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サンソンくん  river 編  作者: ハクノチチ
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始まったばかりの低い空

 ー始まったばかりの低い空ー


 やせ細った巨人のような黒い影を路面に貼りつけた制服姿の二人の女学生は、歩きながら手を叩いて笑い合っていた。鮎のように若いおでこを出し、ピアスの穴が空く耳の高さで揃う二人の黒い髪型はそっくりだった。黒い野球帽を被った若い母親はそんな二人から目を逸らしてすれ違いたかったが、いくらか足の太い、スカート丈の短い方がバキーに乗せる息子へ手を振ってきたので若い母親は二人の女学生に会釈した。

「風船飛ばしたらダメだよっ」

 薄い唇を真っ赤にしているもう一人の方が腰をかがめ、おそらくは息子の目を見てそう言った。

 灰色の無地のパーカーを着た若い母親も、紺色のブレザーの下に着た白いブラウスの首元に黄色い細めのリボンを締める二人の女学生もその場で立ち止ることはなかった。お互い振り返りもしなかった。

 若い母親はバギーの庇を倒していたことで後ろからは旋毛すら見えない息子が持っている目の前の白い風船を見つめ、二人の女学生はクラスの誰かの悪口でまた笑い始めた。あるいは高圧的な教師のことだろうか、と母親は想像しながら、手を離しちゃだめよ、と息子に声を掛けた。目の前の風船は二度大きく上下した。

 夕暮れる西の空に向けて風船が飛び立ったのはそのすぐ後のことだ・・・・・・


 買い物に来たスーパーの広い駐車場に沿う青い歩道レーンを歩いているとき、家のすぐ近くにできたコンビニの開店記念で道行く人へ配っていた白い風船は突然ユラユラと上昇を始めたのだ。若い母親は「あっ」と大きな声を出してしまい、右手は反射的に伸びて紐を掴もうとした。昔から人に褒めてもえることのある細い指で、たぶん紐を掴んだはずだったのだが黒い野球帽の水平なつばの先で始まったばかりの緩やかな上昇は止まらなかった。

 同じ歩道レーンの上で自転車を押していたり、買い物袋を両手に下げ駐車している車へ戻ってきた複数の買い物客が、若い母親の驚いた一声に反応して振り返るとその場面を微笑みながら目撃した。バーのない駐車場の出入り口で働く年配の男の誘導員は手に持つ赤い誘導棒を、始まったばかりの低い空に向け「バイバ~イ」と楽し気に振った。

 彼らは揃って、夕日に染まる空と呆然とする若い母親を交互に見た。足を止めた若い母親はバギーの庇の横から顔を出して空を見上げる、地球儀のように無表情な息子の目を見た。

 若い母親はもちろん息子を叱らなかった。たかが風船の一つじゃないか・・・・・・でもこの子は私にもさっきの女の子にも、離したらダメだよと言われていたのに、わざと手を離したはずだ。しかもニヤリともせず・・・・・・



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