黒い金庫/電話を切った白いエナメル
ー黒い金庫ー
さて、ざわつく東屋の受付窓口にえんじ色のカーテンを引き、受付を一時中断させて内側が見えないようにすると「係り」は床板の一枚を剥がしました。床板の下には大人の背の高さほどある黒い金庫が寝かされていて「係り」の男は取っ手の脇にある金色の二つのダイヤルを迷うことなく、何度も回しました。そしてグッと腰を入れ、重そうな扉を開けると「光」が噴出し東屋の内部を眩しいくらいに包みました。
「どうやら地獄じゃなさそうだね」光の中で受付の女が笑いました。
「トマリギまでは直接いけないから、まずは事務所に行くぞ」
「係り」はお風呂の湯舟に足だけ浸かるように、金庫の縁から光の中へ白い足をブラブラさせました。
「帰りは鬼戸から戻れってことだから、扉は閉めといてくれ」
「全くケチな連中だね」
「ヒカリエの光が漏れるリスク管理なんだってさ」
「係り」の男は最後に愚痴を言って光の中に沈んでいきました。
「さぁ、お前さんも行きな」受付の女は小さな彼を促しました。
「みんなの顔を押せて楽しかったよ。どうもありがとう」
「お前さんに押してもらった連中こそうれしかったはずだよ」
「バイバイ」
ー電話を切った白いエナメルー
「……あぁ、なるほどな」
「ヒカリエ」の事務所にいた薄暗い黒い影の男は事務所の壁に埋め込まれた黒い金庫から出てきた二人を壁の前で出迎えました。薄暗い黒い影の男は小さな彼を見下ろして、そう呟いたのでした。
彼は深緑色のブレザーの下に白シャツを着て赤いネクタイまで締めていました。ズボンは白いスラックスで白いエナメルの靴を履いています。薄暗い黒い影の男は木理が緻密で重厚感さえある立派な一枚板の木の机の前に戻ると、東屋にあったのと同じ形の、しかし黒い竹筒の電話を卓上から手に取り一本の糸を引きました。それは白色でした。
「……それで君の担当する船頭が中州で見つけたって?」
「はい。そうです。ご迷惑おかけします」
「……あっ、もしもし。わたしだ……そうだ。今から例の子を一人で行かせるから次の便に必ず乗せて戻してくれ……あぁ、わたしも本物のような気がする。君も見ればわかるだろうがなんて言うか本物らしさがあるからな……あぁ、本当にそうだな。全くあの世は不思議なところだ」
電話を切った白いエナメルは一度閉めた壁の金庫の二つのダイヤルを回すと扉を開けました。
部屋の中の明るい光が扉の向こうへ一気に吸い込まれ始めました。
「いいかい。この先に行って、そこから君は下界まで大きな鳥に運んでもらうからね。もう二度と戻って来ちゃいけないよ。ここは人専用なんだ。プラネッツにはプラネッツ専用の場所があるはずだから。さあ、この部屋の光が全部漏れてしまわないうちに入っておくれ」
「……「係り」さんどうもありがとうございました。船頭さんと受付さんによろしく伝えてください」
流れ込む光の入り口で小さな彼が手を振ると白い影の「係り」は頷きました。