9-1 留守番
ウィル様が王都に向かった後の話か?
特にないんだが…本当だぞ。
平和そのものだった。
賊の襲撃はなし。気配すらない。
人影を見たと報告はあったが…。それはエレナに聞いてほしい。
ない事は良いことなのだが、留守番が始まった当初、何もないことが逆に緊張したのを覚えている。
「そういうもんです」
ガルドは、そう淡々と話していた。
彼は領主が不在という状況を経験している。
「その内、気が抜けはじめますよ」
そう話すレスターも領主不在を経験している。
ぼくとエレナぐらいだろう。領主不在を経験してないのは。
トラブルがなかったわけじゃない。
喧嘩というか小競り合い…いや、口喧嘩程度だな。
ぼくが止めに入る前に、周りが止めていた。
「どうしたんです?隊長」
「いや、別に…」
「緊張してます?」
ぼくはできるだけ平静を装っていたが、周りに伝わるものらしい。
「大丈夫ですよ。一ヶ月でしょ?しれっと帰って来ますって」
明るく話すハンスが羨ましい。
ヴァネッサから助言をもらったが、てっきり部下達が不安になるものと考えていた。
まさか、自分がそうなるとは…。
「隊長」
「ん?」
「俺と勝負してください」
「別に構わないが…」
勝負になるだろうか?。
ハンスの剣の腕前は、そこそこ上がっては来ているが…
「今日の夜、警備なんですよ。隊長から一本(勝ち)取れたら代わってください」
「そういう事か…まあ、良いだろう」
ぼくが三本、ハンスが一本。ハンデ戦だ。
「よっしゃ!」
「なん…だと…」
二本は余裕で取れた…その後だ。
手を抜いたつもりはないんだが、隙きをつかれ剣先で腹を切られた。
自分では当然、ハンスには勝てる思っていたが…。
いつもと違う状況と心境。これらが、ぼくの体の影響を及ぼしていた。
これは反省点だ。
いつ何時も平静さを保ち、パフォーマンスを維持しなければならない。
しかし、勝負を受けた以上言い訳はしない。
ぼくは夜の門番警備に就いた。
一緒に警備することになったエデルが驚いていたな。
「手を抜いたんですか?」
「そんなつもり毛頭ない…ないが、結果が全てだ」
話すのはこれくらいだろうか。
後は…そうそう。
困ったのは食事の時だな。
朝昼夕の食事は六人で取っていた。ウィル様が来てからだが。
その六人中、四人がいない。
ぼくとエレナだけ。
何が困ったのかと言えば、食事中の会話が殆どない。
よく喋っていたのは、ミャンやリアン様だ。それにつられて皆が喋る。
それがいつも風景だった。
しかし、ぼくもエレナもそんなに喋るほうではない。特にエレナは。
どうにも間が持たない。
なんとも寂しい。
ウィル様が領主となる前は部屋で一人食べていたし、ここに来る前も一人で食事するは普通で苦ではないはずなんだが…。
「私は特に気にならない。むしろ静かでいい」
「そうか…」
ミャンの騒がしさが恋しくなるとはな。
昼食は剣兵隊の宿舎へ行き、隊員達と食べる事した。エレナもそれに倣い同じく魔法士隊ともに食事をする事になった。
これはぼくだけだが、たまに竜騎士隊や槍兵隊、弓兵隊、魔法士隊にお邪魔した。
コミュニケーションの一環として考え、実行してみた。
「真面目ですね。部隊を越えて剣術訓練や体術、隊列訓練もやってますし、意思疎通は出来てると思いますよ」
とはレスターの言葉。
「大丈夫すっよ。マジで」
「お前はもっと真面目やれ…」
サムの軽い言い方にガルドが頭を抱える。
で、朝と夕はシンディとオーベルを誘ってみた。
「…という事なんだが、どうだろうか?」
「なるほど…ウィル様がお帰りになるまででしたら構いません。オーベルさんはどうですか?」
「わたくしも構いません。同席させていただきます」
二人とも了承してくれた。
「正直に申し上げますと、この広いお部屋にお二人だけは寂しいのはないかと思っておりました」
オーベルが苦笑いを浮かべ話す。
アリスとジルも誘ってみたよ。
二人ともシンディ、オーベルと同じくウィル様が帰ってくるまでならと了承してくれる。
二人とともに食事はするのは初めてだ。
アリスがお喋りな人物だと知る。
お喋りなミャンと合うかもしれない。
ウィル様が帰って来ても、たまに同席してもらおうか?。
オーベル以外のメイド達から、自分達も同席したいと申し出があった。
オーベルはあまりいい顔をしないが、ぼくは構わないと伝える。エレナもアリス、ジルも構わないと。
シンディとオーベルに代わり、日替わりで二名のメイドが食事に参加する。
マイヤーさんも時々一緒だったな。
賑やかな食事なったのは言うまでもない。
ここで不思議な事が一つあった。
誰もウィル様の席に座らないのだ。
領主の席は抵抗があると。
ぼくが座る事になったのだが…。
「なるほど、ウィル様はこういう景色を見ていると…」
「どんな気分?やはり領主になったような?」
そうエレナは聞いてきたが。
「別にそんな気はしないな。ここはほぼダイニングテーブルにすぎないし」
「では、謁見室の椅子に…」
「それはやめておこう」
流石にぼくでも抵抗がある。
ウィル様達が出発してから、二十日以上経過した。
予定では一ヶ月という事なので、もうそろそろではないか。
こうなると、まだか?とやきもきする。
出発時とは、似てるようで別の気掛かりが頭をよぎる。
そんな事を考えていると、朝の目覚めが早くなってしまう。
早々に起床し、多目的室でマイヤーさんがいれてくれた紅茶を飲みなながら朝食を待つ。
当のマイヤーさんは医務室だ。
別に病気等ではない。朝食はメイド達と一緒がフリッツ先生達かどっちかなんだ。
「おはよう」
エレナだ。
「おはよう」
「最近、早くない?」
「うん…もう帰ってきてもいいんじゃないかとやきもきと浮つきが交差してね」
「わかる。それを解消するために魔法を用意した」
魔法?。
彼女はテーブルに紙を広げた。
ぼくは近づき紙を覗きこむ。
「魔法陣?何をするんだ?」
「千里眼という魔法を使う」
「せんりがん?」
「そう。この魔法は遠隔地の様子を見る事ができる魔法」
「遠隔地?望遠鏡とは違うのか?」
「望遠鏡よりももっと遠くを見る事ができるし、遮蔽物の影響を受けない」
「遮蔽物の影響を受けない?」
エレナは左手を背後に隠す。
「私が指を何本出しているかわかる?」
「分からない」
当然だ。
「千里眼ならわかる」
驚いた。
「すごいじゃないか。君が編み出した物なのか?」
「いいえ。すでに存在する。習ったのを先日思い出して、試験していた」
「これは習ったんだな」
「ええ…」
「あ…いや、すまない。その、他意はないんだ。気を悪くさせて…」
「謝る必要はない。悪いのは私の方だから」
エレナは習っておくべき魔法を無視し、自分本位に魔法を研究してきた。
そのつけが…いや、これはもう語らなくてもいいだろう。
「それで、これは?水晶のようだが」
「そう。この水晶で壁に私が千里眼を使って見たものを投影する」
「そんな事までできるとは…ちょっと待った」
ぼくはエレナの肩を掴んだ。
「何?」
「という事は二つの魔法を使うのでは?」
「ええ。そうだけど?」
「二つの魔法を使うのは危険ではないのか?」
そう以前聞いたんだが…。
「危険ではない。そもそも破壊系魔法でないから危険性はゼロ。千里眼と投影は、今日初めてだけど」
「そうか…」
そこも試験して欲しかったな…。
とりあえず彼女の言葉を信じよう、うん。
エレナは魔法陣の中心に水晶を置き、目を閉じて両手で魔法陣に触れる。
魔法陣が淡く光りだし、次に水晶も光り出す。
水晶から出た光が、東側の壁を円形に照らした。
その円の中には…。
「あれは君じゃないか?」
「あなたも映ってる」
ぼく達の後ろ姿が映っていた。
はっとして後ろを振り返ったが、誰もいない。
「あなたには私は見えない」
「ああ…そのようだが、どうなっている?」
「説明すると長くなるし、多分分からない」
「だろうな…」
ぼくはため息を吐き、視線を壁に向ける。
右手をあげて見た。
すると壁に映ってる自分も右手を上げる。
手を振ると向こうの手を振る。
「これは面白い」
「そう?」
エレナは特に関心がないようだ。彼女にとってはごく普通の事なんだろう。
円の中が一瞬暗転する。すると…。
「おっと今度は正面か」
ぼく達二人が正面から映し出される。
「遊びはくらいにする」
「そうだな」
ぼく達が円から消え、今度は屋上。
屋上には警備兵がいる。
さらに上昇して、館を見下ろす視線になる。
これはよく見ている光景だ。
上空からの監視を時々することがある。
空高く舞い上がり、シュナイツ周辺と見回す。
翼人族だからできる芸当。
ポロッサまで、いやリカシィまでひとっ飛びすれば、ウィル様達の無事を確認できるかもしれない。一日かからないだろう。
しかし、レスターとガルドに止められた。
「弓で狙われますよ」
「わざわざ危険を侵す必要はありません」
弓で狙われた経験はある。
地面が見えない程の濃い枝ぶりから、警戒していなかった。
その中から突然、矢が飛んでくる。
すぐに上昇したため、事なきを得る。
ぼくの場合、目立つため狙われる危険性は高い。
だが、エレナの千里眼は狙われる危険はない。たいだい見えないのだから。
「では、ポロッサに」
「よろしく頼む」
壁の中の景色が動く。
シュナイツの北へ進んで行く。
「ポロッサは西だが?」
「ええ、分かっている。もしかしたら、すでにポロッサを出発してるかもしれないから、道をたどっていく」
「なるほど。日数的にはあり得るからな」
少し北に行ってから川沿いに。ポロッサへの道だ。
視線はやや上方から見下ろす形で。
今日はちょっと霧がかかっているな。
「少し下がってくれないか。霧で視界が悪い」
「了解」
少し下降した。
うん、これなら良いだろう。地面が見える。
流れる景色が一気に早くなった。
竜よりも断然早い。
風になったような、飛んでいる時の景色に似ている。
のんびり景色を見てるわけにはいかない。
やや右へ曲がる道。
「君はこの道を来たんだな」
「ええ。…もうすぐポロッサに着く」
「もうか?今の所誰もいなかったな」
「確認出来なかった」
「なんですか、それは?」
シンディとオーベルがやってきた。
「エレナの魔法だ。千里眼というらしい」
「まあ」
二人は驚き、近づいて壁を凝視する。
「これでウィル様がポロッサに到着してないか確認している」
「これは今現在の景色なのですか?」
「ええ。ほぼ実時間と考えていい。指を鳴らす程度の遅延はあるかもしれないが、影響はないと思われる」
景色はポロッサの入口あたりだ。
朝霧がポロッサを包みこんでいる
ここからは歩く速さで景色が動く。
ウィル様達が到着していてほしいという淡い期待を込めて、ポロッサに入って行った。
Copyright(C)2020-橘 シン




