い影の男は若い母親のような強い目をして、赤い存在を睨み付けながら、背の低い男へそいつを摘まみ出せ、という合図を顎で示しました。
背の低い男は了解、とばかりに頷くと小さな彼に手を添えて扉を開きました。
それでも小さな彼は触れられたその手を無視して、高笑いする老婆の隣に座ろうと宙に浮かびました。
「おいっ」と背の低い男は大きな怒った声を出してしまいました。
「ここに来て、この可哀そうなママを慰めておやりっ」老婆は宙に浮かんだ小さな彼を手招きます。
「あなたもいい加減にしてください!」背の高い男は初めて口を開きました。
「なんだい、そんな大きな声を出して。そもそもあんたらがこんなことにしたんだろ?違うのかい、えっ、あんたらのせいじゃないのかい?」
「……彼らのせいじゃないわ。お前がクソババァだからよ。お前が己の腐った魂を自覚してとっとと地獄にいかないからよ」若い母親は涙を左手で拭いました。
「こいつらのせいじゃなければ、やっばりお前さんのせいさね。歩きスマホなんかして、一体何を見てたんだい?」老婆は再び高笑いをしました。
「ねぇ、ぼく飛べてる!!」事情も知らず空気を和ませようとして、気化していたそれに火を放ってしまった、自惚れていただけの小さな彼は、死にぞこなっている彼女たちの火炎のなか自分が飛べるようになったことに気が付きました。
小さな彼はもちろん自分のどんな発言にも悪気はなかったのでしたが、高笑いした老婆でさえ実は誰も幸せな気分になどなれませんでした。子供らしい無邪気さが深刻な大人たちを傷つけてしまっただけです。
空中で一人喜んでいた小さな彼は、白いスニーカーで歩み出た背の低い男に捕まえられてしまい、抱えられたまま部屋の外に連れ出されました……